【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 85

Column

松任谷由実 “純愛三部作”の第一弾、『ダイアモンドダストが消えぬまに』

松任谷由実 “純愛三部作”の第一弾、『ダイアモンドダストが消えぬまに』

今回取り上げる『ダイアモンドダストが消えぬまに』(1987年)から『LOVE WARS』(1989年)までの3作を、ユーミンは“純愛三部作”と称した。この頃、あまり純愛なんていう言葉は見かけなくなっていた。そこを敢えて、ユーミンは使ったのだ。意味合いに関しては、おいおいこの三部作を聴きつつ、感じ取っていくことにしよう。

この時期、彼女にとって大きな出来事があった。1987年1月。パリ・ダカール・ラリーにプレスとして参加するのだ。85年にモロッコを旅行し、サハラ砂漠を体験したことも布石となり、また、86年にパリへ出向き、パリ・ダカの参加者たちをスタート地点で見送り、「置いていかれるような気分になった」ことも、翌年の行動へとつながったのである。

プレス用のカミオン(トラック)に乗り込み、過酷なラリーを間近に体験した。彼女自身が重大な事故に巻き込まれる可能性もあっただろうし、アーティストが箔をつけに海外へ、なんてのとは次元が違う話だった。旅の途中、ユーミンは360度、まっ白な砂の地平線に立ち、多くのパワーを受取り、「自分の音楽活動に還元したい」と思ったそうだ。

その年の12月5日。新しいアルバム『ダイアモンドダストが消えぬまに』がリリースされる。彼女にとって、このアルバムを作り終えるまでがパリ・ダカール・ラリーだったと言っても過言じゃない内容でもある。

砂漠の景色と彼女が住む東京では、直接のつながりはない。しかし、流行り廃りが激しいポップ・ミュージックの世界というのは、いつ砂嵐に巻き込まれるとも限らないわけであり、そんな場所で闘っていく決意を、新たにしたのがこの旅だったのだろう。

パリ・ダカに行った影響もありますよね、これは。一生は短い。どう生きても、泡のようなものだ。どう生きてもそれは砂粒のひとつでしかなくて、悠久の時の流れの中でははかないもので……でも、それだったら一瞬でもキラリと光りたい。“ダイヤモンドダスト”っていうこのタイトルには、そういう思いが込められていると思うんです。
(月刊カドカワ 1993年1月号)

かつて取材させて頂いた時の言葉を受け、改めてタイトル・ソング「ダイアモンドダストが消えぬまに」を聴いてみよう。ちなみにこの歌に登場するのは、砂漠ではなく[碧いラグーン]だ。“真夏のクリスマス”ということは、場所はオーストラリア辺りだろうか…。恋人同士が、ダイビングに興じるシーンから始まる。

ユーミンの歌の凄さは、“感覚”そのものが伝わるところだ。その“感覚”が、自分でも覚えのあるものだったり身近に想像出来たりするからこそ、共感できるのだ。例えばこの歌だったら、地上とは違う水圧のなかの出来事が、ちょっとスローモーションで、見事に伝わる。

2番まで聴くと、この話は去年だったことが分かる。いま現在、主人公は[ひとりの冬]を過ごしている。彼女はひとり部屋で、グラスにシャンパンを注ぐ。それは、二人で飲むはずだったもの…。このボトルに詰まっていたのは“果たされなかった約束”だった。

ユーミンの言う“泡のような”“はかない”感覚というのは、2番になってハッキリ伝わる。でも、この“はかない”は、悲しいとか惨めとかっていうのとは違う。むしろ何というか、ぼんやり心地良い。エンディングでは、主人公が頬杖ついて眺めたグラスの泡の向こうに、あの楽しかった海が、[なぜか映ってた]とある。グラスの泡と、海のなかでスノーケルから漏れた気泡とが、見事に重なるのだった。

サウンド・メイクも実に凝っている。歌詞が[エアの切れた][ダイバーほど]に差し掛かると、歌にも演奏にも、なんと“酸欠っぽい”エフェクトが加わるのである。松任谷正隆がレコーディングにシンクラヴィア(当時最先端だった万能型のデジタル機材)を導入したのは、このアルバムからだが、アルバム全体としても、微に入り細に入り、周到にデジタルな音作りが効力を発揮している感覚だ。その後、音楽の世界では再びアナログな音が見直されもするのだけど、ここにあるのはまさに、80年代的なサウンドなのである。

デジタルといえば、その感覚がイントロから満開なのが、1曲目の「月曜日のロボット」だろう。働く女性の月曜日の憂鬱を描いているが、もはや主人公は、労働力として大企業(歌詞に敢えて、それを意味するMANUFACTUREという英語も登場させている)の中に組み込まれ、ひたすら職務をこなしている。素敵なヒトと、いつか出会えることを夢みる以外は、感情を無くしたかのようだ(なので“ロボット”に例えているんでしょうけど…)。この歌を、少し前の作品、「メトロポリスの片隅で」と比較すると、違いが分かって興味深い。

『VOYAGER』に入っていた「ガールフレンズ」の後日談と思われる「続ガールフレンズ」は、“ユーミンを聴き続ける”喜びを与えてくれるだろう。仲のいい女友達の一人が、いよいよミセスになる。明日が挙式。だから青春に終止符、ではなく、教会を出てきた彼女が後ろ向きで投げるブーケに、わたしたちの[第2章]も[よろしく]と託す。このエンディングは、さらにその次の「続々ガールフレンズ」を期待させる。 

改めて聴いてみて、ずしりと意味深く響くのは、「LATE SUMMER LAKE」だろう。基本、去りゆく夏を惜しむ歌だが、かなり詩的というか哲学的というか、そんな表現の歌詞だ。主人公が“きみ”に聞きたいのは、[若さは幻か]ということ。さらに[堕落]は[虹の光]に似てないかという、そんな問い掛けも。“ダイアモンドダスト”の一瞬のキラメキは、この歌にも存在するだろうけど、この場合は心に痣をつくるほどのものだったかもしれない。

このコラムではライブのことをあまり書いてこなかったが、そろそろ我慢出来なくなったので、『ダイアモンドダストが消えぬまに』の全国ツアー「DIAMOND DUST」について書く。僕がみたのは武道館だったが、なにしろビックリしたのは、“アルバム・ジャケットが動いた”ことだ。淑女達が並ぶこのジャケットが、舞台上に再現され、しかも実写版(!)なので、音楽に合わせて脚を組み替えたりした。組み替えたからニヤニヤ観てたのではない。スタイリッシュの極地であり、しかもエスプリも効いたその演出に、惚れ惚れしたのである。

そもそもこの頃のユーミンのライブは、見上げるほどのセットが組まれ、まずはそれに圧倒され、しかも曲ごとに役割を変化させていくのが常であり、目も耳も腰も、最後まで飽きることはなかった。この時、「ガールフレンズ」と「続ガールフレンズ」を続けて演奏したような記憶もある。調べれば正確にわかることだけど、“記憶がセピアな部分”というのは、そのままにしておいたほうが気持ち良かったりもする。

文 / 小貫信昭
写真提供 / EMI Records

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