偉大なる確信犯“角松敏生”が仕掛けた魔法  vol. 2

Interview

『SEA BREEZE 2016』リテイク&リミックス編

『SEA BREEZE 2016』リテイク&リミックス編

 シンガーであり、ソングライター、プロデューであり、ギタリストでもあるアーティスト、角松敏生。1981年からシンガーソングライターとして、シティポップやAORといった音楽を軸に活動を続け、今年35周年。プロデューサーとして、杏里「悲しみがとまらない」(1983年)や中山美穂「You’re My Only Shinin’ Star」(1988年)を大ヒットさせ、1997年、“長万部太郎”名義でのバンド活動およびプロデュースしたAGHARTA「WAになっておどろう」のヒット。同時期にV6がカバーしたこともあり、一般的に知られ、その後、長野オリンピックのテーマ曲となり閉会式でのライブ演奏もした。前作のアルバム『THE MOMENT』ではプログレッシブ・ポップを提示。人一倍、音にこだわりを持ったミュージシャンであり、常に新しいことを求める革新的なアーティストである。

 角松敏生35周年特集、第二弾のインタビューは、1981年のデビューアルバム『SEA BREEZE』のミックスエンジニアであり、リテイク&リミックスアルバム『SEA BREEZE 2016』でもミックスエンジニアとして参加したエンジニア界の巨匠、内沼映二氏。レコーディング・エンジニア集団ミキサーズ・ラボを率いる同社会長、兼、日本音楽スタジオ協会会長であり、ほとんどの角松作品にエンジニアとして参加している内沼氏に、今回の『SEA BREEZE 2016』について話を訊いた。

インタビュー・文/井桁 学


35年前のデビューアルバム『SEA BREEZE』をリメイクするという話が出たとき、どう思われましたか?

内沼 35年前のアルバムとなると、マスターが24チャンネルのアナログマルチマスターテープなんです。ですので、そのマスターテープがきちんと動くかどうかっていうことを、まず考えましたね。でも当時のレコード会社RVCのテープ管理が、かなりしっかりしていまして、当時からすべてコンピューターに入れてファイリングしてとってありました。おまけに、そのマスターテープに今まで世の中に出ていない曲まで入っていて。それが今回のボーナストラックとして収録された「Last Summer Station」で、みんな忘れていたけど、それを角松さんだけは覚えていて(笑)。だって1981年当時のスタッフはいないんですから(笑)。それで、なんでこの曲を入れなかったんだろう…って言ってね。だけど、角松さんはよく覚えていて、私が言ったっていうんですよ(笑)。

収録しなかった理由はなぜですか?

内沼 アナログレコードにカッティングするには、物理的制約があり、トータルタイムが重要で、この曲まで全部入れるとアナログレコードのカッティングがかなり厳しいという理由で、当時のプロデューサと相談して1stアルバムには入れなかったのです。すっかり忘れていましたが、今思うとちょっと責任を感じていますけどね(笑)。

当時のマスターテープを今聴かれての感想は?

内沼 1980年代は日本のポップ界のピークなんですよね。敏腕なミュージシャンがたくさん出てきた時代なんです。このマスターテープの音を聞いて、“うわぁ、この音は今録れないな”と思いましたね。アメリカンロックに影響されていたと思うのですが、現在は、あの分厚いサウンド創りをやる人はなかなかいないですよ。特にドラムのチューニングが今とは違っていますね。もちろん、ポンタさん(ドラマーの村上“ポンタ”秀一氏)は現役のミュージシャンですが、やっぱり音楽変遷の変化と共にどんどんハイピッチに変わっていると思いますね。ドスンという感じの重さが今ないですからね。その重さがこのマスターにはあるので、懐かしいというか、今は絶対に録れない音だなと思ってショックでしたね。

『SEA BREEZE 2016』リテイク&リミックス編

今回、そのアナログマルチマスターテープを使って、歌の歌い直しや本人コーラスを録ってリメイクとリミックスをしました。

内沼 まず、24チャンネルアナログマスターテープをプリズムサウンドのADA-8XR(192kHz/24bit対応マルチチャンネルAD/DD/DAコンバーター)で96kHz/24bitでPro Toolsに取り込んで、デジタルアーカイブしたものを基に歌録りやミックス作業していきました。

歌録りはどうされたのですか?

