佐藤剛の「会った、聴いた、読んだ」  vol. 59

Column

アダモに肩を並べるようなシンガーになってほしいと期待する川上大輔

アダモに肩を並べるようなシンガーになってほしいと期待する川上大輔

あまりにも残暑がきびしい日が続いているせいか、夕方になると思考能力が急に落ちてきてしまう状態になる。
8月26日の夜もそんな気分で、落ち着いて本も読めないし、音楽を聴くにもどこか集中できなくて、テレビをつけてザッピングしていた。
そうしたらたまたまNHKBSプレミアムで、『新・BS日本のうた』という歌番組が始まったところだった。

「夏に冬の名曲? 美律子&氷川&丘が歌で残暑を吹き飛ばす。出演者総出で怒涛の冬の名曲メドレー、イケメン4人が夢のコラボ、永遠のコラボを!」というテーマらしい。
運がいいことに以前から気になっていた川上大輔が出るとわかり、食事の準備をしながらだが、見るとはなしに見ることにした。

彼がワーナーミュージック・ジャパンからデビューする前、2012年の夏に筆者はデモテープで、その歌声を聞かされたことがあった。
そのときに歌声から伝わってきた衝撃は、中学生のときに初めてサルヴァドール・アダモの「ブルージーンと皮ジャンパー」をラジオから聴いたときと同じで、奇妙な違和感をともなうものだった。

当初はハスキーな歌声の女性かと思っていたが、途中からもしかすると男性かなと疑った。
聴き終えても正解はわからなかったが、おそらく男性だろうと思ったのは憶えている。

しかしその特別な歌声も、歌い方も圧倒的に魅力的だったので、レコードを買ってみたら男性であった。
ぼくはヨーロッパばかりでなく、日本でもすぐにブレイクするだろうと思って、アダモの活躍に期待していた。

ところがその後もしばらくは、これぞというヒットが出なかったので、どうしてなのかと不思議だった。
おそらくはしゃがれた中性的な声に対して、日本のリスナーには戸惑いや軽い拒否反応などがあったのだろう。

それから2、3年のうちに、越路吹雪と競作になった「サン・トワ・マミー」や「夢の中に君がいる」などで、アダモは洋楽ファンの間では、ある程度まで知られるようになっていった。

だが、その間に新人歌手だった森進一が「女のためいき」というデビュー曲を、ハスキーでしゃがれた声で歌って、またたくまに演歌でスターの座についたのだった。

そのおかげで女性のようなしゃがれ声に対して、抵抗を感じる人はほとんどいなくなったともいえる。

安井かずみが書いた日本語詞の「雪が降る」が大ヒットしたことで、アダモが大きくブレイクしたのは1969年だった。
それは森進一の登場から4年後のことで、それからは来日公演もたびたび開催されて、アダモは日本でも大スターと呼ばれる地位を確保した。

そして「雪が降る」は日本のスタンダード・ソングとして、今ではあらゆる世代にジャンルを超えて歌い継がれている。
もちろん『新・BS日本のうた』の出演者総出による冬の名曲メドレーでも、欠かせない曲として取り上げられていた。

川上大輔はそもそも姉が好きだったB’zとかGLAYとか、Mr. Children(ミスチル)から音楽に関心を持ち、中学の時に初めて友だちとカラオケに行って歌ったのは、ミスチルの「抱きしめたい」だったという。

しかしプロの道を目指すようになって、スカウトされたところまではよかったが、時代の流れから演歌系のイケメン歌手としてデビューすることになった。
かなりの路線変更を強いられたわけなのだが、そのことについては「高校までピッチャーだった選手が、プロに入って外野手に転向するようなものだったかも知れないです」と、淡々と語っていた。

ただし、そこにはいささかも否定的なニュアンスが含まれてはいない。

その外野手としての経験がとてもためになっていると思うんです。演歌・歌謡曲の分野で活動させていただくことがなかったら、名曲と言われる歌の数々も知らないし、ちあきなおみさんや五木ひろしさんのことも、ただ名前を知っているだけというくらいのことだったと思うんです。それが、お二人をはじめとした方々の素晴らしい歌に出会えて、五木さんの歌を同じステージで聴かせていただくなんて経験までさせていただけて、本当にありがたいことだと思っていますので。ヒットも出ていない新人のうちからテレビに出させていただけたのも、演歌・歌謡曲という分野でスタートしたからだと思いますし、学んだりためになったりしたことは本当に多いんです。

ぼくの個人的な見立てとしては、本人が持っている才能や本質とそぐわない作品が多かったので、苦しんでいるように思えていたこともある。
だが外野からのそうした心配は無用だったようで、キャリアを積むことによってしか得られない経験で、音楽を謙虚に学んでいたことがわかってきた。

そのせいか最近はライブ活動などの充実もあり、次第に道が開けていることへの希望が感じられる。

越路吹雪の代表作のひとつとなった「ろくでなし」はシャンソンの名曲だが、アダモが20歳のときに作詞作曲した作品である。
アダモが書いた原題は「Le mauvais garcon」、フランス語で“不良少年”という意味で、等身大の内容を持つ歌詞だっだ。

川上大輔もこの先にそうした作品にめぐりあうことで、歌謡曲やポップスやシャンソンといったジャンルを超えて、ほんとうの日本のうたというものを、あの特別の声で歌ってくれる日がくるのではないか。

プロになることで遠回りをした体験を通じて学んだことを生かして、いずれはアダモに肩を並べるシンガーを目指してほしい、ぼくは今でもそう期待している。

写真 / 木村智也(ボイジャー)


なお引用した川上大輔の発言は、Romancer Cafe「2020年代の歌謡界をリードする旗手たち 第5回」によるものです。
https://romancer.voyager.co.jp/cafe/event/2020_kawakami-daisuke

川上大輔オフィシャルサイト
http://daisuke1112.jp/

川上大輔の楽曲はこちら

著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートをてがける。
「マイ・ラスト・ソング」では構成と演出を担当。
2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長。
著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」~天才たちはいかにして出会ったのか』(文藝春秋)、『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)

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