山口洋のSeize the Day/今を生きる  vol. 40

Column

キース・リチャーズ/永遠のバンドボーイ

キース・リチャーズ/永遠のバンドボーイ

この連載もついに40回の大台に突入。
山口洋が満を持して書き下ろすのは、「師」にして、世界最高のバンドマン。
13歳で初めてギターを手にして以来、74歳のいまも変わらず独自の音色で多くのリスナーを魅了し続ける「少年」のカッコ良さの秘密とは?


今宵、編集部からのリクエストはキース・リチャーズ。待ってました!(笑)悩むことなくスラスラ書けそうだけれど、どこにフォーカスするかが問題。

1976年、中学1年生。この連載のVol.13でも書いた、ラジオから流れてきたストーンズの「Hot Stuff」。この曲のおかげで僕の人生は激変。もはや学業なんてどうでもよく。間もなくギターを握ってからは、キース・リチャード(当時の呼称)が僕の先生。今になって振り返ってみても、最高のGURUで、メソッドで、教師だった。

まずはギターリストとして。ストーンズを弾こうと思ったら「Honky Tonk Women」あたりから。コードは簡単なG。でも、なんだか響きが違う。キースと僕のGの間には圧倒的な格好良さの乖離がある。そして、どうしてもその理由がわからない。

ある日。NHKでストーンズのパリでのライヴが放送された。ヴィデオなんて普及していないから、僕はカメラとテープレコーダーを用意して、テレヴィの前に陣取る。家族には決して物音を立てないよう、居間には絶対に入ってこないよう釘を刺して。高鳴る胸と、瞬きするのも惜しい瞬間の連続。

果たして。壮大なファンファーレの後に始まったのは「Honky Tonk Women」。僕はこの衝撃を一生忘れない。なんと、キースの左手はギターのフレットをきちんと押さえていなかったのだ。これがオープン・チューニングとの出会い。おまけに6弦は取り外され、弦は5本。ストーンズの数々の名リフを生み出したこのオープンGによる5弦チューニングはキースがセッションの場でライ・クーダーから盗んだものと言われているが、田舎の少年にとって、それは「相対性理論」よりもはるかに強力だった。

もう、僕は無敵だ。あの響きを手に入れたのだから。

ギターを始めた少年は「早弾き」の殿堂を目指すかどうかで、最初の分かれ道に立つことになる。リッチー・ブラックモアかキース・リチャードか。

もちろん僕は「キース道」を選ぶのだけれど。それは「バンドマン」としての険しい道でもあった。自らが目立つのではなく、絶妙なリズム・カッティングでバンドのグルーヴを創り、何よりも歌を支える「バンドマン」としての道。技術というよりは美学の問題なのだ。

当時、福岡の街にはキースもどきがわんさかと居た。特異だと思う。黒いベスト、バックスキンのブーツ、リーバイスのスリム・ジーンズ、ボサボサ頭にテレキャスター。見た目はいい感じになんちゃってキース。でも弾くギターはお世辞にも格好いいとは言えなかった(失礼)。では、何が違うのか? ある日、僕は気づいた。キースのギターは野生に貫かれている。古いブルーズに基づき、チャック・ベリーから踏襲した独自の野生が闇を切り拓く。あのリフが始まった瞬間、止まっていた世界が動き出すのだ。高揚感とともに。

そのライフスタイル。ドラッグに溺れ、当時「最も早死にしそうなミュージシャン・ランキング」ではいつも堂々の一位。そんなキースが今日、74歳の好々爺になって、孫に囲まれた現役のロッカーであり続けるなんて、いったい誰が想像できただろう? あのときスイスで入れ替えた全身の血液がとんでもなく素晴らしかったとでも?(笑)

ロックンロールの発展に未だ身を捧げ続ける男。僕が彼を信頼するのは「バンドマン」に徹しているから。チャーリー・ワッツをリスペクトしていることもポイント高すぎ。正直に書くなら僕は“(株)ローリング・ストーンズ”には興味がない。中野サンプラザあたりでビル・ワイマンを呼び戻し、5人だけで特殊効果なしのライヴをやってくれるなら、100万払ってでも観に行くけれど。