内沼 歌録りはラボの川澄伸一が何年前からレコーディング・エンジニアとして全部やっているのですが、角松さんのプライベートスタジオで作業しています。ミックスは僕がこのスタジオ(ラボレコーダーズのB STUDIO)でやるのですが、録音した歌を聴いた限りでは断然良くなっていますね。35年経っているから声がもっと変わっているかなと思ったけど、比較すると声質が変わってないのに驚きました。さらに表現力がすごく良くなっていて、デビュー当時と比べるとディテールがしっかりしていますね。でも昔のも、あれはあれで若い時の良さがあるんですけど、今回はぐっと大人になった角松敏生になっていますね。

35年前とではレコーディング機材も全然違いますよね。

内沼 当時はアメリカのコンソールMCI JH-500で、テープレコーダーも2インチの24チャンネルのMCI JH-24でした。当時スチューダーとかはありましたけど、MCIっていうのも好まれたメーカーで、アメリカ的なロック作るにはすごくいいコンソールでした。

『SEA BREEZE 2016』リテイク&リミックス編

今回のミキシングでは何を使ったのですか?

内沼 今はエンジニアの8割以上がPro Toolsの中でミックスするのが主流ですが、僕は絶対にアナログコンソールに立ち上げるというのがこだわりです。このSSLの9000Jに立ち上げてミックスしました。時間とお金がかるから嫌がられるのですが、アナログを通したいっていう気持ちが強くて。今回はコンソールアウトからパラアウトして、プリズムサウンドのADA-8XRを通したPCMの96kHz/24bitと、アナログテープレコーダーのスチューダーA820でハーフインチテープとの両方を録りました。結果、今回はハーフインチテープから起こしたものをマスターにしています。今回担当しているマスタリングエンジニアの菊地(ワーナー・ミュージック・マスタリングの菊地功氏、)の方でも、96kHz/24bitのPCMとハーフインチテープと聞き比べてみても、非常にアナログのハーフインチのテープの方がいいということになって。アナログテープを元にマスタリングされています。

『SEA BREEZE 2016』リテイク&リミックス編

アナログテープとハイレゾ音源クオリティのデジタルの96kHz/24bitのサウンドでは、聞き比べると全然違うのですか?

内沼 誰が聞いてもアナログハーフテープがいいと思える音なんです。やはり、アナログ独特のパワーがあって、音がなごむというか、音が溶け合い、奥行き感がぐっと増して、何より音楽的ですね。

今回リメイクするに当たってのコンセプトは?

内沼 角松さんのコンセプトとしては、1981年に作った作品とサウンドがあまりにも違うのは作りたくないというものでした。つまり『SEA BREEZE』をリファレンスとして、プラスアルファ、今の現代のテクニックやエッセンスをプラスしてもらいたいということだったのです。個人的には、本当はもっと違う音を作りたかったのも曲によってはあったのですが、あくまでオリジナルに沿ったサウンド創りにしました。

今回苦労された点はあったのですか?

内沼 オリジナルが24トラックのテープなので、その24トラック数にいろんな楽器が入っているんです。例えば、このトラックはアタマには何の楽器が入って、途中には別の楽器が入っていたりするのです。特にドラム。今は、ドラムならハイハット、スネア、キックなど各パーツを1トラックずつ録りますけど、当時は1トラックにタムとシンバルが一緒になっていたりしたので、無理矢理トラックを分けました。そういった作業はアシスタントの方が大変だったと思いますね。24トラックだったものが結果48トラックから最大で52トラックになって、倍以上になりましたね。

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