Interview

【独占初対談】TUBEのギタリスト・春畑道哉とサッカー元日本代表・北澤豪が25年前のあの日、意外なつながり、知られざる秘話を語り合う

【独占初対談】TUBEのギタリスト・春畑道哉とサッカー元日本代表・北澤豪が25年前のあの日、意外なつながり、知られざる秘話を語り合う

1993年5月15日、国立競技場、Jリーグ開幕戦となるヴェルディ川崎対横浜マリノスが行われた。試合前の開幕セレモニーでは、TUBEのギタリスト・春畑道哉が自ら作曲したオフィシャルテーマソング「J’S THEME」を生演奏。試合が始まると、背番号14のMF、ヴェルディ黄金期を支えた北澤豪が躍動。あの歴史的な夜、同じ場所にいた二人が25年ぶりに再接近。すると、意外なつながり、知られざる秘話が次々に飛び出した。初対談、ついに実現!

取材・文 / 藤井徹貫 撮影 / 近藤 篤


絶対に駅前あたりですれ違っていますよ(笑)(北澤)

春畑 北澤さんは今、50歳ということは、あの国立競技場での開幕戦のとき、25歳ですか?

北澤 24歳です。8月生まれなので。春畑さんは?

春畑 26歳でした。

北澤 2歳上ということは、僕の姉と同じですね。

春畑 北澤さんは町田(東京都町田市)の英雄だから、いつか会えたらいいなと思っていました。

北澤 こちらこそ。TUBEの春畑さんが町田出身なのは、地元では有名でしたから。

春畑 2歳違いだから、中学生や高校生の頃、町田のどこかですれ違っているかもしれませんね。

北澤 絶対に駅前あたりですれ違っていますよ(笑)。その頃、もうバンドは?

春畑 バンドは中学生のときから。幼い頃からピアノを弾いていたので、最初は2コ上の先輩にキーボードで誘われて。で、文化祭を手伝ってみたら、これは絶対ギターのほうが楽しいに違いないと思って。中1からギターを弾き始めたら、面白すぎて。

北澤 高校を卒業するときにプロの道に進もうと?

春畑 いえ、ギターを弾き始めた中1のときから、プロになる、と決めていました(笑)。だから、高校も行かない、と。でも、そこはさすがに説得されて高校には進学しましたけど……。もうプロになることしか頭にない高校生でした。

北澤 TUBEを結成したのが高校時代?

春畑 正確には、高校を卒業してから、です。ただ、町田の”ザ・プレイ・ハウス”というライブハウスで、高2のときに前田(亘輝)と会っています。

北澤 町田、すごい(笑)。その出会いのライブハウスは原町田方面ですか?

春畑 そうそう。あっち側。

北澤 僕は、原町田の裏側にあった、当時、町田唯一の“スポーツショップDO”が行きつけでした。

春畑 あ、DO! 分かる。スポーツといえばDOだった(笑)。北澤さんが最初にサッカー選手を志したのは何歳頃?

北澤 最初、野球をやっていまして。父親の影響です。だから、子供時代のアイドルは王貞治さんでした。

春畑 それがなぜサッカーに?

北澤 これも父親の影響でした。僕の性格や特性を見抜いていたのかもしれませんが、サッカーをやれ、と。それが小学校1年生の夏休みが終わった頃です。

春畑 でも、ヴェルディ時代や日本代表時代の北澤さんの運動量を見たら、お父さんの眼力は素晴らしい(笑)。

北澤 僕が中学生の頃、水島武蔵さんというサッカー選手がブラジルで成功していて、自分もブラジルに行こうと思っていました。たまたま叔母がブラジルで暮らしていたし。結局、計画は実現しませんでしたけど。

春畑 プロになるなら、海外に行くしかない時代?