生涯「バンドマン」であり続けるキース。そんな人物、後にも先にも出てこない気がする。「バンドマン」。74歳、永遠の「バンドボーイ」。それはとんでもなく、凄いことだと思う。

余談。数年前にスノーボードで左手首を骨折したとき。僕が考えたリハビリは「山口洋がストーンズに加入したら」というものだった。大好きなアルバムを大音量でかけて、ほんとうに「ストーンズに加入した」体でギターを弾く。ノリノリで。回復が異様に早かったことを伝えておきたい。ロックンロールはリハビリにも有効なのだ。

感謝を込めて、今を生きる。


Photo:Mark Seliger

キース・リチャーズ(Keith Richards):1943年12月18日、ケント州ダートフォードの労働者階級の家に生まれ、13歳のとき母親からギターをプレゼントされたのをきっかけに、ギターに熱中するようになる。1960年、シドカップ・アート・スクール在学中に幼い頃からの知り合いだったミック・ジャガーと再会、バンドを結成。1962年、ブライアン・ジョーンズと出会い、ブルースやR&Bのコピーバンドとして、ザ・ローリング・ストーンズを始動させる。その後、ベースにビル・ワイマン、ドラムにチャーリー・ワッツを加えて、1963年にシングル「カム・オン」でデビュー。カヴァー・バンドとしてスタートしたが、ミックと共にオリジナル曲の作曲をスタートさせ、多くのヒット曲を連発。1969年、初期のリーダー格だったブライアン・ジョーンズの脱退、死去に伴い、ミックと並んでストーンズの顔となる。
一方で、1967年に初めてドラッグの家宅捜査を受けて以来、ドラッグによるトラブルが絶えなかったが、1977年、トロントで麻薬売買の容疑で逮捕されてからは、本格的にドラッグ中毒の治療に乗り出し、ついにはクリーンアップに成功する。 1978年12月にはソロ名義でシングル「ハーダー・ゼイ・カム/ラン・ルドルフ・ラン」(前者はジミー・クリフの、後者はチャック・ベリーの、それぞれカヴァー)をリリース。1988年にキース・リチャーズ&エクスペンシヴ・ワイノーズ名義でソロ・アルバム『トーク・イズ・チープ』をリリース、ツアーも行った(ちなみに、エクスペンシヴ・ワイノーズとは「飲んだくれ」という意味で、レコーディング中に高級な酒ばかりを飲んでいたことに由来する)。
1989年になると、ロン・ウッドによる提案で、ソロ活動を行っていたミックと久しぶりに対面、新作『スティール・ホイールズ』をリリース。同時に大規模なワールド・ツアーを行った後、再びエクスペンシヴ・ワイノーズを開始させ、1992年にアルバム『メイン・オフェンダー~主犯~』をリリースした。
1994年『ヴードゥー・ラウンジ』リリースと大規模なツアー以降は、ストーンズとして活動を行うためにソロ・プロジェクトは行っていなかったが、2015年9月、23年ぶりの新作ソロ・アルバム『クロスアイド・ハート』を発表し、全英アルバムチャートではソロ・アルバムとしては自己最高の7位、アメリカのBillboard 200でも自己最高の11位を記録した。
デビュー以来、様々なギターを使用しており、60年代では主にギブソンを使用している。最も代表的な機種は、70年代から使用され始めたフェンダー・テレキャスター。前述の5弦オープンGチューニングは、ほとんどテレキャスターで用いられている。現在レギュラー・チューニングの楽曲では、ギブソンのES-335等を主に使用している。
不良っぽいイメージとは裏腹に、人間味溢れる行動でも知られ、2011年にはイギリスワイト島にあるAngel Radioというラジオ局のトランスミッターが損傷し、直すのに資金がないということを知って、会計士を通じてその資金を提供した。同年に東日本大震災が発生した際は日本の惨状に非常に心を痛め、すぐに自身のホームページにメッセージを掲載、数量限定でTシャツを販売し、その収益を被災者支援に充てた。


