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中村優一&伊万里 有らが舞台『BRAVE10~燭~』で見つけてくれた“あなたの安らぎの居場所”

中村優一&伊万里 有らが舞台『BRAVE10~燭~』で見つけてくれた“あなたの安らぎの居場所”

7月25日、なかのZERO 大ホールにて、26日から上演されている『BRAVE10~燭~』の公開ゲネプロと囲み取材が行われた。原作の『BRAVE10』『BRAVE10 S』は、霜月かいりの大ヒット漫画。物語は、歴史上もっとも有名な“関ヶ原の戦い”の前を時代背景に、真田十勇士と敵たちの斬撃や忍術の殺陣が入り乱れるファンタジックなストーリー。十勇士のひとり霧隠才蔵を主人公に、個性的な仲間との出会いや別れ、ライバルとの戦いを通して、それぞれのキャラクターが成長する姿が描かれる。そんなゲネプロと囲み取材をレポートする。

取材・文・撮影 / 竹下力

誰にも仲間と一緒にいられる居場所がある

「十勇士達はことあるごとに『大丈夫』と言う。それは建前の『大丈夫』ではない。仲間の力を信じ、背中を押してくれる、強さと優しさのようなものを感じさせる勇気に溢れる言葉」……昨年の『BRAVE10』ゲネプロレポートの結末にこう書いたように、『BRAVE10』の魅力はそこにあるのではないかと考えていた。

昨年の『BRAVE10』ゲネプロレポートはこちら
中村優一、北川尚弥、遊馬晃祐らが斬りまくる!真田十勇士の絆を描く戦国ファンタジー『BRAVE10』開幕

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2017.06.29

つまり、舞台の最初から最後まで、彼らは常に仲間を愛し、同時に愛されることの重要性を客席に訴え続け人間の心の持つ奇跡を見せてくれた。だから、“なかのZERO 大ホール”の座席に座っていながら、手の平がびしょ濡れになるほど手すりを握りしめながら、今作でもそれを確かめたかった。感じたかった。心に焼きつけたかった。今作においても彼らの言葉が嘘ではないことを。そんな奇跡を感じさせてくれることを。

“愛”とは“仲間”とは“友情”とは……我々が日常、口にするのは気恥ずかしい言葉が、彼らにとっては、最も大切な言葉だ。どうして、人は悲しみに泣いてしまうのか? どうして、熱い友情で仲間を作らないのか? 人は、あなたを愛してはいけないのか? そんな問いが渦巻いている舞台だった。それは“愛”や“仲間”や“友情”という言葉を我々が容易に口にできない社会だからではないからだろうか。そこに劇作のヨリコ ジュンの現代への危機意識があるかもしれない。

いずれにせよ、あれから1年。彼ら新生『BRAVE10』カンパニーはどう変わったのか、どう成長したのか、どう変わろうとしているのか、興味が尽きなかった。そして、我々にどんな新たな質問を問いかけ、答えを考えさせてくれるのか。開演のブザーが鳴るまで胸の高鳴りを抑えられなかった。

結論からいうと、彼らは大きく変わった。子供から大人になったぐらいの大きな変貌ぶりだ。十勇士達は、まるで100万人が人文字になって巨大なグラウンドに「大丈夫」と描いているように、底知れぬ連帯感を持って屹立していた。そう、「大丈夫」という言葉の強度が100倍、1000倍にもスケールアップした舞台になっているのだ。舞台全体から問いかける、どんなに辛いことがあっても「大丈夫」とあなたの背中を押してくれる言葉が、客席にいる我々の胸を強く鋭く射抜く。

台詞のすべてが、斬撃のすべてが優しく語りかける。“あなたはそこにいて大丈夫。一緒に乗り越えよう”。そんな前作からパワーアップしたメッセージが舞台上を踊っている。涙が止まらない。いや、涙を流してもいいのだ。涙を流した後に、あなたの居場所が見つかる。

