Interview

2018年最注目の次世代シンガー、杏沙子がメジャーデビュー。MVが総再生回数500万回を記録したポップの王道を行く彼女の魅力とは?

2018年最注目の次世代シンガー、杏沙子がメジャーデビュー。MVが総再生回数500万回を記録したポップの王道を行く彼女の魅力とは?

ラジオから流れてきた瞬間、ハッとする曲がある。「この曲、誰が歌っているんだろう?」と思わずチェックしたくなるような歌声。杏沙子の声にはそんな強い引力がある。2016年に公開したミュージックビデオで注目を集め、驚異的な再生を記録した杏沙子が、7月11日にメジャーデビューする。ミニアルバム「花火の魔法」は、ポップスの王道感に溢れつつ今のセンスを巧みに取り込んだ抜けの良いサウンドに、チャーミングで多彩な表情を見せる彼女の声が夏の陽射しのようにまぶしい5曲を収録。次世代シンガーの息吹を感じさせる杏沙子に、デビューに至る過程と彼女の歌の魅力の源流を探る。

取材・文 / 佐野郷子 撮影 / 古渓一道

ルーツは母親がクルマで聴いていた音楽。将来の夢=「歌手」と書けなかった子供時代。

杏沙子さんの音楽の原点というと?

私がいちばん最初に音楽に触れたのは、母がクルマで聴いていた音楽になると思います。母が好きだった松田聖子さん、槇原敬之さん、DREAMS COME TRUEなどを爆音で流して一緒に歌ったりしていました。鳥取出身なのでクルマ社会なんです。コンビニに行くのもクルマだから全然コンビニエンスじゃないんですけどね(笑)。

お母様が音楽好きだったんですね。

そうですね。母がいつも運転しながら熱唱していたんで、私も子供の頃からクルマでは歌うものだと思い込んでいました(笑)。クルマの中は人目を気にしないで思いきり歌えるから環境的には良かったのかもしれません。

音楽の教育に熱心だったんですか?

いえ。特にそういうわけではなくて。ピアノは4歳から中学3年まで習っていましたけど、姉が習っていたので「私も!」という程度のテンションで。でも、ピアノを習っていたにも関わらず、曲は鼻歌でつくっているんです。

シンガーになりたいと思ったのはいつ頃ですか?

意識しはじめたのが子どもの頃だと思うんですが、小学校の卒業文集の「将来の夢」の欄にホントは「歌手」って書きたかったんだけど、それを打ち明けるのが恥ずかしいと思ったのは覚えています。

それで何て書いたんですか?

「音楽関係のヒト」(笑)。小学6年生のクラス会でKiroroさんの「Best Friend」を歌ったら友だちに褒められて、今思えばそれがきっかけだったのかな。男の子だと小6でもサッカー選手になりたいとか大きい夢を書けるけど、女の子ってもう恥ずかしいんですよね。母にも歌手になりたいとはずっと言えなくて、高校3年生になってやっと言えたんです。

高校時代はバンドも組んでいたとか?

学園祭限定のバンドですけどね。うちの高校に軽音部がなくて、鳥取にはライブハウスもあまりないし、どうやって活動すればいいか分からなくて。でも、歌手になりたいという気持ちはあったので、進路を決めるときにようやく親に言ったら、「知ってたよ」ってバレてました(笑)。

自分の声と歌に真剣に向き合うことができた大学時代のアカペラサークル。

高校卒業後は大学に進学したんですよね。

私はオーデションを受けてすぐに東京に行きたかったんですが、母が心配性で「せめて関西にしてほしい」と。私は覚えていないんですが、「私の夢は関西では叶わない!」と言ったそうなんです(笑)。それで母を安心させるためにも横浜の大学に進んで勉強しながら歌手を目指すことにしたんです。

東京に近づくことが夢への第一歩だったんですね。

はい。だから嬉しすぎてまったくホームシックにならなかった(笑)。大学は軽音かアカペラサークルかで迷って、軽音の部費が思ったより高くて、会費が3000円のアカペラにしたんです(笑)。その頃、「ハモネプ(ハモネプリーグ)」が人気だったので、もしかしたらチャンスがあるんじゃないかという下心もありつつ、入ってみたらサークルなのに毎日練習するような体育会系の部活のようでした。

アカペラのサークルではどんな歌を歌っていたんですか?

マイケル・ジャクソンやスティーヴィー・ワンダーなどの洋楽カヴァーや、平井堅さんや、さかいゆうさんなど好きな男性シンガーの曲を女性キーに直して、コーラスを組んで歌ったり。そこで声の出し方を勉強できたし、楽器がない分、自分の声と歌に真剣に向き合うことができました。歌に対する価値観や姿勢も変わったと思います。

ソロ・シンガーへの転機が訪れたのは?

