【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 89

Column

松任谷由実 ど~んとクラいわけじゃない『DAWN PURPLE』。これまでの“三部作”とは違う、その魅力とは?

松任谷由実 ど~んとクラいわけじゃない『DAWN PURPLE』。これまでの“三部作”とは違う、その魅力とは?

『DAWN PURPLE』(1991年)だからって、こういう色彩のジャケだからって、『天国のドア』よりド〜ンとクラいアルバムかというと、そうではない。9曲目の「サンドキャッスル」なんて、彼女の全レパートリーのなかでも実に軽快でポップな仕上がりだ(歌詞は切ないけど…)。ただ本作が、『Delight Slight Light KISS』(1988年)、『LOVE WARS』(1989年)、『天国のドア』(1990年)で三部作が完結した後の、新境地ではあるのは確か。ちなみに3枚のジャケットを並べ、そこに『DAWN PURPLE』を加えると…。

見てもらえばわかるけど、『Delight Slight Light KISS』から『天国のドア』までは、目線が上向きになってるでしょ。それがここで平行なものに戻っている。
(月刊カドカワ1993年1月号)

言われてみれば、確かにそうだ。ジャケの彼女の目線は、3作連続、上向きだった。しかし今回は、並行になって、正面をみつめている。

でも実際には、“みつめている”のではない。この写真でユーミンが使用しているゴーグルのようなものは、「シンクロエナジャイザー」というモノらしい。実に安易にネットで調べただけだが、これを使用すると、光の点滅で脳波が刺激され、心地良い瞑想状態に入れるものだという。当時、そうして脳をストレッチするためのジムが、都内にあって流行ってたそうだ(ジャケットのクレジットのSpecial Thanksには、“Brain Mind Gym for M.M.International”という表記もある)。

しかしこれ、当時のユーミンが、けして守りに入ってなかったことの証拠である。『天国のドア』が日本の音楽史上初の200万枚を突破し、マーケットの裾野が広がると、なかなか周囲は冒険を許さなくなる。なので余計にスゴいと思う。

さっき、脳をストレッチ、などと書いたけど、そうやって前へ進みつつ、目指したアルバムのテーマは“セカンドバースデー”だったそう。つまりは“新しい自分との出会い”。象徴的なのが1曲目の「Happy Birthday to You〜ヴィーナスの誕生」。これは“去年よりもロウソクが一本増えました”という歌ではない。この“誕生日”を向かえるにあたっては、[激しい痛み]に[立ち向かって]いく必要があると、ハッキリ歌っている。

この場合の痛みとは、どんなものだろう。推測するに、勇気を出し、新たな環境、新たな価値観へ向かう際の精神的な負荷のことだろう。相手にその覚悟があるかを確かめつつ、背中を両手で、バランスよく押してくれるのがこの歌である。

そしていよいよ、未だ見ぬ地平へと相手を送り出すのがタイトル・ソングの「DAWN PURPLE」。よく話題になるのが、アルバム・タイトルでもある“ドーン・パープル”という色彩に関してだ。

卓袱の闇のなか、日の出の時刻はまだ先だが、その“胎動”を、まさに視覚で最初に感じ取った際の空の色が、つまりは“ドーン・パープル”である。“夜明け前のようで既に明けてる空”のことだ。さらに時刻が進めば、東の空はもっと明るい“ドーン・ピンク”へと変わっていくことだろう。

このタイトル・ソングだが、改めて聴いて感心するのは、スケール感を求めつつ、でもドットが荒くなってない、隅々まで光線のグラデーションをイメージさせ、しかし同時に大地の胎動もしっかり感じさせるサウンド作りだ。送り出す側の歌なので、歌詞には“母性”も垣間見られる。よく“歌う”、ベースの名手、リーランド・スクラーの演奏にも惚れ惚れする。

“セカンドバースデー”を達成するため、新たな環境へ向かうとなると、必然的に生じるのは、異文化との接触だろう。このアルバムには、“エキゾチック”な作品も含まれている。「インカの花嫁」と「千一夜物語」だ。

曲順において、このふたつを繋げているのも実にいい。

前者は南米ペルーにインカ帝国が栄えていた時代、外部との接触を断ち太陽に身を捧げた“太陽の処女”の伝説からインスパイアされた作品である。そんな“彼女”が一夜のアバンチュールを試みるという、史実を覆す(?)大胆なお話。ペルーだからって安易にフォルクローレなアレンジにはしてなくて、ジョン・ロビンソンのドラムをはじめ、カチッと“石造り”な音像だ(インカ帝国だけに)。なお、[明け方の小鳥]もまだ騒いでない時間帯が登場するということは、これも“ドーン・パープル・ソング”といえるかもしれない。

「千一夜物語」は、アラビアン・ナイトの世界、と、思いきや、コトの現場はパーティー会場の“クローク”に忍び込むという秘め事っぽいシチュエーション。[本当の恋のA・B・Cを]というのは、まさにそれを大人になってやり直すというのは、“セカンドバースデー”を達成しようとしているヒトしか口に出来ない言葉だろう。なお、松原正樹のギター以外は松任谷正隆による打ち込みサウンドだ。音楽におけるコンピューターの応用というと、初期は“習熟の度合い”が音楽性を左右したが、この頃になると、いかに名アレンジャーかどうかが全体を左右し、これは紛れもなく、そんなヒトの仕事である。前者が“石造り”っぽいなら、こちらはぺルシャだけに(?)、“絹織物っぽい”滑らかな音像である

1990年前後の時代を映していた、ということでは、恋敵をコンピューター・ウイルスに例える「誰かがあなたを探してる」だろう。ネット社会が広がり、コンピューターに感染するウィルスの存在が明らかになったのが1988年頃だというが、さらにその被害が世界規模で拡大した(オランダ発の「Michelangelo」というウィルスだそうだ)のが、まさにこのアルバムがリリースされた1991年だったし、広く一般にも報道され始めた。そのあたりの社会情勢を鏡のように映し、ポップ・ソングとして咀嚼したのがこの楽曲だった。

歌にも旬というものがある。そこで最後に「9月の蝉しぐれ」を。キュンキュンするポイントは、サビの歌詞だ。主人公は問いかける。[大人になるっていうのは]。そして、自分なりに捻り出した答は[平気になる心]だ。[死にたい程傷ついて]しまった経験をも、[なつかしいこと]にするのが大人なのだろうか…、とも自問する。ここのフレーズは悲しい。大人になることは[平気になる心]だなんて、すごく悲しい。程良く傷つきやすいほうが、きっと人生はドラマチックなんだよなぁ、なんて、身勝手なことを思ってしまう。この曲のこの歌詞は、『J-POPの名フレーズ100選』(もしそういうのがあったなら…)の、上位にランクインすることだろう。

文 / 小貫信昭
写真提供 / EMI Records

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