【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 80

Column

玉川上水からテムズ川へ。ユーミンの音楽の旅は時と場所を越えていく

玉川上水からテムズ川へ。ユーミンの音楽の旅は時と場所を越えていく

今年は夏フェスに参戦するというユーミン。ならば彼女の“夏フェス仕様”のセットリストが注目されるが、そもそもTPOをわきまえ、オーディエンスの乗せ方を熟知してるヒトだから、きっと大盛況に終わることだろう。

さて今回だが、1979年12月にリリースされた『悲しいほどお天気』、80年代の幕開けとなった『時のないホテル』についてである。まずは『悲しいほどお天気』。かつてユーミンは、取材でこんなふうに答えてくれた。

これ、すごく私小説的なアルバムですよね。でも、
 ノンフィクションて意味じゃなく、“私小説”と
 いう企画のうえで作った“私小説アルバム”とい
 うか。(月刊カドカワ1993年1月号)

私小説的といえば、荒井由実時代の『ひこうき雲』のことを想い出す。そもそもシンガー・ソング・ライターのファースト・アルバムは、多少なりともそんな傾向を感じさせるものだ。でも今回は、単なるノンフィクションではないと言う。

どういうことなのだろう? 実績を積んだユーミンが、改めて描いた“あの頃”ゆえ、作品として成長がみられるし、登場人物の心理描写にも、深みが出ている、ということだろう。松任谷正隆の楽曲アレンジとの関係も、お互いがより突っ込んだ表現や重層的な表現を選びつつ、しかし見事に補完しあって、最後はひとつ世界観を築いている。「丘の上の光」とか、その意味で最高である。

ではさっそく、“私小説”という企画、という、この言葉をキーワードにみてみよう。うってつけなのが、タイトル・ソングの「悲しいほどお天気」だ。主人公は美大生であり、ユーミンの経歴と重なり、“私小説的”と言える。違うのは、学生時代を描いたワン・コーラス目に対し、後日談を描くツー・コーラス目である。かつての学友から個展の知らせが届く。しかし[臆病だった]主人公は、[平凡に生きている]。でもご存知の通り、実際のユ-ミンは、絵筆をマイクやピアノに変え、音楽シ-ンのトップランナ-になる。平凡というわけじゃない。さらにこの歌の[上水ぞいの小径]の“上水”は玉川上水らしいが、それだと武蔵野美術大学へと通う主人公を彷彿させる。実際にユーミンが通ったのは多摩美術大学で、ここも実際とは違っていたりする。

歌詞の一番最後に、たった一度だけ、歌のタイトルである“悲しいほどお天気”という表現が出てくる。これは当時、[あなたが描いた風景]であり、あくまで表面的に捉えるなら、その筆致や絵の具の色彩から、そんな印象を受けた、ということだ。しかしそれが、今も主人公の心の中にあるということは、忘却されることなく、永遠の心象風景となっている、ということだろう。

お天気なんだけど、それがどこか悲しく思えるという経験は、誰にも“ある”だろう。この場合の悲しみは、曇り空と違い、逃げ隠れできないから生まれるのかもしれない。それをハッキリ、初めて歌ったのがユーミンだろう。ここに在るのは、もし言葉にするなら、もう“悲しいほどお天気”としか言えない感情なのだ。青春時代を描いた歌だし、若さゆえの厭世的な気分が、この景色をそう見せたのかもしれないが。

もう1曲。名曲の誉れ高い「ジャコビニ彗星の日」は、当時、実際にあった流星群到来騒動がベ-スとなっている。1972年10月のことだ。事前の予想では、日本でも降りしきる雨の如く流星群が見られるはずだった。でも、予想は外れた。ユーミンは、日常のありふれた風景として、その顛末を描くだけでなく、その時、主人公が抱えていた恋愛の成就が、流星群到来と一蓮托生であるがごとき心持ちを描いている。

宇宙からの交信のようなイントロから、帯状の星屑を思わせるストリングスへと広がるアレンジが見事であり、さらに翌朝、弟が新聞をひろげて[シベリアからも見えなかった]と伝える場面が、なんてことない日常の一コマだけど、とても心に残る。

そして1980年の1月。ユ-ミンは旅に出る。行き先はロンドン。その際、写真撮影を行ったのが、老舗ホテルの「ブラウンズ・ホテル」だった。ただの撮影だけではない。次なるアルバムは、ここを舞台としたものだったのだ。正直、『悲しいほどお天気』と『時のないホテル』には、直接の関連はない。このアルバムのことを振り返り、彼女はこんなふうに言っている。

このアルバムのときは苦しかったんです。“これでいいんだろうか?”、みたいなね。バイオリズムもすごく暗いところへ入ってて、アルバムのトーンもすごくヘヴィ。

ご本人のこの言葉だが、90年代初頭に僕が取材した時の発言なので、現在は評価も違っているのかもしれない。でも、ヘヴィは確かにヘヴィだ。例えば「雨に消えたジョガー」の主人公は、今は亡き人の面影を追いかけ、まぼろしをみて、人違いをしたりする。わざわざその人の死因を、“Myelogenous Leukemia”と、歌詞のなかに記している。調べると、急性骨髄性白血病の英名のようだ。でもユーミンの凄いところは、“ヘヴィだから好きなんだ”という、まさにこのアルバム推しの聴き手も、多数作ったことだ。特に「コンパートメント」という8分くらいある楽曲は、“僕はユーミンなんか関係ないもんねー”という奴の人生にも、見事に食い込んでみせているのだ。

改めて『時のないホテル』を聴くと、収録された何曲かは、ホテルが舞台の群像劇に思える。所在地がロンドンということもあってか、日本人をイメージさせない登場人物も出てくる。フランソワーズ・サガンの小説に新たな解釈を加えたような「セシルの週末」など、まさにそうである。この歌の主人公の、“下着は黒”“煙草は14から”という“自己紹介”は、何度聴いてもドキリとする。「時のないホテル」は、ヒッチコックかアガサ・クリスティのミステリー・サスペンス映画の一幕のようでもあり、ホテルに滞在しているのは、諜報活動に従事しているとおぼしき面々である。

ポップな一面も見せている。「よそゆき顔で」は、観音崎あたりの国道16号が舞台であり、昔の彼氏とクルマですれ違った時、もし自分がよそゆき顔ならば、その一瞬が遊んでた時代からマジメな暮らしへの通過儀礼なのだという、そんな心持ちを描いている。「5㎝の向う岸」は、切ないんだけどユーモアも感じる。

この『時のないホテル』のツアーは、ユーミンがブラウンズ・ホテルに居るかのような、大掛かりなセットを引っ提げてのものだった。ただ、当時彼女のやろうとしてたことは、全国区ではなかったらしい。大都市部では盛況だったが、お客さんが入らない地方もあったという。今では信じられない話だが…。

文 / 小貫信昭
写真提供 / EMI Records

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オフィシャルサイトhttps://yuming.co.jp

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