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ふつうの庶民の壮絶な物語に女優陣が涙。「暮しの手帖社」全社員で編んだ『戦中・戦後の暮しの記録』が湛える美しさ

ふつうの庶民の壮絶な物語に女優陣が涙。「暮しの手帖社」全社員で編んだ『戦中・戦後の暮しの記録』が湛える美しさ

出版記念の「ちいさな朗読会」を前に、朗読者をつとめる女優陣は「泣かないかな……」と心配していたという。
初代編集長・花森安治が「この号だけはなんとか保存して、この後の世代のために残してほしい」と願った『戦争中の暮しの記録』から50年。
創刊70周年を迎えた『暮しの手帖』から、新たな“続編”が出版された。
歴史書にも教科書にも書かれることのない、ふつうの庶民の暮らしを、暴力の時代を生き抜いた人々の無数の感情、非情な体験を書き記した『戦中・戦後の暮しの記録』。
担当編集者いわく「一編一編が“遺言状”」。
「これを伝えずには死ねない」という強い想いが突き刺さる労作でありながら、抑制した語り口には至高の美しささえ漂う一冊だ。

取材・文 / 村崎文香 撮影 / 暮しの手帖社

駆り立てたのは「いま=戦前」と捉える強烈な危機感

「愛犬アドヴィン号」
「食べ残された水蜜桃半分」
「死に場所を求めて」
「ちょっと着てみてくれないか」

これらのタイトルから、どんな物語を想像するだろうか。
名のある作家によって書かれた小説でも、エッセイでも、映画やドラマでもない。
むしろ名もない、ふつうの庶民が、一生に一度、いのちを込めて書いた「作文」。
コクヨの400字詰め原稿用紙に書かれたそれを、若い編集者は泣きながら読み、こう編集長に伝えたという。
「編集者をやっていて、よかった」

『暮しの手帖』という雑誌は、覚悟と祈りで出来ている。
それは「一人ひとりが自分の暮らしを大切にしていれば、戦争は起きなかった」という痛切な反省から立ち上がったものだ。
今年創刊70周年を迎えた本誌1号1号に息づくその祈りを、読者とともに結晶させた渾身の一冊が出来上がった。
企画から2年。2017年3月の募集開始から半年、編集部には予想をはるかに超える原稿が寄せられた。その数、2390編。それらをすべて全社員で読み、選び、一冊に編んだ『戦中・戦後の暮しの記録』。
初代編集長・花森安治から魂のバトンを受け取った現編集長・澤田康彦さんは、編集部総がかりで長距離の坂道を登りきった。その情熱を駆り立てたのは、「いま」という時代を「戦前」と捉える強烈な危機感だ。

出版を記念して「ちいさな朗読会」が開かれたのは7月27日、銀座「教文館」のウェンライトホール。「朗読」というスタイルは、この本にぴったりだと改めて思う。言葉とは、本来語られるものだから。書かれた言葉があたたかな肉体を通して発せられることで、ひとりの記憶が普遍的な物語に生まれ変わる。
冒頭で紹介したのは、そこで読まれた4編のタイトルだ。
本上まなみ、魚住りえ、キムラ緑子、紺野美沙子。4人の魅力的な女優が順に、自分が選んだ一編を朗読する。誰もが背筋をすっきりと伸ばし、凛としてその世界に向き合っているのが印象的だった。

子どもの目から見た戦争という暴力の凄まじさ、哀しさ

本上まなみ

本上まなみは清涼感のあるあたたかい声で「愛犬アドヴィン号」を。
家族同様育てられたアドヴィンは、もともと軍用犬。時が来て「御国のために」戦地に送られたシェパードと見送る家族の姿が、当時12歳だった毎田至子さん(金沢市・87歳)の視点で綴られる。
20代〜40代の主婦からの投稿が圧倒的に多かった『戦争中の暮しの記録』と違い、当時子どもだった読者からの投稿に加え、父母、祖父母からの聞き書きも収めたのが今作の特徴。
最後に紺野美沙子が「『愛犬アドヴィン号』だけはとても選べなかった。絶対号泣してしまうから」と感想を述べたが、本上は時に声を震わせながらも崩れることなく読み切った。
「なぜ、この作品を?」という質問に、「戦争というのは人間だけでなく犬もこうして戦争に行ったのだ、ということにびっくりした。家族の一員だったアドヴィンが御国のために戦地に行くことを12歳の少女の目線で捉えている。どんなにつらかったか……」と本上。

魚住りえ

続いて、魚住りえは、山口県柳井市の村木千鶴子さんの「食べ残された水蜜桃半分」を。張りのある声を何度も詰まらせながら、我が子を原爆で亡くした母の嘆きを力のこもった声で伝えた。
広島出身の魚住は、子どもの頃「げんばくしんぶん」をつくるために被爆者から直接話を聞いた経験があり、その生々しい衝撃がいまも心に焼き付いているという。それを受けた澤田編集長が、『戦争中の暮しの記録』で原爆の投稿が少なかったのは「謂れなき差別」を気にしてのことで、今回は章立てをして収めたことを語る。
朗読教室も主催している魚住は、「この本は朗読に向いている。ラジオ番組で一日一編ずつ朗読してほしい」とコメント。編集長も参加者も頷いて賛同の意を表す。

