佐藤剛の「会った、聴いた、読んだ」  vol. 58

Column

「重力を感じて、フォルテシモでもピアニシモでも、骨で弾く」~ ジャズの枠を越えて自然体で世界へ飛翔する桑原あい

「重力を感じて、フォルテシモでもピアニシモでも、骨で弾く」~ ジャズの枠を越えて自然体で世界へ飛翔する桑原あい

もともとはエレクトーン奏者で、小学生の頃から天才少女として知られる存在だったが、ジャズ・ピアニストを目指したのは中学に入ってすぐの頃だった。
そしてこのままエレクトーンを弾いていたのではジャズ・ピア二ストにはなれないと判断し、中2の時に意を決してピアノに転向した。

電子楽器の鍵盤はいわば音を出すためのスイッチで、打鍵を感知して発音させた電子音源を、スピーカーを使って増幅して音が出てくる。
しかし生のピアノは、鍵盤を指先で押した力でハンマーを動かし、鳴らしたい弦を叩くことによって、実際の音を出さねばならない。

しかも打弦による振動が響板を伝わって音になるだけでなく、叩いた弦以外の弦の共鳴も加わるために、豊かで広がりの響きを生み出す構造になっている。
複雑で大がかりかつ精密な楽器なので、生ピアノは弾き手によって音色が無限に変わっていく。

鍵盤に触れると電気による力で音が出るという仕組みの電子楽器から、生の木でつくられたピアノへの転換は容易なことではない。

だが彼女、桑原あいはそれを、成し遂げたのである。

7月に行われたソロ・ピアノによるツアーのタイトルは、「骨で弾く」という、シンプルでなんとも潔いものになった。
その時のチラシを目にした瞬間、「これはもうすぐ弾(はじ)けるな」と思った。

華奢とも思える小さな身体、小さな手と指の持ち主だった桑原あいが、指で弾くけれど指だけでは弾かないという答えにたどり着いたのは、必然だったのだろう。
根本的な身体の構造を理解した彼女は、指という部位について正しく把握して、指の骨につながる腕や鎖骨などをふくむ全体で、「重力を感じて、フォルテシモでもピアニシモでも、骨で弾く」という感覚に至ったのだという。

ぼくがいつもライブを見ながら感じていたイメージと、その言葉は完璧なまでにに重なり合うものだった。

そうした「もうすぐ弾(「はじ)ける」という予感が確信に変わったのは、8月22日に発売される『To The End Of This World』、桑原あい ザ・プロジェクトによる新しいアルバムを手にしたときである。

このアルバムでの桑原あいはピアニストだけでなく、コンポーザーやアレンジャーとしての才能を発揮し、心が通じ会える表現者たちと一緒に音楽を奏でている。

音源はそれまでにも十分に聴き込んでいたのだが、ジャケットのアートワークや歌詞カードからも、骨までふくむ全身全霊で奏でられる音楽の輝きが感じられた。

いまから4日ほど前の新聞に掲載された彼女の記事には、そのことがよく伝わる言葉が掲載されていた。

「録音当初に自分が抱いた作品のイメージなんか忘れました。共演者を信じたら、そんなものを超える音楽がここに出来上がりました」
「演奏家のエゴは、音楽を負かす。必要なのは、ただ音楽が行きたい方向に耳を澄ますことです」
「それぞれの曲が必要とする楽器や歌を加えました。“変化球”ではなく、自分の音楽を表現するための自然な流れ」
(産経ニュース2018.8.18 16:00 桑原あい 注目のジャズピアニストが手に入れた「自然体」で臨む新作)

なお特筆すべきは2曲めの「MAMA」のリリックが、歌詞カードにすべて掲載されていることだろう。
京都のラッパーであるDaichi Yamamotoの書いた、母と子をめぐるその長い物語のリリックには、文字だけでも強烈に訴える何かがあった。
こうした才能をいち早く見出すのも桑原あいの類まれなる感性であり、プロデューサーとしての能力もまた全開のアルバムになった。

ジャズの枠を越えて自然体で世界へと飛翔する表現者に、ますます目が話せなくなってきている。

ライブ情報

Ai Kuwabara the Project「 To The End Of This World 」Release Tour

<福岡>
11月4日(日) 開演 16:00 (開場 15:30)
福岡Gate’s7

<メンバー>
桑原あい(pf)
鳥越啓介(b)
千住宗臣(ds)

<大阪>
11月5日(月) 開演 19:00 (開場 18:30)
梅田CLUB QUATTRO


桑原あい(pf)
鳥越啓介(b)
千住宗臣(ds)
Daichi Yamamoto(rap)

<名古屋>
11月6日(火) 開演 19:00 (開場 18:30)
名古屋CLUB QUATTRO


桑原あい(pf)
鳥越啓介(b)
千住宗臣(ds)
Daichi Yamamoto(rap)

<東京>
11月7日(水) 開演 19:00 (開場 18:30)
浜離宮朝日ホール


桑原あい(pf)
鳥越啓介(b)
千住宗臣(ds)
吉田沙良(vo)
Daichi Yamamoto(rap)
徳澤青弦カルテット(strings)

【チケット料金】
◆福岡・大阪・名古屋◆ 前売 ¥4,200 (全自由・整理番号付・要1ドリンクオーダー・税込)
◆東京◆ 前売 ¥4,800 (指定席・税込)

桑原あいの関連楽曲はこちらから

著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートをてがける。
「マイ・ラスト・ソング」では構成と演出を担当。
2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長。
著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」~天才たちはいかにして出会ったのか』(文藝春秋)、『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)

ウェルカム!ビートルズ 1966年の武道館公演を実現させたビジネスマンたち

著者:佐藤剛
ボイジャー

ビートルズ来日をめぐる人間ドラマを丹念に描く感動のノンフィクション。

1966年のビートルズ来日公演、それは今になってみれば、奇跡的といえるものだった。いったい誰が、どのようにしてビートルズを日本に呼ぶ計画を立てて、それを極秘裏に進めて成功に導いたのだろうか? これは日本の経済復興の象徴だったリーディング・カンパニーの東芝電気と、その小さな子会社として生まれた東芝レコードにまつわる、歌と音楽とビジネスをめぐる物語である。

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