佐藤剛の「会った、聴いた、読んだ」  vol. 57

Column

「ぼくはかっこいい音楽が好きだし宣伝にしたって何にしたってそうありたい」、角張渉は著書のなかでそう言い切っていた。

「ぼくはかっこいい音楽が好きだし宣伝にしたって何にしたってそうありたい」、角張渉は著書のなかでそう言い切っていた。

YOUR SONG IS GOOD、SAKEROCK、キセル、二階堂和美、ceroなどのアーティストを世に送り出してきたレーベルで、マネージメントも手がけるカクバリズム代表の角張渉が、15年間に及ぶ自身の歩みを語った著書『衣・食・住・音(いしょくじゅうおん)音楽仕事を続けて生きるには』を出版した。
それを手にとってすぐに連載で紹介しようと思ったのは、たしか7月7日に発売された直後のことだった。
ところがこの本、おもしろくて大いにためにはなるのだが、その一方で一筋縄ではいかない内容をともなっていて、最後まで読み終わるのが大変だった。

基本的にはたった1人でレーベルを立ち上げた角張くんが、紆余曲折を経て悩みながら信念に基づいて、カクバリズムを発展させていくまでの歩みが語られている。
全部で400ページもある厚い本だが、「第一章 音楽で飯を食うなんて」から「第二章 音楽仕事を続けて生きるには」までは順調で、前半は一気に読み進むことが出来た。

ところが後半に入って「第三章 音楽仕事を続けていきるには」になって、スムーズに読み進むことができなくなった。

アーティストが増えてきて活躍の幅が広がったので、話が行ったり来たりしてしまうことが増えてきたのだ。
また2011年の東日本大震災という出来事が起こったことによって、音楽をやっていく上で向き合うことを避けられない問題に、誰もが対峙しなければならなくなったことも大きい。

とにかく第三章は途中から読み進めるのに、ずいぶんと苦労させられた。

でもそれは角張くんが誠実で、ほんとうに自分で体験したことや、ほんとうに思っていることだけを、本の中で具体的に語っていたからだろう。
その細かなことに自分の体験を引き寄せて反応していたのは、ぼくの個人的な感傷だったのかもしれない。

「音楽で食べて行く」という観点から見れば、理想と現実の間にはどうしてもギャップが存在するし、外部の人には説明しにくい経済の問題の比率が増してくる。
ひとつずつ疑問に向き合って答えを見出していっても、アーティストが変われば新しい疑問が生じてくるし、思わぬところに矛盾が出てきたりする。

角張くんは「音楽で食べて行く」ことの定義さえも、実はいまだに定まっていないところがあると、正直に述べている。

自分の好きなことを一生の仕事にした場合には、その純粋さを持続する精神的な負担からは逃れられない。
誰もやったことのないことに挑むというのは素晴らしいことであるが、前例がないということはしんどいことでもある。

商売としての判断からではなく、自分の好きな音楽を作るアーティストと契約して、純粋に音楽をつくり続けるということが、どれほどの困難をともなうものなのかは、おそらく挑んだものにしかわからないだろう。
ぼくはそれをかつて体験してきたことがあるので、文章の行間からにじみ出ていた辛さや苦しさに気づいて、簡単に流し読むことができなかったのだと思う。

そんなわけでもっと早く紹介したかった本だったにもかかわらず、原稿を書くのが遅れてしまったのだった。
だが、そこで遠回りしたことから、8月9日にNHK総合で放送された『ジブリのうた』を見ることができたともいえる。

そのなかでニカさん(二階堂和美)が歌った「いのちの記憶」を聴いて、テレビを通じてだったが、ぼくはいたく感銘を受けたのである。
それはもう、忘れられないくらいに素晴らしくて、歴史的ともいえる名唱であったと思う。

ニカさんの歌にエネルギーをもらったことで、最後まで本を読み終えたことでよくわかったことがある。
それは角張くんがアーティストと一緒になって、真剣に生き方を考えながら試行錯誤を重ねてるなかで、懸命にカクバリズムをハンドリングしていることだった。

ライブ会場やカクバリズムのHPなどでも見ることができる角張くんは、常に前向きで楽しいイメージを打ち出ている。
だが、実際には責任の重さに苦しんだ日々もあったはずだし、今だってその負担は大きくなっているに違いない。

それでも、「好きな音楽をみなさんに伝えたい」という気持ちを持ち続けて、角張くんはレーベルとアーティストたちを発展させ続けている。
普通なら出来ないことが、彼にできているのはなぜなのか?
その答えともいうべき言葉が、「第四章 インディでやっていく」のなかで語られていた。

それでも思ったんです。ニカさんはでかい事務所でやり続けていたら、あのニカさんらしい歌を生かせていただろうか?  YOUR SONG IS GOODにしても、むしろ無理に広い層に届けていたら、現在のようなメンバーたち自身が胸躍る音楽を作っているのか? カクバリズムだからこそこういうふうにやれてきたんだという部分も、大事にしてもいいんじゃないか、と。いつも自分を疑ってきたけれど、ときには信じてもいいんじゃない? って。
音楽って、売れる売れないだけじゃなくて、もうちょっと違う形でのつながり方がたくさんあるし、そういったものを過去にいっぱい見させてもらってきたからこそ、ぼくはレーべルをはじめたんだよなぁ、みたいな感覚があるわけで、そこに一層、力を注いでいきたくもなったんですよね。ほんと矛盾しまくるんです。

ちなみに音楽レーベル カクバリズムの通販サイト、「デリヴァリー」のページに行くと、最新の商品告知の最後にこんなお知らせが出てくる。
こうしたところにまで角張くんの思いは、過去から現在まで一貫している。

カクバリズム | KAKUBARHYTHM

著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートをてがける。
「マイ・ラスト・ソング」では構成と演出を担当。
2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長。
著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」~天才たちはいかにして出会ったのか』(文藝春秋)、『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)

ウェルカム!ビートルズ 1966年の武道館公演を実現させたビジネスマンたち

著者:佐藤剛
ボイジャー

ビートルズ来日をめぐる人間ドラマを丹念に描く感動のノンフィクション。

1966年のビートルズ来日公演、それは今になってみれば、奇跡的といえるものだった。いったい誰が、どのようにしてビートルズを日本に呼ぶ計画を立てて、それを極秘裏に進めて成功に導いたのだろうか? これは日本の経済復興の象徴だったリーディング・カンパニーの東芝電気と、その小さな子会社として生まれた東芝レコードにまつわる、歌と音楽とビジネスをめぐる物語である。

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