【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 87

Column

松任谷由実 “純愛三部作”の“上映”が終わり、エンドロールに流れるべきは、稀代の名曲「ANNIVERSARY」だろう

松任谷由実 “純愛三部作”の“上映”が終わり、エンドロールに流れるべきは、稀代の名曲「ANNIVERSARY」だろう

『ダイアモンドダストが消えぬまに』(1987)から続いた“純愛三部作”の終章が、『LOVE WARS』(1989年11月)である。今回は、“愛の戦争”。しかも発売当時、このアルバムにつけられたキャッチ・フレーズは「恋の任侠」であった。なにやら穏やかじゃない。

ただ、『LOVE WARS』は映画『STAR WARS』を彷彿させる。実際、タイトル・ソングの「LOVE WARS」は、イントロからしてスペース・オペラの雰囲気があり、歌詞には[めざす帝国]というフレーズも出てきて、映画と無関係ではなさそうだ。

ふと想い出すのは、ユーミンがこの頃、ジョーゼフ・キャンベルの著作へ興味を示していたことである。キャンベルといえば、古今東西の神話や民話をもとに、心が揺さぶられる英雄譚の基本構造を分析した人だ。あのジョージ・ルーカスも、『STAR WARS』に関して、彼の著作から多大なインスピレーションを得たと公言している。キャベルと直接関係はないが、6曲目の「トランキライザー」には、ヨーロッパの民間伝承で、砂を瞼に撒き、睡魔をもたらせるという ザントマン (Sandmann 歌詞ではSandmanと表記)が登場している。

さて、ここで改めて“恋の任侠”というキャッチ・フレーズにこだわってみる。そもそも“任侠”という言葉には、様々な解釈があるが、辞書に頼るのではなく、ひたすらアルバムを聴いて、感じたことを書いみる。

それは、恋愛の様々な状況において、ジタバタしない、それが“恋の任侠”、ということだ。腹を括る。結果、歌の主人公の“女っぷり”(相手の場合は“男っぷり”)がアップした作品が多い。「ホームワーク」の主人公はティーンエイジャーだが、あることをキッカケに、俄然、自分の“やる気スイッチ”を深く押し込む姿に“女っぷり”の良さを感じたりもする。

主人公がジタバタしないことにより、場面転換も鮮やか、行動も迅速となり、中間的な説明が省略され、スリルとサスペンスが発生しやすくもなる。「Up townは灯ともし頃」など、まさにそうだ。満ち足りた生活をしたであろう主人公が、ある日、[良い年をして][家出娘]になる決心をする。覚悟を決め、行動したこと以外、描かれていない。まるでラブ・サスペンスの冒頭シーンのようでもある。

ジタバタしないの決定版は、「心ほどいて」だ。歌詞の1行目は[ヴェールをあけて]。つまりヴェール・アップの儀式を経て、主人公は[彼]と誓いのキスへ臨む。しかしその時、彼女は[あなた]が遅れて着席するのが[わかった]のだった。新郎と見つめ合う状態で、ヨソ見する花嫁は居ない。つまり気配で感じ取った(=脳内にはすでに[あなた]が居た)ということだ。

この[あなた]はもちろん元カレで、主人公の嘘も[みんなひきうけて]離れていく。その時、歌を聴いている我々は、[あなた]が引き受ける嘘の片棒を担いでしまった気分にもなり、身につまされる。

アルバム・リリースの前年、彼女は「オールナイト・ニッポン」の土曜一部のパーソナリティを始めている。ソング・ライターの立場からも、リスナーと直で触れ合う場所を得たことは大きかっただろう。アルバム1曲目の「Valentine’s RADIO」は、ラジオが題材だ。松任谷正隆のアレンジも、当時では破格の3D感覚となっている(電波が宙を伝わるのが音で“見える”)。また、歌詞に[名前を匿せずに]という、“ラジオ用語”(→リクエスト葉書の“匿名希望”を思わせる)をさり気なく盛り込むユーミンのセンスも一級品である。
 
このアルバムの楽曲で、その後もライブでよく演奏しているのが「WANDERERS」で、この歌にはボーカリストとしての特性がよく出ている。それは、歌のなかで女性の立場と男性の立場(この歌なら1番の“好きよ”と2番の“好きさ”)を自然に歌い分けている点だ。

彼女の声質が中性的だから、みたいな説明も間違いじゃないだろうけど、もっと深いものがありそうだ(ユーミンの声質といえば、モンゴル西部から中国新疆ウイグル自治区北部に伝わる独特の発声法、ホーミーとの類似も指摘されている)。

それにしても「WANDERERS」。久しぶりに聴いたら涙が出た。嬉しいとか悲しいとかじゃなく、ユーミン言うところの“お迎え”が僕にも訪れたのである。

そしてそして「ANNIVERSARY」。さらに涙は止まらない。“純愛三部作”の上映がすべて終わり、最後のエンドロールに流れるべきなのが、この歌かもしれない。1981年の名曲が「守ってあげたい」なら、さしずめこの曲は、より確信が増した、“守ってあげる”、なのだろう。そう。ここでもジタバタしないのだ。

『LOVE WARS』というと、たくさん取材させて頂いた。通常、アルバムが出てもインタビューは1回だ。題材が同じなのに複数回やると、似た内容になってしまうからだ。ところがこのアルバムは、確か3回とかインタビューした記憶がある。

媒体のコンセプト(読者層)が違ったので、そのつど、その“体(てい)”で取材に臨む楽しみがあった。ご本人もわきまえてくださっていたので、“おやまたアンタかい?”ってことにはならず、粛々とこなされた。なかにはティーン雑誌もあったので、読者が知りたかったことを、ちゃんと記事に出来ていたのかが、今更ながら、不安なところもあるのだが…。

取材といっても、それも含めてエンターテインメントの一環という意識があったと思う。ユーミンに限って、「表からは竜宮城に見えるけど、裏にまわれば剥き出しのベニヤ板じゃん!」みたいなことは皆無だった。

鮮明に覚えているのが、さっきのティーン雑誌の取材の時のこと。インタビューが終わり、写真撮影になる。その時、ユーミンはカメラマンさんに、こう話しかけたのである。「綺麗じゃなくていいけど、若く撮ってください」。

この時期、数十紙(誌)もの取材をこなしていた彼女だったが、ただ数をこなしていたわけじゃなく、ひとつひとつに自覚を持ち、意義も感じていたのだろう。もちろん“若く”というのはカメラマンさんへのユーモアなのだけど、それだけじゃなく、この時の媒体を思えば、理に適ってもいたわけだ。

さて、次回は前人未踏の領域へと登り詰める。日本の音楽シーンの、前提が覆される。みなさん、あの“扉”をノックする準備はいいでしょうか?

文 / 小貫信昭
写真提供 / EMI Records

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