【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 91

Column

ラジカルもコンサバも、両方“着こなす”ユーミンならではの作品集

ラジカルもコンサバも、両方“着こなす”ユーミンならではの作品集

『U-miz』を聴くと、1曲目からニヤっとしてしまう。この「自由への翼」という作品のアレンジは、パット・メセニーを彷彿させるからだ。時期的には『Still Life (Talking)』の頃のパットだろうか(メロディの感覚はまったく違うけど)。そういえばユーミンは、彼の『Letter From Home 』の日本盤で、ライナーノーツを書いていた。そこには“風景をいかに音楽という額縁に切り取るか”に関する、彼女ならではの卓見が示されていた。さすがユーミン、脱いでも…、いや、ライナー書いても凄いんだなぁと思ったものだった。

パット・メセニーなんて聴いたことないゾ、という人もいるだろう。僕自身、ユーミンといえば“国民的に愛されるアーティスト”だし、彼女について語るとなると、“津々浦々までの共通理解”が前提かなと思ってしまう。

でも敢えて、今回はこの話から入りたかった。

もちろん理由がある。『U-miz』というアルバムには、かつての『紅雀』のように、とりあえずヒトサマは置いといて(と、そこまで冷たく突き放してはいないけど)、自分の好きなことやってみました、という雰囲気があるのだ。なので「いやー、ユーミンと俺、趣味合うわー」という親近感を、聴き手の僕としても大いに発揮していい場面だと思ったのでこんな書き出しとなったわけだ。

そしてこのアルバムでユーミンが思う“好きなこと”とは、意義深いことなのである(そう。ここが肝心!)。その好例は「HOZHO GOH(ホジョンゴ)」だ。クレジットを細かく見ると、Geri Keamsというコーラスで参加している人のとこに“navajo words”とある。

ナバホとはアメリカのネイティヴ・インディアンのナバホ族のことで、この言葉はナバホ語で、“自然と調和した美しい生き方”という意味だそうだ(地球音楽ライブラリー『松任谷由実』当該アルバム解説より)。そしてまさに、演奏の音の一粒一粒から伝わってくるのも、まさに自然との調和、そのものである。サスティナブルな社会の大切さ、みたいなことを、この作品を通じて伝えたかったのだろう。 

もう1曲の“好きなこと”は「XYZING XYZING」である。この歌は、いろいろな人が紹介文のなかで“ゲイをテーマにした”と書いている。アルバムが発表された1993年当時、LGBTという概念が一般に認識されていたわけでもなく、もしそうしたテーマであるならば、ポップ・ソングとしては画期的だったろう。

おそらくユーミンとしては、地球上にそうした立場の人々もいるなら、そんな恋愛ソングがあっても至極当然、という見地から、自然なスタンスでこの歌を作ったのではなかろうか。しかしこれは、激しく悲しい歌でもある。そう。終わっていく歌だ。タイトルの“XYZING”という言葉。アルファベットの最後の3文字にINGがくっついちゃってるということは、もはや引き返せない。終わっていくしかない、ということ。

ここでジャケットに目を転じてみたい。こういうアートを「サイケデリック」と呼ぶ。ここにあるカラフルさ、“多色が生む多幸感”のようなものは、明らかにこうしたカルチャーからの影響だ。

ユーミンが多感な十代の頃、友達のツテで入ることが出来た米軍基地のPX(基地で暮らす人達のための売店)で、せっせと仕入れていたものがサイケデリックなロックのレコードだった。その時の影響は大きいだろう。

彼女は表現者となるからだ。表現し得るものの広さや深さ、または限界に関して、彼女は「サイケデリック」に触れることで、一定の基準を得たはずである。表現者にとってのそれは、心のキャンバスの号数のようなものだ。

「サイケデリック」というのは、そもそも身体に来るというより脳に来る。かつては“知覚の扉”などという言葉もよく耳にした。そう。新しい“知覚の扉”が開く(これらとドラッグ・カルチャーとのつながりに関しては、興味ある方は各自で調べて欲しい)。そして脳に来るということは、音楽制作においては、もちろんサウンド(特にタイム感)もそうだけど、脳で捻り出すもの、そう、歌詞の部分もあるのだろう。

そこで『U-miz』収録曲からサイケデリック文学賞を贈呈したくなる作品となると、例えば「July」である。さっそくみてみよう。静寂を表わす表現として、[つややかな絹糸を降らせて]としてるところなど、筆者はサイケデリックだと感じる。また、池の水蓮が音をたてるさまを[重い瞼をあけるように]と書いているあたりもそうだ。もうひとつ別の“知覚の扉”が開け放たれた雰囲気を感じる。その一方で、[蜘蛛の巣のビーズ刺繍]というあたりは、ユーミンの見事な写実であり、このふたつはまったく違うのだ。

ユーミンが自分のやりたいことを存分に出来たのがこのアルバムだとして、しかし、それでいて人気アーティストが背負う需要とのバランスをどう取ったのかというと、大ヒット曲が収録されているからでもある。そう。「真夏の夜の夢」。僕なんかはこの曲のタイトルを目にしただけで、主題歌となったTBS系ドラマ『誰にも言えない』の名シーン、冬彦さんが木馬に跨がり唸る場面が目に浮かぶ。あのドラマ、最近のテレビ・ドラマには有り得ないドロドロな人間模様、そこから醸し出されるメリハリがあった。

「真夏の夜の夢」といえばシェイクスピアにもあるが、結婚をめぐるゴタゴタということでは「誰にも言えない」とも重なるところもあり、上手な距離感のタイトルだ。そしてこの歌は、紛れもなく、褒め言葉としての「歌謡曲」の最高領域に達している。正真正銘、この言葉が使える楽曲というのは、実質的な意味で“誰が聴いてもイイナと思える”ものだけだ。

もともとラテン調は大得意のユーミンが、歌詞の単語の放り込み方においては、程良いアバウトさも計算し尽くしつつ(“アモーレ・アモーレ”とか“カリビアン・ナイト”とか)、聴き手を思う存分、大事な部分を、最後の布切れさえも剥がし取り、解放していくのだ。チャチャチャ風のリズム・アレンジも最高で、踊る主人公のくるぶしの、切れ味の鋭ささえも眼前にみせつけるかのようである。そう。そんな楽曲に仕上げている。

ところでmoraでは、ついこの間、ユーミンの全曲配信がスタートしたばかりである。実はこの原稿を書くにあたり、手元にCDはあるのだが、改めて配信でアルバムを買ってみた。音の印象はちょっと違って思えた。

さらに配信されるカタログをみてみると、長く聴いてきた人間にとっては、シングル作品も当時のジャケットのままカタログに載っているのが嬉しい。で、意外に“そうそうそう”と頷いてしまうのは、当時、B面として聴いた楽曲だ。お目当てじゃない、ということの効用として、まっさらな気持ちで聴けたのである。すると、心が音楽を、別の吸収の仕方で迎えたのを覚えている。

文 / 小貫信昭
写真提供 / EMI Records

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