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稲葉浩志ソロツアー2016をめぐる考察

稲葉浩志ソロツアー2016をめぐる考察

稲葉浩志、己の世界。そしてその功績とは?

3月上旬、稲葉浩志が、約2年ぶりの大規模な全国ソロツアーを終了させた。5年半ぶりのシングル「羽」を携え、自ら選んだ気鋭のフレッシュなバンドメンバーとともに、INABAミュージックを更にブラッシュアップさせた充実の2ヶ月間。B’zとは異なる音楽的リリックの変遷、その大いなる成果を検証する!

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B’zから離れたところで完成し得た“ヴォーカル・ストライカー=稲葉浩志”の裸像に近いライブ。それは、ただ、聴き惚れればいいだけの“声の行間”の世界だった。

2014年6月に東京・品川ステラボールにて計10公演おこなわれた“Koshi Inaba LIVE 2014 ~en-ball~”は、個人的に、目からウロコに匹敵するものであった。
映像作品になった今、何度でもそれを鑑賞してほしいと思うけれども、極私的には、4曲目の「Wonderland」とDVD作品のラストナンバーの「Okay」が、ある種の“連鎖”を成しており、聴くたびに、胸を打たれて数十分ばかり無言になってしまう。
御存知の通り「Wonderland」は、リリック上において、引きこもり状態になった人を救い出そうとする楽曲内主人公が、実は、どちらが助け出そうと思っていたのかわからなくなってしまう事態を歌った楽曲である。
僕は、最初に「Wonderland」を聴いた2004年、「こんなリリックを稲葉さんに歌ってほしくはない」と思った。なぜなら、B’zの名曲「Easy Come,Easy Go!」の一節“昔 卒業の寄せ書きに 書いたことのあるクサイ言葉 『逆境にくじけるな』と 今 自分に言い聞かせて”……この、人心を真正面から~たとえ、それが建前的美しさを持っていたとしても~とらえたリリックを歌った稲葉さんには、“パッと変わるWonderland”という“栩栩膳として蝶形(くくぜんとして、ちょうなり)”という不安定な世界に入り込んでほしくなかった。
だが、彼は、B’zを離れた迷宮に“転調と共に”入り込むことを、止めなかった。
そして「Okay」(2010年リリース)だ。
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いつか来る僕のいない世界に「オーケー」というスタンスは今、あなたに『泣かないで』と(かろうじて言うことで)確かめられるところまで、稲葉さんは行くのだが、あの人=稲葉さんは、さらに、自分の思考を止めなかった。
B’zの「IT’S SHOWTIME!!」(2003年リリース)のリリックにおいて“人の気持ちつかめない ボクに足りないのは想像力”と記し、ライブ会場において「想像力」の部分を自分補強のようにオーディエンスに歌うことを一瞬求めた稲葉さんであったが、それだけでは終わらなかったと言うべきだろう。
彼は、ソロ領域において、ほぼ間違いなく“文字を叩き出すこと”を自らに課したと思う。その、文字列は、リリックになろうがなるまいが関係がなかったはずだ。瞬間的に思いついたことであれ、ある程度考え続けたことであれ、有象無象をノートに書き留め、あるいはSmartPhoneに打ち込んだ。(2014年発表のアルバム『Singing Bird』の取材の際に、稲葉さんにSmartPhoneのメモアプリの画面を見せてもらったのだが、“◯◯じゃないのか?”だとか“あれはきっと◯◯だ”といった短文群が、ずっと綴られていた)。

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文章を日頃から書いている人には理解してもらえると思うが、文章とは、頭の中に“何か表現するべきこと”があらかじめあった後、それを例えば、ところてん製造機の如くゆっくりと押し出すように文章化するという類いのものでは、ない。
ノートなり画面に向かった瞬間に、ニューロンとシナプスが書きたいことを探すのである。ひらめきも、同類だ。“何かを留めたい”という志向があったればこそ、ニューロンとシナプスが、瞬間的に活性化して「ああ、そうだ!」と思わせてくれるのだ、という気が、僕はしている。
稲葉浩志に感服するところは、行間という名の想像力が、前述した「IT’S SHOWTIME!!」のリリックのように、自分に足りないのだとすれば~その足りなさ加減がB’z領域では認められているとしても~ソロ領域では、“行数を叩き出す”ことによって、自分にも行間という名の想像力が備わるのではないか? という命題を自分に課すところである。
才能と運だけで回っているような音楽の世界に、圧倒的な努力によってどこまで自分は変われるのか? を容赦なく持ち込んだ稲葉ソロ世界の功績は、とてつもなく大きい。

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3月6日、“Koshi Inaba LIVE 2016 ~enIII~”のツアー最終日@日本武道館、すでに2月7日に広島グリーンアリーナにての公演を視察した際に、いや、「Okay」のあとに最新シングル「羽」ができたことで、僕としては、ライブにおいて、稲葉浩志が表そうとしてきたソロ世界は、ほぼ完成するだろうと思っていた。
そして、実際、そうなった。
3月6日の武道館公演、「Okay」は3曲目に位置し、「羽」は本編ラストの20曲目に据えられた。広島で、終演後の稲葉さんと話をした時、「シンク=シーケンスがないことで、その曲ごとにバンド・メンバーがみんなやりくりして、それが、確かに難しいけれど、とてもやりがいがある」と話してくれた。

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本稿を注意深く読んできてくれた読者諸氏には、すでにお気づきだろう。稲葉浩志が、2014年6月に東京・品川ステラボールにて計10公演おこなったライブのメンバーを、今回、そのままアリーナ・ツアーにも起用したのは、“行数を(その場所にて)叩き出す”ことを“行数を(他の場所にて)重ねる”ことによって、自分の音楽世界に何が起こるか? を、稲葉さんは試しかったのだ。結果、「photograph」を筆頭に、「水平線」や「水路」など、稲葉さんの肌の内側が、はっきりと解る楽曲が明確化した。
「ライブにおいても、遂に完成せり」…稲葉浩志は、己の世界をつかんだのである。

取材・文 / 佐伯明

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