北澤 そうです。でも、当時の日本では数えるほどしかいないプロ選手を目の当たりにしていました。というのは、中2の頃から読売ジュニアユースに所属していましたから。ラモス瑠偉さんをはじめ、トップチームのそうそうたる先輩方を遠目に見ていました。アイドルでしたね。その方々が封筒に入った給料を、練習終わりとかに、屋外で受け取る姿も見ていましたから。現金支給ですよ! そういう姿にも憧れました。あれが僕のプロ志向の芽生えだったかもしれません。

春畑 今の話を聞いて、突然思い出したけど、僕らもデビュー当時、現金支給だった(笑)。

北澤 あれ、プロとしては、大事だと思います。

春畑 若い頃は特に大事かもしれない。ハングリー精神が養われるから。

北澤 今は、Jリーグに限らず、どの競技のプロでも、現金の手渡しはないでしょうね。

春畑 音楽業界もないと思いますよ。記憶がいきなり甦ったけど、そう、銀行振込になった頃、何か物足りないよねと、メンバー同士で話しましたね。

勝った人たちだけじゃなくて、負けた人たちのことも思って作曲しました(春畑)

春畑 1993年のあの夜、僕個人としては、緊張より期待のほうが大きかった記憶があります。選手のみなさんはどうでしたか?

北澤 開幕戦前のセレモニーの内容は、僕ら選手は知らされていませんでした。

春畑 え? 今、初めて知りました。

北澤 直前まで本当にマル秘扱いだったと思いますよ。だから、僕らも場内から聞こえてくる音に、おお! と反応していました。そこは国立競技場にいたサポーターの皆さんやテレビの前の視聴者の方々と同じ感覚でした。個人的には、日本の伝統にのっとっていないセレモニーだ、という印象だったかな。春畑さんの音楽にしても、レーザーの演出にしても、短く凝縮した川淵(三郎)さんのコメントとかも、今までの日本的な式典や行事とは、一線を画していましたよね。新しい何かが始まる高鳴りみたいなものは感じていました。

春畑 あんな歴史的な大舞台で演奏させてもらえたのは光栄です。1年くらい前から、あの日に向け、準備していました。マスコットのJ-boy(現・Jリーグキング)の巨大バルーンが膨らむまで何秒かかるから、などと、演出に合わせた細かい作り込みもしました。

北澤 春畑さんが1年も前からオフィシャルテーマ曲ソングの準備を進めてくださっていたとは、25年経って、初めて知りました。

春畑 実は、提出した候補曲は2曲。そのうちの1曲が「J’S THEME」で、もう1曲がJリーグ25周年記念で制作したアルバム『J’S THEME ~Thanks 25th Anniversary~』に収録されている「BORN TO WIN」でした。

北澤 そうだったんですか。25年目にして初めて知ることばかりだ(笑)。さきほど、春畑さんから直接アルバムをいただいたので、あとで「BORN TO WIN」を聴かせていただきます。

春畑 そっちは躍動感やスピード感を意識した曲です。オフィシャルテーマソングになった「J’S THEME」は、勝ち負けがある世界だからこそ、勝った人たちだけじゃなくて、負けた人たちのことも思って作曲しました。その気持ちは、先ほどのアルバムに入っている「J’S THEME(Jのテーマ)25th ver.」のミュージックビデオ(MV)にも反映してもらいました。MVの一部に、過去のJリーグの試合映像を使わせてもらっていますが、そこに負けて悔しい場面も入れて欲しいとお願いしました。あと、子供たちが育っていくプロセスも表現したいと。

北澤 すごくうれしい話です。ゴールを決めることだけがサッカーのすべてじゃないので……。そこに至るまでのプロセスがあってのゴールだし、プロセスがあっての勝敗だし。今の春畑さんの思いを聞いたら、このあと家に帰ったら、すぐMVも観ます(笑)。

当時、カズさんには、コンビニには行くな、ファミレスには行くな、と言われていました(北澤)

春畑 プロ選手になって、当時、何が一番変わりましたか?

