【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 83

Column

松任谷由実 輪廻もエスパ-も、恋を幾つか経験してこそ感じるものかもしれない

松任谷由実 輪廻もエスパ-も、恋を幾つか経験してこそ感じるものかもしれない

『REINCARNATION』が出たのが1983年2月である。さて、どんな時代だったのか? 2か月後、千葉の浦安に「東京ディズニー・ランド」が開園する。音楽アーティストと遊園地なんて、まったく別物のようだが、ステージの床をピークメーターのように輝かせ、コンピューター制御のない時代に、人力で曲構成と連動するライティングを実現していたユーミンは、まさに音楽のテーマパーク、音のワンダーランドを目指していただろうし、この時期、アメリカからやってきた巨大な遊園地は、たぶんライバルとも言えたのだ。

さて今回のアルバム…。タイトル・ソングが“輪廻転生”をテーマにしていたことで話題となった。ちょうどこの頃、女優のシャーリー・マクレーンが自らのスピリチュアル体験を綴った『アウト・オン・ア・リム』を書き、ベスト・セラーとなっていて、テーマ的なつながりも感じられる。でも、ポップ・ソングにこんなテーマを投入するヒトは、ユーミン以外、誰も居なかった。

これは音的にも“リインカーネーション”というテーマ的にも、冒険でした。音は今までのアルバムのなかでいちばんぶ厚く聴こえると思います。(中略)前のアルバムの『PEARL PIERCE』がOLの呟きふうだったので、ここでは冒険の回路を、トライする回路を意識的に増やしてますね。
  (月刊カドカワ 1993年1月号)

引用させていただいた彼女のコメントの“回路”という表現は、見事に『REINCARNATION』のジャケットにもつながる(集積回路=チップを中央に据えたデザインだった)。そして音は、確かにぐっと厚くなった。厚くというか、広く、深くもなった。『PEARL PIERCE』のアルバムには、音の“間合い”を楽しむ感覚もあった。それに較べ、こちらは熱やスピードが、塊のように迫り来る雰囲気も加わった。

「ESPER」や「ハートはもうつぶやかない」も、スピリチュアルな感覚のポップ・ソングと受け取れる。でも「REINCARNATION」にしても「ESPER」にしても、これらは主人公の身に、ある日突然、備わった感覚かというと、そうじゃないだろう。これも成長がなせる技、恋の経験がもたらしたものだろう。

恋愛ほど、出会いや別れがドラスティックに感じられるものはない。何度かそんな経験をした主人公なら、輪廻や魂の存在を、オカルトっぽくではなく、ロマンチックなものとして理解出来るようになっても不思議じゃない。このアルバムに登場するのは、そんな恋愛精神年齢に達した人々、という解釈も可能だ。

同じ年の12月には、『VOYAGER』がリリースされる。この作品以降、ユーミンの新作と言えば年末商戦を控えた11月末〜12月初旬にリリースされることになる。僕も長らく彼女の取材をさせていただいてたので、10月の終わり頃(贈答用ハムのCMが流れる頃)には、“今年もそろそろかなぁ”と、条件反射的に思ったものだ。

『VOYAGER』というタイトルは、NASAの宇宙探査計画に由来し、今回掲載している本作のジャケットは、空と海が逆転し、海となった空をユーミンが泳いでいくような絵柄である。こういう不思議なジャケットということは……、はい正解です。デザインはヒプノシス。

コンセプトは宇宙と、ハッキリ決めらたわけではないだろうけど、そもそものアルバム・タイトルや、SF映画『さよならジュピター』の挿入歌「青い船で」や、解実と時間感覚のない異空間が交差する「不思議な体験」という作品が入っているので、そんな印象がなくはない。ただ、オープニング曲の「ガールフレンズ」や、それに続く「結婚ルーレット」は、『PEARL PIERCE』から続く、OLが主人公とおぼしき物語である。

この時期のユーミンは、理屈っぽく難しく考えると難しくなる。でも素直に耳に傾ければ、実に音の消化の良い、モダン・ポップ集なのである。このアルバム・ジャケットにしても、どこかのフィットネス・クラブの奇抜なポスターと思えばそう思えなくもないわけである。

今の耳で聴くと、実に実に80年代の魅力に満ちている。それは主に、情緒においてである。70年代的な“含み”のある伝え方というより、パッパッパッと展開し、サバサバしてるのだ。ヒトによって“ドライ”と思うくらいの…。しかし相変わらず、演奏はすこぶる高品質なのであり、曲によっては普段、この地球で重力の負荷に耐えて生活していることも忘れそう……、という、そんな音のマジックこそが、このアルバムの“宇宙的”な部分かもしれない。

早いもので、あれから1年…。1984年の12月にリリースされたのが『NO SIDE』である。アルバムから彼女の姿は消え、そこにあるのは“M”と“Y”の頭文字をあわせた記号のみ。いわゆる CI(コーポレート・アイデンティティ)である。

すでに親しまれている“ユーミン”という愛称にプラスして、これも加わった。このマークが視界に飛び込んだら、即座に彼女の特性や独自性が思い浮かぶ、という世の中へなっていくわけだ(その後、様々なアーティストがCIを制作したが、ともかくユ−ミンは早かった)。

アフリカの大地を描く「SALAAM MOUSSON SALAAM AFRIQUE」でスタートするが、聴覚だけでなく、視覚、触覚、さらに嗅覚すら刺激してくれる。[ゼブラの群れは煙り]という表現が出てくる。“煙り”があることで、横切る速さも脚力が醸す音も、さらに砂粒が、目に飛び込んでくるかのような感覚にもなる。風景を見せてくれるどころか、すでに我々は、アフリカの大地に居る。ワープしちゃっている。実際に出掛けて行ったら、旅費はかなり高額だ。

タイトル・ソングの「ノーサイド」と、「DOWNTOWN BOY」も印象的だ。前者はラグビーがテーマの、広く知られる作品だ。久しぶりに聴くと、イントロのエレキ・ピアノからして感涙だった。この歌もジャンル的には“母性”ソングかもしれないが、観客の一人である主人公と、ラグビー選手である男性との関係は、敢えて描かず、[何を犠牲にしたの]の歌詞の後ろに連なるものを、聴き手に想像させている。そもそも“ノーサイド”が過去を表すのか未来なのかも、聴き手に委ねている。

「DOWNTOWN BOY」も構図としては似てて、こちらは二人のエピソードも含まれるが、歌詞の主は傍観スタイルだ。主人公は、いわゆる“ガテン系”の“下町男”。いっぽう、どうやら主人公は山の手のお嬢さん。彼女は相手を[ナイーブなひと]と評しているが、“ガテン系”と“ナイーブ”が、相手を印象的なキャラにしている。

この2曲に登場する男達は、みるからに汗臭い。それをユーミンが描くことで、デオドラントが果たされている。でも無味無臭にしたんじゃない。男らしさの仮面を剥いで、彼らの心のなかにあるものを描こうとしている。

文 / 小貫信昭
写真提供 / EMI Records

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