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ホームズの音楽が生まれた時代背景と考察

ホームズの音楽が生まれた時代背景と考察

世界的な大ヒットを巻き起こしている英国BBC放送のドラマ『SHERLOCK シャーロック』。英国で2016年元旦に放送された特別編『SHERLOCK/シャーロック 忌まわしき花嫁』が日本でも2月に劇場公開。さらに3月には、イアン・マッケランが老いたホームズを演じる『Mr. ホームズ』が公開され、シャーロッキアン界隈はなんとも賑やかだ。
そこでエンタメステーションでは、全三回のホームズ特集を敢行。
第一回の今回は、コナン・ドイルによる原作や往年のドラマ、そして現在続々と公開中の“ホームズもの”の魅力を、音楽や声といった「音」から読み解いてみよう!

シャーロック・ホームズといえば、英国紳士である。ファンから“正典”と呼ばれる原作のホームズは、19世紀末のロンドンを舞台にさまざまな難事件を解決していく名探偵で、煙草と愛用のヴァイオリンを弾くことが趣味。
ヴァイオリン好きのホームズは、自分で楽器を弾くだけではなく、当時の著名なヴァイオリニスト、サラサーテやヨアヒムのコンサートに足を運び、相棒で語り手のワトソンに蘊蓄を語ったり、ヴァイオリニストたちの指使いを真似て見せたりする。

Sherlock: The Abominable Bride

たとえばヨアヒムがソロを務めたベートーヴェンの「ヴァイオリン協奏曲」がドラマのムードを高めるのは、『入院患者』事件。若く優秀な医師が巻き込まれた難事件を見事解決したホームズは、この協奏曲の第3楽章のヴァイオリン・ソロを真似て、浮き立つような心境を表現する。しかし、ヴァイオリンの腕前は一流とはいかなかったようで、その調子はずれな音にイライラするワトソンとのやり取りもじつに微笑ましい。
『マザランの宝石』では、あのベイカー街221Bの部屋の蓄音機で、オッフェンバックのオペラ『ホフマン物語』のなかの人気曲「舟歌」を流し、人形がヴァイオリンを弾いているように見せかけて犯人をおびき出すという戦術(?)も使っている。

ではなぜ、ヴァイオリンだったのだろう?

そこには、ホームズの生い立ちと時代背景が関係している。
シャーロック・ホームズは1854年1月6日、英国北部のヨークシャー生まれ……という説が優勢らしい(あくまで設定)。イギリスといえば、ドラマ『ダウントン・アビー』などでも描かれている貴族階級が有名だが、ホームズは貴族ではなく、「先祖代々の土地を受け継いだ田舎の大地主」の階級だった。この階級はジェントリと呼ばれ、「紳士淑女の皆様」でおなじみの「ジェントルマン」の語源。つまり、貴族ほどではなくとも、裕福に育ったのである。

Sherlock: The Abominable Bride

そして当時、裕福な階級の子女にとっては、楽器を習うことが必須科目。なかでも女子はピアノ、男子はヴァイオリン、というのがスタンダードだった。それがよほど性にあったのか、ホームズは大人になると、あの高額で有名な名器ストラディバリウスを質屋からわずか55シリング(現在の日本円で5~6万円程度)で入手した。そして「メンデルスゾーンや自作の即興曲をしばしば演奏していた」のだそうだ。
いま、メンデルスゾーンという作曲家の名前に「あれ?」と思った方もいるかもしれないが、ホームズのクラシックの趣味は、意外なほどロマンティックだ。
小説に描かれたコンサートの記録からもわかるとおり、当時実在していたロシアの作曲家チャイコフスキーの指揮やサラサーテの超絶技巧をミーハーっぽく聴きにいったり、依頼人の女性とコヴェントガーデンのオペラハウスを訪れたりもしている。
なにより彼が愛した“あの女”アイリーン・アドラーの表向きの稼業は、オペラ歌手だったのである。
この、ホームズのクラシック・オタクぶり。まさに愛すべきチャームポイントといえるだろう。

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