黒川文雄のエンタメ異人伝  vol. 19

Interview

ダービースタリオン 薗部 博之氏(上)ゲーム作りに出会うまで

ダービースタリオン 薗部 博之氏(上)ゲーム作りに出会うまで

卓球のラケットは自作?

それぐらい強い気持ちがあったわけですか。

薗部 いえ、まったく。今考えたら、何も知らなかっただけです。小さいときからムチャクチャ強い人しか棋士になれない世界ですからね。それで、将棋そのものは、もちろん好きだったんですけど、学校で将棋連盟とかそういう組織を作って遊ぶのも好きでね。免状とかも文房具屋で買ってきて。

売っていますね、自分で書き込むだけのやつとか。

薗部 で、同級生の女の子に書道五段とかいう人がいたんで、その人に書いてもらって。それで名人戦だとか、いろいろタイトル戦をやったりしていました。

その頃から自分ワールドみたいなものを作られていたわけですか。そこがルーツなんですね。中学以降で何か変わられた部分はありましたか?

自宅には卓球台があった

薗部 中学で卓球部に入って、そこからは卓球に夢中になっていました。卓球が強い中学だったんです。でも、その頃の将棋と卓球っていったらマイナーで、どちらも暗い趣味の代表みたいな感じだったじゃないですか。今はどちらも急に人気になってきていますけど。

メジャーになりましたよね。卓球は僕もやっていたんですよ。ラケットの盤面のゴムっていうんですか。あれを何にするといいとか、よくクラスで話題にしていました。

薗部 僕は自分で作っていましたね。

自作ですか。

薗部 ほんとはダメなんですよ。「J.T.T.A.A.」(日本卓球協会公認を意味する)っていう、焼き印が押してあるやつじゃないと試合で使っちゃいけないんですけど、自分で焼き印を作ったりしてね(笑)。

焼き印までもですか。すごいことをされていたんですね。

薗部 じつは4年前からカーリングをやっていて……カーリングもブームがきたみたいになっていますけどね(笑)。カーリングでもシューズとか自分で作っているんです。カーリングのシューズはけっこう高くて、何万円もするんです。しかも、売っているスポーツ屋なんてなくて、カナダから通販で輸入するしかないんですね。でも、靴って履いてみないと、合うかどうか分からないじゃないですか。だから、自分で作っているんですが、よく考えたら中学の頃からそういうことをやっていたなという。

スウェーデンのカーリング場

そこも今に繋がるルーツなんですね。初めてプログラムやコンピューターに出会われたのは高校に入ってからですか?

薗部 いやいや、大学ですね。

テレビゲームがソフトウェアで動いているなんて思いもしなかった

高校では特になかったですか。

薗部 高校の頃はまだないです。同い年ぐらいだから分かると思いますけど、僕らの頃のコンピューターって、なんかテープがクルクル回っているイメージしかなかったですよね。パソコンもすでに出ていたのかもしれないですけど、僕はまだ全然知らなかったです。

でも、高校ぐらいって、ちょうど『スペースインベーダー』とかの時代ですよね。

薗部 そうですね。高3ぐらいです。

そのあたりからゲームにタッチした感じですか。

薗部 そうですね。高校でも卓球をやっていたんですけど、ちょうど学校の体育館が取り壊されることになって、部活の練習場が町の卓球場になったんですよ。その卓球場にはピンボールとかが置いてあったんですけど、そこに『ブロックくずし』(注1)の筐体が1台運び込まれてきたんです。だから、それが最初ですね。

注1:オリジナルはアタリの『ブレイクアウト』。日本でも大人気となり、正規のライセンスを受けていないコピーゲームも数多く出回った。

それはアタリのですか、それとも国内のメーカーがコピーしたやつですか?

薗部 それは覚えてないですけど、みんな「おおっ」っていう感じになりましてね。卓球なんかやらずに、それで遊んでいました。

そこで初めてビデオゲームを見たという。

薗部 多分、そうですね。そのあと家庭用のテレビゲームが、ちょっと出ましたよね。あれも買ったりしましたが、あの頃のゲームってハードでしたよね、1台で1種類しかできない。だから、テレビゲームというのは全部機械だと、ハードだと思っていました。ソフトウェアで動いているなんて思いもしなかったですね。

ハードとソフトが全部一体でしたよね。

薗部 そういうことはプログラム電卓(注2)で知りました。大学は機械工学科で、コンピューターと関係なかったんですけど、授業でプログラム電卓を買わされまして。そのプログラム電卓にゲームとかを打ち込むといいよ、みたいなことを聞いたんです。それで、初めてソフトウェアというものを知ったんですね。

注2:プログラム機能を持った関数電卓のこと。四則演算や三角関数などの複雑な計算をこなせるほか、キー入力によるプログラミングも可能で、70年代の中頃から土木や建築、理数系の大学の授業など多方面で利用されるようになった。

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