グループで歌っているうちに一人でステージに立ってみたいという気持ちがだんだん強くなり、小6からの葛藤が爆発しそうになっていったんです。そこでアカペラのグループでライブハウスに出演して知り合った方に「一人でやってみたら」と声をかけていただいて。初めて自分でつくった曲「道」もそのとき初めて歌ったんです。サークルではカヴァーばかり歌っていたので、自分の言葉とメロディでストレートに人に伝えられることに感動して、それ以来ライブを重ねながらオリジナルも少しずつ増やしていったんです。

ライブを重ねながらオリジナル曲に挑戦。インディーズで発表した「道」が評判に。

デビューへの足がかりを掴んだのは?

大学2年のときデモテープを録ったんですが、うまくいかなくてもう歌うのをやめようと思ったくらい悩んだ時期もありました。知り合った音楽関係の人たちに色んなアドバイスをもらって、自分からイベンターの方にライブに出してもらえないかとお願いしたり、YouTubeでコバソロさんを知って「この人とコラボできたらいいな」と、ダメ元で自分の音源と一緒にメールを送ったりしていました。

自ら積極的に行動したんですね。

はい。ライブも月2、3回やって、自分の曲を増やして杏沙子という存在を知ってもらおうと。自分でもまだ自分の個性を分かっていなかったので、曲をつくることでそれが出てくるんじゃないかと思ったんです。最初はカヴァーがほとんどだったのがオリジナルが中心でライブができるようになったんです。

2016年にはインディーズで1stシングル「道」をリリースし、MVが拡散されて話題になりましたね。

右も左も分からないまま一人で活動していたので、ある日ライブのお客さんに「CD売らないの?」ってきかれて、「そうか。CDつくればいいんだ」と。それでライブで一緒に活動していた方と3曲録ったんです。曲がYouTubeで広まり、私のことを知ってもらえたのは大きかったですし、反応があるのは励みになりましたね。

この道でやっていこうという自信にもなった?

そうですね。大学4年の就活の前に、これからも音楽でやっていくことを母に伝えました。その頃には母にも私の本気は伝わっていたし、「アナタ、曲もつくれるのね」と母も驚いたみたいで。私も自分が曲をつくれると思っていなかったんです。中学の頃から歌詞には興味はあったんですけど、「道」をつくったときに、「あっ、曲もできる」と気がついた。

鼻歌からどういう風に曲にしていくんですか?

サビからつくります。歌詞とメロディが同時にできることが多いんですけど、サビから膨らませて、アカペラで歌ったものをヴォイスレコーダーに吹き込んでおくんです。ただ、曲をつくることも好きなんですが、私の原点は歌うことなので、歌いたいからつくる感じですね。シンガーソングライターというより、シンガーの方に重きを置いているタイプだと思います。

卒論のテーマは松本隆。小説のような物語性を感じさせる歌詞を書きたい。

大学の卒論のテーマは作詞家の松本隆さんだそうですね。

大学3年のとき、自分の好きなジャンルについて冊子をつくるゼミで松本隆さんの作詞された松田聖子さんのシングルの全曲解説を書いたんです。その時、松本さんの歌詞の素晴らしさを思い知り、卒論のテーマは松本さん以外ない! と。そこではっぴいえんどを知り、「言葉の魔術師」と呼ばれている理由も分かったんですが、卒論を書いた頃は自分で歌詞を書くのがイヤになったくらい。自分はなぜこんな言葉しか紡ぎだせないんだろうって、自分のハードルが高くなってしまった。

でも、それは良い影響の受け方ですよね。

そうなんです。私も1曲の歌で小説のような物語性を感じさせる歌詞を書きたいんです。日常生活の中でこんな物語があったら素敵だな、ありそうでない、なさそうである絶妙な世界を描きたいと。

その一方では、『KOBASOLO』でフィーチャー・ヴォーカリストとして歌ったり、宇多田ヒカルさんや手嶌葵さんなど色んな人の曲をカヴァーして公開していますよね。

私をイメージしてつくってくださった曲を歌うのは原点回帰の楽しさがあるし、自分が知らない声や表情を引き出してくれるんですよね。私は自分のことだけを歌いたいというこだわりはなくて、自分の世界に固執せずに、色んな方の色んな歌を歌ってみたいし、シンガーとして自分の可能性をもっと拡げてみたいと思っているんです。

メジャーデビューで新しいスタートラインに立った私の歌を聴いてほしい。

メジャーデビューとなるミニアルバム「花火の魔法」も杏沙子さんのオリジナルと提供された曲が収録されていますね。

今回の5曲のうち2曲はつくっていただいた曲なんですが、学んだことはたくさんありました。自分でも想像できなかった声が出せて、世界が拡がったし、自分の色が増えたような気がします。自分が着たい服と自分が似合う服がじつは違っていたりするように、似合わないと思っていた色が着てみたらしっくりきたとか、そんな風に新しい歌にチャレンジしていきたい。

メジャーデビュー作をこうしたいというテーマはありましたか?

