Interview

震災以降の日本と向き合い、時代をリアルに映し出しながら、岩井監督が描こうとしたものとは?

震災以降の日本と向き合い、時代をリアルに映し出しながら、岩井監督が描こうとしたものとは?

信じていた世界が崩れるとき、転びそうになりながら走り続けるしかない

七海は気配を殺して生きている孤独な女性。ぎこちない微笑み、頼りない歩き方、猫背、極端に小さい声……。一方でSNSの仮想空間では辛辣な言葉を吐き、本音も覗かせる。多くの女性が抱える「生きづらさ」を体現しているようです。

一見すごく便利で豊かな世の中って、ほんのちょっとでも躓くと、とたんに容易に生きられなくなる。これが日本の本当の姿なんだと思うんです。震災の問題も、シングルマザーの問題もそう。
“病院”の中にいれば点滴も打ってくれるし、注射も打ってくれるし、快適な生活が保障される。でも、一歩その“外”に置かれると、なかなかひとりでは生きられない、険しい状況に追いやられてしまう。だけど、「じゃあ明日からワイルドに生きればいい」ってみんなが切り替えられるかっていうと、そうじゃない。まあ切り替えちゃえばいいと思うんですけど、比較対象がないからそこに行けない。
その病院の真ん中、社会のど真ん中の部分というのはかなり盤石で、長い間なかなか変わってくれなかった。それが、震災があって、一部というか、中心からそれが崩れたんだと思うんです。まだなんとか浮かんではいるものの、ひびが入り、割れ、傷ついたんだと。それは5年経ってもたぶん変わっていない。いままで信じていた世界が崩れるとき、転びそうになりながら走り続けるしかない中で「本当の幸せとは何だろう?」ということを僕の中でも探求しながらつくりました。

七海は、期せずしてワイルドな方向へ向かっていきます。すべてを失った七海が「ここはどこですか? 私はどこへ行けばいいですか?」と叫ぶシーンが印象的です。

日本ってホームレスはいるんですけど、乞食はいないんですね。人から物乞いをしたりするっていうことを、まあ禁止されているっていうのもあるけど、みんなおとなしくそれを守って、家がなくなっても人から恵んでもらったりはしない。その代わり、略奪したり殺したりはする。
もうちょっと社会のシステムが違えば、もうちょっと緩やかな段階を作れたとも思うし、そこが非常にいびつだと思うんですよね。
それが震災後、表に出てきた。よく見えなかった世界がいまは剥き出しになってきて、みんな無慈悲で無責任で不寛容。お互いにギスギスした眼差しを向け合うところでいまを生きている。

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(c)RVWフィルムパートナーズ

その無慈悲で寛容じゃない世界に、救世主のように表れるのが、綾野剛さん演じる「なんでも屋」の安室。胡散臭さのデパートみたいな男で、裏社会にも通じていて、文字通り「なんでも」やる。クライアントにすれば、願いを叶えてくれる天使なわけです。でも反対側から見れば悪魔。彼の言っていることが本当なのか嘘なのか観客にもわからない。だけど、慈悲の心を持っていて責任感は人一倍あって寛容そのもの。現代的でスリリングな人物設定で、綾野さんの演じ方も魅力的でした。

具体的には、ある店で結婚式の帰りみたいな家族が居合わせたということが発想の原点にあります。家族に見えるんだけど、話を聞いているとどうもそうじゃない。ああ、実際にこういうことがあるんだ、と。安室のキャラクターは、実在の「なんでも屋」に取材しました。法律スレスレ、何でもやるけど、責任感は厚いし、絶対にクライアントのプライバシーに立ち入らない。安室の掴みどころのなさは綾野くんにぴったりだった。

自由で破天荒、そして限りなくピュア。謎の女性・真白を演じるCoccoさんの存在感の大きさも印象的です。

昔からミュージシャンとしての彼女のファンだったのですが、初舞台の演技を観てびっくりして。ここに真白がいた!と。ぜひ出演してほしい、と楽屋に挨拶に行ったら、怒られたんです。「やっと来たか!」って(笑)。実は彼女、僕からの出演依頼を25年も待っていたそうなんです。

 

つくる側があらかじめメッセージを用意しておいて、起承転結を上手く落とし込んで……なんて映画は、もうお客さんのイマジネーションを超えられない

既に「岩井美学の集大成」「最高傑作」との呼び声も高いのですが、仕上がりには満足していらっしゃいますか?