ザ・ローリング・ストーンズ
『フロム・ザ・ヴォルト:ノー・セキュリティ – サンノゼ 1999』

Universal Music Japan

ザ・ローリング・ストーンズの豊富なアーカイヴから、未発表ライヴ映像/音源を蔵出しする“フロム・ザ・ヴォルト”シリーズの最新作(2018年7月4日発売)。1999年に行われた“ノー・セキュリティ・ツアー”から、北米での最終公演地となったサンノゼでのステージを収録。過度な仕掛けや演出を排し、音楽そのものに特化したパフォーマンスは小会場ならでは。「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」「ホンキー・トンク・ウィメン」「ブラウン・シュガー」といった定番曲のほか、このツアーで初登場となった「サム・ガールズ」「ユー・ガット・ザ・シルヴァー」をはじめとするレア曲も多く含んだセットリストを披露している。*DVD、Blu-ray、いずれもTシャツ付き、CD付きなど様々な形態で発売。日本盤CDには、このツアーが初登場となる「ムーンライト・マイル」と、「ギミー・シェルター」の2曲をボーナス・トラックとして追加収録。

Universal Music Japanオフィシャルサイト


キース・リチャーズ
『クロスアイド・ハート』[SHM-CD]

Universal Music Japan

2015年9月に発売された約23年ぶり、通算3枚目のソロ・アルバム。収録曲のほとんどをひとり、もしくは旧友のスティーヴ・ジョーダンと共作。エレクトリックとアコースティック・ギター、ベース、ピアノ、ヴォーカルを担当した。1stシングルの「トラブル」は、張り詰めたギター・ベースのロック・ナンバー。そのほか、カントリー風の「ロブド・ブラインド」、レゲエ調の「ラヴ・オーヴァードゥー」、曲名どおりの「ブルース・イン・ザ・モーニング」などを収録。ソウルフルなバラードの「イリュージョン」ではノラ・ジョーンズと共作、デュエットしている。


著者プロフィール:山口洋(HEATWAVE)

1963年福岡県生まれ。1979年にHEATWAVEを結成。1990年、アルバム『柱』でメジャー・デビュー。1995年発表のアルバム『1995』には、阪神・淡路大震災後に作られた「満月の夕」が収録され、多くのミュージシャン、幅広い世代に現在も歌い継がれている。アイルランドの重鎮、ドーナル・ラニーや7月に来日したホットハウス・フラワーズ、元モット・ザ・フープルのモーガン・フィッシャーら海外のミュージシャンとの親交も厚い。2018年4月から池畑潤二(Drums)、細海魚(Keyboard)と新生HEATWAVEとしての活動を開始した。現在、リスナーからのリクエストで構成されるソロ・アコースティック・ツアー“YOUR SONGS 2018”で全国をツアー中。8月11日には仲井戸“CHABO”麗市らと“MY LIFE IS MY MESSAGE”として“RISING SUN ROCK FESTIVAL2018 in EZO”のステージに立った。2017年12月22日渋谷duo MUSIC EXCHANGEのライヴを収録した『OFFICIAL BOOTLEG #005 171222』、17歳から現在に至るまでの激レア&貴重音源満載の『山口洋の頭の中のスープ』好評発売中。

オフィシャルサイト

ライブ情報

■山口洋 solo tour“YOUR SONGS 2018”
9月2日(日)長野ネオンホール
9月4日(火)金沢メロメロポッチ
9月6日(木)奈良Beverly Hills
9月8日(土)岩国himaar
10月1日(月)いわき club SONIC iwaki
10月3日(水)新潟 Live Bar Mush
10月5日(金)仙台 LIVE HOUSE enn 3rd
10月7日(日)弘前 Robbin’s Nest
10月8日(月・祝)奥州市 おうちカフェMIUMIU
11月3日(土・祝)岡山 Blue Blues(ブルーブルース)
11月6日(火)出雲 London Pub LIBERATE
11月8日(木)高松 Music&Live RUFFHOUSE
11月10日(土)高知 シャララ opening act 中塚詩音
ブログのコメント欄にて、リクエスト受付中

■HEATWAVE SESSIONS 2018_Ⅱ
9月29日(土)横浜 THUMBS UP
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