【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 90

Column

松任谷由実 “ふと泣け”て、理由はあとからついてくるアルバム、『TEARS AND REASONS』

松任谷由実 “ふと泣け”て、理由はあとからついてくるアルバム、『TEARS AND REASONS』

『天国のドア』、『DAWN PURPLE』と、2作連続で200万枚突破という金字塔を打ち立てたユーミン。これは音楽ソフトのセールスに関わる数字だが、メディアを通じて室内や街中に流れるユーミンや、ふと、誰かが口ずさむユーミンも含めると、その“数”は日本に暮らす人々の“総数”にも迫るくらいのポピュラリティを獲得したのがこの時期だろう。

こんなことを可能にしてしまうのだから、彼女は神がかったヒトでもあるのだろうが、その一方で、カジュアルに“着崩す”ことの良さも知っている。例えば『DAWN PURPLE』のツアーでは、もちろん前回観た人に更なる驚きと喜びを与える演出を重ねつつ、途中、コンサートの趣向としては古典的な“リクエスト・コーナー”を設けたりもしているのだ。そうやって、一度は“天国のドア”に手を伸ばしつつ、けして“雲上人”にはならずに、気さくさを無くさないユーミンなのだった。

メガヒットを連発し、それに続いてリリースされたのが、『TEARS AND REASONS』(1992年11月)である。前回、それまで上向きだったジャケットの彼女の目線が、平行に変わったことは書いたけど、そうなると、今回も気になってしまうのである。彼女の姿が小さいのでわかりずらいが、実は今回も平行だ(真横を向いているけと)。

ただ、ヘアスタイルが、ばっさり短くなっている(ショート・ボブ・スタイルって言えばいいんでしょうか…)。そこで悩むのだ。目線としては前作の続編的に受け取れるのだが、ばっさり、は、明らかな変化だろう。

このコラムの恒例ともなっているが、ここで過去にインタビュ−させて頂いた時の発言を引用したい。

前のアルバムの少し重い感じとの対比で、明るくなってます。こういうバイオリズム、考えてみたら昔からありますね。このアルバムは転機ですよね。(中略)すごく変わったと思います。
(『月刊カドカワ』1993年1月号)

“こういうバイオリズム”とは、以前に遡れば『紅雀』から『流線型’80』への頃や、『時のないホテル』から『SURF&SNOW』への頃だと推測される(バイオリズムって、最近の若い方達はあまり関心ないようだけど、意識の仕方によっては、自分を客観視できる有益なものだと思っている)。

ところで…。毎回同じインタビューから引用しているが、前にも書いたが、僕が各作品についてではなく、バイオグラフィ的インタビューをさせて頂いたのが、この時だったからである。実はその時の雑誌は『TEARS AND REASONS』がリリースされる時期の特集号であり、他にも新作アルバムに関して、各界著名人が文章を寄せているのだ。そのなかで、かの野田秀樹が、「ちょっとユーミンから聞いたんだけど」と前置きし、実に興味深いことを書いている。

街で若い人から「“一発泣けるヤツを作ってくださいよ”って言われたから、“じゃあ、ちょっと作ってやろうか”みたいに思って作った」のが、つまりはこのアルバムだというのだ。そもそもアルバム・タイトルは『TEARS AND REASONS』だし、これは見逃せない話だ。

“一発泣けるヤツ”とはどういうものだろう? ユーミンにそう声を掛けたとされる若者は、「実はちっちゃい頃、飼ってた犬が突然死んじゃって悲しくて、そのあともこんなことがあって…」と、身の上話をしつつ「そんな私が泣ける歌を作ってください!」と言ったわけではないだろう。求めたのは、もっと一般的に“泣けるヤツ”のハズだ。とはいえユーミンも、いくらそう声を掛けられたからといって、アルバム1枚作るのは、リクエストに1曲応えるのとはわけが違う。

ただ、90年代のこの時期というと、世の中をひとつの基準で推し量ることがさらに困難になった時代であって、そんな時、たまたま市井の人から掛けられた一言が、なにかの契機となったことなら想像できる。

その後、「泣ける歌」ブームというのがJ-POPの世界に巻き起こる。ということは、このアルバムが元祖だろうか? これまでも、ユーミンが初めて成し遂げたことは多かった。さらに、彼女自身が今回のアルバムは、「すごく変わったと思います」と自覚していることも見逃せない。これら踏まえて、どう変わったのかが知りたい。

80年代の彼女の歌は、恋に仕事に頑張る女性達へ、エールを送るものだとされた。でもこのアルバムは、エールとは違うテイストだ。困難に出会った時、ガンバレと背中を押すのではなく、いったんシェルターに匿(かくま)う感覚だ。思いっ切り傷つくことも、時には必要だ、というか、なので背中を押すのではなく、代わりにハンカチを差し出すところがあるわけだ。

典型的なのは「私らしく」だ。これまでのユーミンの歌だったら、ふられた相手を見返すことが“私らしさ”への近道だったけど、この歌を聴くと、それすらも広い意味では“未練”なのだと思えてくる。

ここではもっと、キッパリとした結末を目指す。タイトルから受けるイメージとしては、一般的なJ-POPによくある、自分探しの歌に思える。ところが、同じようなタイトルの歌とは決定的に違うやり方で、“らしさ”を探求していくのだ。 

[涙の粒がひざにこぼれ]という表現も出てくる。あからさまだ。ユーミンの歌というと、泣いてはいるけど涙はまだ表面張力で下瞼の上に留まっている、みたいな情感が伝わるので“泣ける”場合も多いけど、この場合、内藤やす子クラスなのであった(内藤には「思い出ぼろぼろ」というヒット曲がある)。ちょっと悪のりして書いてるが、ふわりと間合いが伝わる軽快なサウンドの曲だからこそ、そんな歌詞が際立っている。

面白いもので、そんな意識で『TEARS AND REASONS』を聴いていると、涙腺系の表現が、3D化して迫ってくる。1曲目の「無限の中の一度」には[瞼]という言葉が出てくるし、「サファイアの9月の夕方」には[うるんだ]という表現が、3曲目は、そもそもタイトルからして[瞳はどしゃ降り]だったりして、「冬の終り」に関しては、直接単語としては登場しないけど、じわじわ下瞼が表面張力を感じ始めているのは確かなのだ。

“さぁ泣きなさい”って聴かされても、泣けるものではない。世の中には“お涙頂戴モノ”なんてジャンルもあるけど、あれは涙腺が弱くなってる高齢者向けだ。ユーミンがリクエストされたとされる“一発泣けるヤツ”は、若者からの求めだった。改めて、『TEARS AND REASONS』という、このタイトルの語順はよく出来ている。このアルバムの曲達は、“ふと泣け”て、理由はあとからついてくるから良いのである。

80年代のコラムなのに、気づけば今回の作品集は1992年のリリースだ。でもなにしろ、彼女はユーミンなので、もう少し続けさせて欲しい。この90年前後を彼女の活動のピークとする向きもあるようだけど、そんなことはない。この後も、彼女は“U-miz”のごとく、名曲を発表し続けるのだから…。 

文 / 小貫信昭
写真提供 / EMI Records

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