インディーズの時代の自分を残しつつ、新しいスタートラインに立った私の歌を聴いてほしいと思ってつくりました。それは選曲してみて自分で気づきましたね。

「天気雨の中の私たち」の軽快なシティポップ感は新鮮ですね。

作詞作曲の幕須介人さんはインディーズのときからの知り合いで、「クラゲになった日の話」は以前私をイメージして書いてくださった曲で、すごく好きだったので、新しい曲もぜひお願いしたいと。幕須さんは私がしっくりくる私を提案しながら、私が気づいていない部分をスパイスのように効かせてくるんです。この曲をいただいたときも「大好き!」って直感したし、曲の女の子のキャラクターも自分と近いですね。

歌詞の打ち合わせに時間をかけたとか?

いえ。深くお話したことはないんですよ。でも、「天気雨の中の私たち」の主人公と同様、私も未来をネガティブに考えずに「すべてはうまくいく」と楽観的に思っているタイプなので、歌っていて楽しいし、自分の曲のように歌えるんです。それに、不思議と初めて私の曲を聴く人を惹き付けるような声が自然と出ている気がしていて嬉しい。

インディーズ時代の2ndシングル「マイダーリン」もさらにポップにキャッチィになりましたね。

はい。この曲は自分でつくったときからずっと管(楽器)を入れたくて、メジャーデビューのおかげで念願が叶ったのは嬉しかった。

女の子がいつもの自分じゃなくなる気分と空気感を歌いたかった「花火の魔法」。

「クラゲになった日の話」のエレクトロニカのサウンドは新境地ですね。ポップの王道とはまた別の杏沙子さんの魅力があって。

ああ、そうかもしれないです。私も歌っていて気持ちが良くて、コーラスもすべて私が歌っているんですが、声の海に入れるようなアレンジも素晴らしくて、お気に入りの曲です。

「流れ星」はバラードのようにはじまり、ロックになっていくところがポイントですね。

「流れ星」は私のオリジナルの初期の曲でライブでは歌っていたんですが、ずっと音源化したかった曲なんです。アレンジのイメージが自分の頭の中には明確にあって、編曲の山本隆二さんに相談しながら歌詞の世界観に合う疾走感や夏の夜の切ない感じを共存させたかったんです。

自作曲にもそういう客観的で冷静な視点があるんですね。

それはアカペラでアレンジを考えていたからかもしれないです。ここでパーカッションが入ってとか、ベースを入れてとか自分たちで話しながら構成を考えていたので。歌詞は初期に書いたものだから、ド青春でちょっと照れるんですけど。

タイトルチューンの「花火の魔法」は、夏の恋とその情景を描いていますが、この歌の主人公は熱いですね。

そうですね。ホントは「燃やしてしまえ」とか「魔法にかかってしまえ」って言わないような女の子が夏の夜にいつもの自分じゃなくなる気分と空気感を歌いたかったんです。夏特有の衝動に駆られてアクセルを踏み込むような感情というか。確かに大胆かもしれませんね。

杏沙子さんの秘めたる感情が表れているような?

ああ。初めて言われましたけど、後で「なんであんなことやっちゃったんだろ?」って自分でも思うことが少しあるかも。自分で書く歌詞は今しか書けないことを書こうとは思っています。

メジャーデビューを迎えて、今の心境は?

これから私の新しい旅が始まるんだなと感じています。偉そうに聞こえるかもしれないけど、ここまでは「きっといつかこうなる」と思っていた気がするんです。ミニアルバムをつくってみて、ひとつの世界をつくる楽しさを知ったし、これからはもっとたくさんの人に私の歌を聴いてもらいたいですね。

その他の杏沙子の作品はこちらへ

ライブ情報

杏沙子メジャーデビュー記念ワンマンLIVE

9月2日(日)大阪・心斎橋Music Club JANUS
9月15日(土)東京・渋谷TSUTAYA O-EAST

杏沙子

1994年生まれ。鳥取県出身。大学時代に音楽活動を開始し、2016年にインディーズ1stシングル「道」を発表。「道」、「アップルティー」、「マイダーリン」の3曲のミュージックビデオをYouTubeにて公開し、総再生回数500万回を記録し、注目を集める。2017年9月にはコバソロの1stアルバム「KOBASOLO」にボーカリストとして参加。2018年7月にミニアルバム「花火の魔法」でメジャーデビュー。2018年最も活躍が期待される次世代シンガー。

オフィシャルサイト
http://asako-ssw.com

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