ここで簡単に前作のストーリーを説明すると(DVDが発売中なのでぜひ手にとってみよう)、出雲の巫女の伊佐那海(伊藤優衣)と、伊賀忍者の霧隠才蔵(中村優一)がとあるきっかけで出会い、上田にたどり着き、真田幸村に出会う。真田幸村を中心に、次々にライバルが集い仲間になっていく。土、金、雷、火、風、氷、水、草、光、闇の力をもつ、いわゆる十勇士たち。そして、旅の果てに見つけた世界を破壊する“闇”の力。殺戮の女神“イザナミ”の憎悪の力、世界のすべてをなぎ倒す暴力が、実は伊佐那海に宿っていることを知る。

日本を征服できるほどの力を奪おうとする敵から仲間を守るために、あえて彼女は闇に飲み込まれ“破壊神”となったものの、自由を奪われ、世界を黒い炎で覆い尽くす。そして、次第に彼女には居場所がなくなっていく。仲間を助けたいのに、自らを傷つけ、仲間を傷つけ、悲しみに沈んでいく彼女。しかし、それを守り切った勇士達。なかでも“光”の才蔵が、“闇”の伊佐那海を抱きしめ「大丈夫。僕たちはここにいる」と語りかければ、彼女の居場所がそこに生まるのだ。つまり、彼女は仲間と共に家族のように生きることを決意する。

物語は、その1年後にあたる。1600年(慶長5年)、いままさに“関が原の戦い”が起こらんとする動乱の時代だ。上田の十勇士の与頭、つまり一番のリーダーになった霧隠才蔵だったが、思わぬ人物の再来によって、分裂してしまった仲間たちをまとめることができず、自分に不甲斐なさを感じている。しまいには、主人の真田幸村(伊万里 有)へ八つ当たりをする始末。

一方、伊佐那海はみんなに守ってもらうだけでなく、自分からも戦いたいと武器を手にする。しかし、十勇士達は、どこか前作の危機を脱して安堵したのかもしれない、ちぐはぐになり、チームワークが崩れかけてしまう。

しかし時は待たない。戦争は待ってくれない。争いの台風はすぐそこだ。時代は戦国、豊臣勢、徳川勢、そして伊達勢と様々な勢力が彼女の“闇”の力を奪い合う状況は変わらなかった。まず、動き始めるのは、時代を手に収めんと意気軒昂としている徳川家。徳川秀忠(末野卓磨)が、幸村の兄、真田信幸(寿里)を脅し、故郷の上田に攻め入らないことを条件に、「弟から伊佐那海を奪ってこい」と命令する。

さらに、石田三成(葉山 昴)は、豊臣秀吉が亡くなり焦っていた。“闇”の力を奪ってでも天下を守りたいという願いが怨念のように体から滲み出る。家臣の直江兼続(和合真一)の箴言も聞かず、伊佐那海の力を求めて上田に出兵する。そして前作から、彼女に目をつけていた伊達政宗(小坂涼太郎)も暗躍を始める。物語は、よりカオスになり、よりドラマティックに展開していく。

キャストが加わり、オリジナルキャラクターの双子の万華(田上真里奈)・千華(高橋紗妃)の淀みないユニゾンの台詞、ダンスなども見所もさらに増えた。

そしてやはり、総勢30名ほど役者が舞台に入り乱れるバトルシーンは目を見張る。紗幕に映るヨリコ ジュンのリアルな映像によって、繰り出される忍術の応戦、刀による鍔迫り合いは迫力があって、戦国時代の合戦場に来てしまったかのようなタイムスリップ感を覚えて驚嘆する。まるで遊園地のアトラクションに乗っているような現在と過去を行き来するスピード感にクラクラさせられる。