ここで、ゲストの登場。板橋区の吉井成江さん(84歳)で、特攻で敵地に向かう前日、疎開先に逢いにきた兄のことを綴った「航空元気食」を、自ら朗読。手を震わせながらも毅然として感情を昂らせることのない淡々とした声が、哀しみの陰影を一層際立たせた。
「いまも兄のことを思うと涙が出る。16歳で息子をなくした父母はどんなに悲しかったか。戦争ほど無益なものはない」

キムラ緑子

3人目の朗読者、キムラ緑子が選んだのは、沖縄の地上戦を綴った川崎昌子さん(82歳)の「死に場所を求めて」。
凄まじい臨場感を伴った恐怖の描写が、ジワジワと会場を締め付ける。激しい爆撃に母、妹と三人、右往左往し、腕を負傷して捕虜にならざるを得なかった「軍国少女」の怒りが全編に火を吐く。
「私は淡路島の出身で、沖縄は約2倍の大きさ。そんな島ですぐそばに軍艦が停泊して、そこから撃たれる恐怖。沖縄にはいまも米兵がいて、いまも戦争が続いている。怒りが猛烈に湧いてくる」とキムラは強い口調で感想を述べた。

紺野美沙子

最後は、本ではいちばん最初に掲載されている「ちょっと着てみてくれないか」。
兵庫県西宮市に住む森定子さん(99年、90歳で永眠)が1965年頃執筆したものを、息子さんが投稿した。漱石の『夢十夜』にも似た文学的な香りを放つ一編を、紺野美沙子が気品のある声で読み上げる。
終戦間際の昭和20年3月に50歳で召集され、病気を患って除隊。そのまま癒えることなく翌年4月に逝ってしまった夫との二人だけの記憶。
花嫁衣装を売るという妻に「ちょっと着てみてくれないか」と頼む夫。気恥ずかしさを堪えて羽織った妻の姿を見て、夫は布団の中で嗚咽する。アカシヤの芽吹く晩春の朝、何の栄誉も感謝も労いもなく、薄暗い部屋でたったひとり逝った夫への愛惜。
もし、この本が編まれることがなかったら、この哀しみは定子さんの胸の底に沈潜したままだった。キムラ緑子が口にした言葉は、おそらく会場にいたみんなの言葉だ。
「こんな本をつくってくださって、ありがとうございます」

10年、20年、100年も、ベストセラーになりますように

この日紹介されたのは、わずか5編。けれど、優れた小説や映画も叶わない感動と深い余韻を残して「ちいさな朗読会」は終わった。ほかに、山70坪分のお金で巨大なスイカを買ってしまい、激しい自責の念に囚われる「スイカ」、満州で現金を得るためにお手製の抱き人形を売り歩き、ある日その売り上げを全部とられてしまう「抱き人形」など、写真や絵などの資料を含め全157編。いずれも、共感を呼び覚まし、記憶に残る本物の物語だ。物語とは、人間が生き延びる術を伝えるものをいう。

表紙・巻頭は、若手人気写真家、川島小鳥。きくちちき、早川桃代の絵とともに、読者からの絵や貴重な写真をふんだんに配して、章立てもわかりやすく、とにかく「読んで」もらえる本づくりに最大限の努力をして、いま書店に並んでいる。

最後を締めくくった紺野美沙子の言葉は、その場に集まった一人ひとりの想いを代弁していた。
「10年、20年、100年も、ベストセラーになりますように。くれぐれも未来に“新しい本”が出ませんように。できれば英語版が出ますように」
そうだ、暮らしているまちで、この本の朗読会をしよう。
一人でも多くの人に「遺言」が伝わるように。
それが、昨日の戦争を生き抜いてくれたいのちの連なりの上にある、私たちのいのちの使命だから。

イベント情報

暮しの手帖社 主催
『戦中・戦後の暮しの記録 君と、これから生まれてくる君へ』出版イベント

「ちいさな朗読会」

開催日:7月27日(金)
会場:教文館9階ウェンライトホール
出演:紺野美沙子、キムラ緑子、魚住りえ、本上まなみ

『戦中・戦後の暮しの記録
君と、これから生まれてくる君へ』

戦中・戦後の暮しの記録

君と、これから生まれてくる君へ

あの日々をどう生きたか 手記、手紙、絵、写真 157の体験を収録
【目次】
Ⅰ たいせつな人
Ⅱ 空から恐怖がふってくる
Ⅲ 何と戦っていたのだろう
Ⅳ ふるさとが戦場に
Ⅴ 弱き者は守られたか
Ⅵ 遠き丘から
Ⅶ 未来はどっちに

発売中
価格:¥2,500+税
仕様:B5判 並製 本文312頁
ISBN:978-4-7660-0209-6
出版社:暮しの手帖社

創刊70周年記念特設サイト
https://www.kurashi-no-techo.co.jp/70th