【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 82

Column

ユ-ミンの“やりたい放題”が始まる。それを“やれ”たのは、彼女の才能あってこそだった。

ユ-ミンの“やりたい放題”が始まる。それを“やれ”たのは、彼女の才能あってこそだった。

日記には書かない。予定表にも書かない。昨晩お会いしましょう、などとは書かない。そもそも時制がおかしい。会いたいけどもう会えない。そう書くべきだ。

いや、でも…。今からでも会えるかもしれない。ユーミンの『昨晩お会いしましょう』(1981年11月)を聴いていると、そんな気分になってくる。その瞬間、僕は時間を“超えて”いる。

さて今回はシングルの話から。「守ってあげたい」(1981年6月)のビッグ・ヒットがあって、ユーミンの快進撃も始まるのである。まさにこの曲、ターニング・ポイントにもなった。もちろん彼女は荒井由実時代にも、若者の間でブームとなっているが、“お茶の間の人気者”というのとは違った。「守ってあげたい」は、初めてそんな場所にも届いた楽曲なのだ。当時の人気番組『ザ・ベストテン』に、一回限りの出演もしている。まさに彼女が、“お茶の間”へも降臨したのだ。

でも、いくら「守ってあげたい」と言われても、“そんなお節介は要らないよ”っていうヒトもいるはずだ。ところがこの曲に限って、“とりあえず、守ってもらうのもいいかもねぇ”って気分になる。こうして、守られることに消極的な人間たちも素直にさせて、すべてひっくるめ、包んでしまう。それがこの曲の凄さだ。 

テーマは何かと問われれば、「母性」ってことだろうが、よく“神のご加護”とか言ったりする、“ご加護”にも届かんばかりの不思議なパワーがはあるのである。それほどまでに、この曲のユーミンにはお手上げだ。なぜだろう。でもこれ、自分がオシメしてた頃を知ってる人間にお手上げなのと同質だ。この曲を聴くと、もはや自分の“お里”もバレちゃんてる気分になる。

アルバムとしての『昨晩お会いしましょう』を象徴するような楽曲といえばどれだろう? おそらく、「夕闇をひとり」だ。「守ってあげたい」の次のシングルにもなってるが、シングルのジャケットはアルバムとほぼ同じデザインで、ピンクフロイドなどを手掛けたデザイン集団、「ヒプノシス」が担当している。でもこのジャケットが、まさに“昨晩お会いしましょう”状態を具現化してると言ってもいいのだ。

よく見て欲しい。ユーミンらしきトレンチの女性の頭の上だけに、雨が降っている。つまり、彼女は現在時刻と違う場所に存在している。そのことを踏まえつつ、「夕闇をひとり」を聴いてみよう。

歌詞を下世話に解釈するなら、男に振られちゃった女のヒトが、でも諦められなくて、ウワサを頼りに夕闇をひとり、あちこち訪ね歩く内容である。でもなんか、こんな紹介だと、実に可哀想で惨めだ。そう思いつつ、でも再び、ジャケットの写真を思いだして欲しい。

主人公の頭の上だけに、雨が降っている。つまり彼女は、現在時刻と別の場所に存在している。もしかしたら、探している相手に、逢えるかもしれないのだ。実は…。ジャケットをひっくり返すと、裏にはお相手らしき男性の姿が。そして彼の頭上も、そこだけ雨が降っているのだ! さて結末は、みなさんで想像してください。

『昨晩お会いしましょう』には、卒業して社会に出て、今は働いている女の人、早い話がOLさんが主人公の歌が目立つ。仕事が終わり、ディスコへ繰り出す「街角のペシミスト」など、その典型だ(この主人公は、普通のOLより華やかなお仕事かもしれないが…)。そして、こうした主人公の設定を、さらに明確にしたのが、次のアルバム『PEARL PIERCE』(82年6月)だ。

ユーミンは、時にリップサービスをしてくれる方なので、インタビューの際の発言も、ひとつの彼女流エンターテインメントと受取るべきなのだけど、僕がバイオグラフィ・インタビューさせていただいた際の発言(毎度引用させて頂いているもの)だと、こんな話をしてくれている。

 この頃、さだまさしさんがOL層を押えてたんです。「関白宣言」とかで(笑)。でも、私が考えてた学生からOLになる人たちの気持ちって、ちょっとそれとは違ってたの。だから、そんな私なりのOLの生態とか、真向から歌にしたのがこのアルバムでした。
(月刊カドカワ1993年1月号)

この発言で注目すべきは、彼女が“OLの生態”という表現を使っていることだろう。となると、イケてる女子ばかり歌っても説得力がない。アルバム全体として、サンプルを無作為抽出、みたいなほうがリアルだ。

でも実際、そうなっている。「ランチタイムが終わる頃」は、恋愛に集中力を向けても就業規則違反にならないだろうお昼休みのひとコマで、「フォーカス」の主人公は、恋に臆病だったのに、メガネを外して羽ばたこうとする。「夕涼み」に出てくるのは、避暑地での夏の想い出だろうから、ちょっとハイソかもしれない。「私のロンサム・タウン」は、ツアー中のユーミン自身のことのようだ。彼女はOLではないけど、働く女性ってことでは一緒。自分もちゃんとサンプルとして“抽出”しているわけである。

ちょっと異色と思うのが「DANG DANG」で、のちにライブの人気曲となるが、ユーミンには珍しく、言葉遊びが主になっている楽曲なのである。“DANG DANG”というは日本語の“だんだんと”に掛けていて、[弾丸をぶち込んで]とあるのでピストルの発射音でもあり(“弾丸”とも韻を踏んでいる)、しかもコーラスも相まって、この言葉は“DANG DANG D-DANG”とアクセントを変えていくのである。歌詞のストーリーで聴くというより、その時、主人公に押し寄せた衝動こそが、この歌の骨子となっているのだ。

さて、“OLの生態”を描いたというこのアルバムのなかで、一番有名なのは「真珠のピアス」の主人公だ。片方のピアスを彼のベッドの下に投げ捨てる行動は、この歌を聴き、真似してみた人も多かったと聞いた。当時の知り合いにもそんなヒトがいた。彼女の場合、投げ捨てたのはベッドの下ではなかったそうだが(これ以上詳しくは書かないが…)。ユーミンは曲作りの際に、ファンがくれた手紙のエピソ−ドを参考にしたそうだ。でも、歌としての構成が光っている。1番をアダルティなベッド・シーンにしておいて、2番では少年のように、紙ヒコーキを飛ばしたりという展開となり、まさに場面転換が鮮やかだ。さらに、ピアスの片方を投げ捨てるというのがイメージの伏線というか、エンディングでの、半分ないと[役には立たない]というフレーズにも、見事に重なりあっていく。

敢えて強調しなかったが、『昨晩お会いしましょう』と『PEARL PIERCE』は、松任谷正隆のアレンジと、参加ミュージシャンの演奏が極上である。様々な意味でダイナミック・レンジが上昇した印象で、曲ごとの意図が、より鮮やかに伝わってくる。鳴るべき場所に鳴るべき音が鳴っている。本当の名演は力演や快演のようなアリバイは残さず、むしろ作品性のなかへ、各ミュージシャンの演奏テクニックが溶解し、匿名化していくようにも思えるものだが、なにしろその整合性たるや、目眩がするほど素晴らしいのだ。この時期のユ−ミンは、アルバムを丸かじりにして、頭からシッポまで、ぜひ!

文 / 小貫信昭
写真提供 / EMI Records

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