北澤 リーグがプロではなくても、昔から選手個人としてはチームとプロ契約が結べていたわけです。ただ、リーグがプロかプロでないかの差は大きい。リーグがプロ化したからこそ、日本代表が強くなったし、地域への広がりも実現したと思います。当然、僕ら選手の意識も変わりました。サッカーができればいい、だけではなく、サッカーが何をもたらすか、も意識するようになりましたから。93年以前は、ただ勝てばよかったのが、プロになってからは、サポーターの皆さんに喜んでもらわなければならない、と思うようにもなりました。

春畑 ある意味、エンターテインメントも意識する、ということですね。

北澤 まさにそうです。だから当時、カズ(三浦知良)さんには、コンビニには行くな、ファミレスには行くな、と言われていました。それはコンビニやファミレスが悪いわけではなく、意識を高めろ、ということだったと思います。

春畑 カズさんが言わんとしていることは分かります。エンターテインメントでもスポーツでも、どの世界だろうと、スターがいないと、裾野は広がらないから。そういうカズさんが近くにいた影響なのか、当時のヴェルディは高いエンターテインメント性や華やかさを感じるチームでしたよね。

北澤 やはりカズさんとラモスさんという二人のフロントランナーがいてくれたことが大きかったです。写真週刊誌に追われたときも、逃げ方を教えてもらいました(笑)。

春畑 この25年で、Jリーグを通じ、サポーターという言葉もその存在も完全に浸透しましたね。すごいことです。

北澤 サッカーはサポーターなしには成立しないと思います。だからこそ、ホームとアウェーが極端なくらい違っていてもよくて。実際にボールを蹴っている選手よりも喜び、悔しがり、選手より先に泣いたり。Jリーグ開幕までは、たとえ試合に負けても、全力を出し切ったのだから、僕はそれでいいと思っていました。誰に謝る必要もないと。ところが、Jリーグになって、試合に負けたときの、サポーターの人たちの純粋な涙を見ると、素直に申し訳ないという気持ちになれました。そこも大きな変化でした。

春畑 僕らもファンの人たちの存在は、何ものにも代えがたいです。無観客試合じゃないけど、無観客ライブだったら、パワーが半減すると思います。

北澤 サポーターの皆さんの応援があるから、奇跡的なプレーが生まれるんだと思います。

僕も子供たちに音楽を教えてみたいなと思っています(春畑)

春畑 アマチュア時代が第一のサッカー人生なら、Jリーガー時代が第二のサッカー人生で、引退してからの解説や指導が第三のサッカー人生ですね。サッカーに携わるのは同じでも、それぞれで違った努力が必要だったでしょうね。

北澤 解説を始めた頃、マイク乗りが悪い声だと言われて。もともと滑舌がいいほうでもなかったので、アナウンス学校に通った時期もありました。

春畑 音楽でもマイク乗りがいい声とそうでない声があります。うちの前田なんて、出会った10代の頃から、飛びぬけてマイク乗りがいい声でした。

北澤 分かります。もう20年以上も前かな……。まさにJリーグが開幕した当時だったと思いますが、前田さんと一緒にカラオケに行ったことがあって。カズさんも一緒で。あのとき、驚きました。同じマイクで歌っているとは思えない歌声だったから。もう圧が別世界(笑)。でも、それ以上に前田さんの想い出といえば……。カズさんが飼っていた犬に太ももをガブリと噛まれたこと(笑)。

春畑 昔、そういう話をしていたような(笑)。

北澤 履いていたジーンズに穴が空くくらい噛まれて。そのままお帰りになりました(笑)。

春畑 話をセカンド・キャリアに戻すと……。後進の指導は楽しいものですか?