いや、そんなことはないんですけどね。いままで作った中でいちばん、何だろう……実は正直、どうなのかよくわからない映画だったんですね。
撮ってても、やってても、書いてても、なかなかピントの合わない映画だった。一番“迷い”の多かった映画だった気がするんです。

迷いながら作った、というのは意外です。

自分がそういう領域に入ったのかなという気もするんです。それは自分の作家としての変化なのかもしれない。
自分の中では、ある種ドキュメンタリーのように撮っていて。
ただ、映画なので、台本も全て用意してやらないと描けない。普通にカメラを回し始めたら勝手に何かが写るわけじゃないので。
今回最大のトライが何だったかと言うと、300ページぐらいある小説をほぼ全部撮ったんです。使うかどうかわからないけど、ほぼ全部撮った。
普通だと計算してシーンを詰めて、ちゃんと2時間とかに入るようにして、そこだけ撮影するわけですけど、そういう撮り方じゃなかった。
二人が花嫁衣装でパーティーをするシーンがあるんですけど、あのシーンですら、撮影中、これ映画で使うかどうかわからないと思って撮っていました。

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(c)RVWフィルムパートナーズ

日本映画史に残るであろうシーンで、監督の中にはその絵が先にあって映画を撮り始めたのかと思いました。

可能性としてこういう時間帯はあるはずだから、そこも撮ろう、という感じでした。ひょっとすると、結婚式のチャペルのシーンがあるから、もう十分かもしれない。十分だとしたら無駄になるはず……とか、計算はあるわけです。
じゃあどうするの? いやいや、何が出るかわからないんだから両方撮ってみよう……。
そんなふうに、あえて試行錯誤できるようにもしてあったし、その分、仕上がりが読めないまま、カオスの中で撮影が繰り返されていきました。
仕上げていく過程の中で「どういう映画なのか」を見出していった映画でもあります。

つくる側が試行錯誤して映画を撮りながらも考え続けているからこそ、観る側も感性と思考を総動員して現実よりも生々しいフィクションの中を旅できる。それはめくるめくような体験でした。

つくる側があらかじめメッセージを用意しておいて、映画的なシーンを並べて、起承転結を上手く落とし込んで、メッセージを追っていくのがわかるようにした作品だと、もうお客さんのイマジネーションを超えられないと思う。
つくる側が、「もうこれ以上無理!」っていうぐらい、つくる側ですらわからなくなるぐらいのことをやったからこそ、こういう映画になったと思うし、これでなんとなく「あ、ここまでやんないとダメなんだ」っていうことがわかった(笑)。
自分のひとつのステージが上がった、というか。前はもうちょっとラクをしていたはずなんですけどね。齢50過ぎて、いよいよラクできないゾーンに入ってきたのかな(笑)。
そういうことで言うと、ますます血気盛んになっていくのかなって。からだ、持つかなあとも思いつつ(笑)、いま、この先を眺めている感じなんです。

岩井俊二

1963年1月24日生まれ。宮城県仙台市出身。1988年よりドラマやミュージックビデオ、CF等多方面の映像世界で活動を続ける。映画監督、小説家、作曲家、ヘクとパスカルという音楽ユニットなど活動は多彩。『Love Letter』(95)で劇場用長編監督デビューを果たして以降、『スワロウテイル』(96)、『四月物語』(98)、『リリイ・シュシュのすべて』(01)、『花とアリス』(04)などを監督し、“岩井美学”と称される独特の映像美で注目を浴びる。海外にも活動を広げ、『New York, I Love You(3rd episode)』(09)、『ヴァンパイア』(12)を公開。2011年には、3.11以降の日本を語るドキュメンタリー『Friends after 3.11』を制作、復興支援ソング「花は咲く」の作詞を手がけるなど、震災後の日本の今と未来を描く。2015年2月に初の長編アニメ―ション「花とアリス殺人事件」が公開し、国内外で高い評価を得る。

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