もちろん、それだけではない。この舞台で大切になってくるのは“心”だ。霧隠才蔵を筆頭に、伊佐那海、海野六郎(宮城紘大)、アナスタシア(護あさな)、由利鎌之介(辻諒)、猿飛佐助(大崎捺希)、筧 十蔵(鷲尾修斗)、三好清海(新井 將)、弁丸(篠原 立)、根津甚八(小波津亜廉)の十勇士の“心”の絆、そして彼らが夢見た平和な時代への願いが、仲間への不信で揺らぎ、葛藤で消えてしまい、それでも友情で再び取り戻し、愛によって不変のものとなる、そんなカラフルな心模様がリアルな“人間”像を浮かび上がらせ、ファンタジーではありつつも、現代に通じる人間ドラマを垣間見せる。

おそらく一匹狼で動き続けたせいか、あるいは友に恵まれなかった境遇のせいか、中村優一の仲間をうまくまとめられない、仲間と上手くコミュニケートできない葛藤に苦しみもがき続ける演技は、現代の若者の閉塞的な社会で苦しんでいる様子を感じさせ涙を誘う。そして、仲間を助けながら、仲間に助けられて成長していく様は、佇まいや演技、台詞にしっかりと現れて、とても美しかった。

伊藤優衣も、仲間に助けられるばかりではなく、強くなりたくて武器を取るのに、己の抱えた闇を解決できないもどかしさを台詞で爆発させ迫力があった。

真田幸村を演じる伊万里 有の飄々とした佇まいは清々しく、その性格が気が気でない、真田信幸役の寿里のコメディチックな演技は、どこにでもいる兄弟の可愛らしい一面を見せていて楽しかった。小坂涼太郎の眼帯をして片目で見えにくいのに、縦横無尽の殺陣には恐れ入ったし、宮城紘大の早替えは歌舞伎を見ているような面白さ。

そして、服部半蔵役の遊馬晃祐の立ち位置が今作では、物語の重要なポジションを担っている。彼は前作から、才蔵の巨大なライバルとしてすぐに目が行ってしまった、今作でも彼の一挙手一投足を見ているだけでワクワクする。改めて、彼の素晴らしさは、目の動きや、表情の作り方の細かい所作にあると感じる。何百手も繰り出す殺陣が素晴らしかったのは言うまでもないが、前作とは打って変わって“殺戮マシーン”から、感情に溢れた人間的な姿への変貌は感動的だ。

この舞台は、やり切れなさ、いわば“心”にストラグルを抱えた戦士たちが、いかにしてそれを乗り越えていくかという成長譚として成立している。すべての役者に適切な役割があり、役者は丁寧に、本当に丁寧に、大切な宝物を扱うように演じて舞台上で成長していく。素晴らしいカンパニーだ。

劇作家としてのヨリコ ジュンは、舞台で繊細な人間描写を表現し、稀代の“人間描写のマジシャン”と呼んでも差し支えない、様々なトリックで人間の“業”をあぶりだしていく。演出は、映像を巧みに使いながら心理描写から、風景描写まで、白土三平のあの壮大なスペクタクル漫画『カムイ伝』を読んでいるように、自然の現象から、人間、動物、空想上の忍術まで、あらゆる造形を緻密に描いている。もちろん、原作の内容の素晴らしさがあってのことだけれど、現代では稀にみる力量の作家だとまざまざと感じた。

人は1人じゃない。1人で泣く必要はない。1人で笑う必要もない。誰だって仲間と一緒にいられる居場所がある。でも、それを失わないために、1人で戦う必要はない。肩の力を抜いて、周りを見渡せばかならず仲間がいるはずだ。そうそれは、あなたをいつも取り囲んでいる、家族、友人、気のおけない仕事仲間かもしれない。身近な誰かが必ずそばにいてくれる。だから、あなたは泣いたっていいし強くなる必要もない。なぜなら、あなたは、みんなに助けられ、必ず強くなれるはずだから。さあ、泣き止んで、未来へ進もう、そこには希望に満ち溢れた世界があるはずだ。そんなポジティブなメッセージを受け取ったこの夏にふさわしい熱い舞台だった。

公演は7月26日から29日まで、なかのZERO 大ホールにて。

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