北澤 やりがいのある仕事です。

春畑 実は、僕も子供たちに音楽を教えてみたいなと思っています。伝えていくのも僕ら世代の役目でもあるので。

北澤 教える喜びがありますよ。指導した子供たちの活躍は、自分がプレーしていたとき以上のうれしさです。現役時代よりも緊張もします。もうPK戦なんて見ていられませんし、胸が苦しい。現役時代とは全く別の角度からサッカーを楽しめています。

春畑 今まで見たこともない角度、聴いたこともない角度から音楽を見たり聴いたりできるかもしれないのは楽しそう。

北澤 小学生の指導をしていると、お母様方から「中学生の頃、憧れていました」とか言ってもらえることもあります(笑)。

春畑 TUBEのコンサートも親子連れが増えました。自分が子供の頃から、親がTUBEを聴いていたので、知らないうちに好きになっていました、といった若いファンの人たちもいて。

北澤 デビューして30年以上なら、そうなりますよね。

春畑 家族連れといえば、この25年でサッカーも、子供からお年寄りまで幅広い方々が楽しめるスポーツになりましたね。FC町田ゼルビアのサポーターの皆さんも幅広い。しかも、最近、頑張っていますよね、ゼルビア。いつかJ1に昇格して定着する時代がきたら、それはそれで最高にうれしいけど、今の上を目指している時期のワクワクも僕は好きです。

北澤 町田出身者としては、どうしても気になりますよね。

春畑 TUBEの横浜スタジアム公演の翌日の8月26日、野津田(ゼルビアのホームグラウンド・町田市立陸上競技場)に行ってきました。ギターを弾きに。

北澤 すごい! 最高!

春畑 さっき話したMVも、あそこで撮影させてもらいました。

北澤 おお、なおさら観ないと(笑)。

春畑 オフィシャルテーマソングを作らせてもらったのに、特定のクラブを応援していいのか、ちょっと迷ったこともありました。

北澤 全然、問題ないですよ。

春畑 町田の英雄にそう言ってもらえると、もっと積極的に応援できます(笑)。

北澤 地元のクラブを応援するのは、サッカーでは全世界の共通理解だから。

春畑 猛暑のなか、大勢のゼルビア・サポーターの皆さんがトークイベントに集まってくださり、「J’S THEME」演奏後には春畑コールもいただき、本当にうれしかったです。しかも、当日の試合は1-0で勝って、J2首位になって。大感動の1日でした。

北澤 これからもJリーグとゼルビアを応援してください。

春畑 もちろんです。町田の英雄も応援します(笑)。


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春畑道哉

はるはた・みちや/1966年11月5日生まれ。東京都町田市出身。1985年、TUBEのギタリストとして「ベストセラー・サマー」でデビュー。以降「シーズン・イン・ザ・サン」「SUMMER DREAM」「あー夏休み」などの”夏ソング”を中心に数々のヒットチューンを連発し、バンドの地位を確立する。1987年からはソロ活動もスタート。現在までに13枚のアルバム(ミニアルバム・ベスト含む)をリリースしている。そして1993年のJリーグ開幕にあわせて発表したオフィシャルテーマソング「J’STHEME(Jのテーマ)」を25周年の節目に再レコーディング&リアレンジ。関連楽曲とともに収録されたJリーグ25周年記念アルバムを2018年8月22日にリリースした。

オフィシャルサイト
http://www.sonymusic.co.jp/artist/MichiyaHaruhata/

北澤 豪

きたざわつよし/1968年8月10日生まれ。東京都町田市出身。修徳高校卒業後、本田技研工業へ入社。海外でのサッカー留学を経て、読売クラブ(現・東京ヴェルディ)に入り、1993年のJリーグ開幕を迎える。”日本のダイナモ”と呼ばれる中盤での豊富な運動量とゴールセンスで、ラモス瑠偉、三浦知良らとともにヴェルディ川崎のJリーグ初代王者獲得に貢献。日本代表でも多数の国際大会で活躍した。2003年の現役引退までにJ1リーグ戦通算264試合、日本代表国際Aマッチ59試合に出場。引退後は、サッカー解説者として活躍しながら社会貢献活動にも積極的に取り組み、サッカーを通じて世界の子供たちを支援できる環境作りを目指している。

オフィシャルサイト
http://www.tsuyoshikitazawa.com

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