山口洋のSeize the Day/今を生きる  vol. 43

Column

Hymns To The Silence / (静寂への賛美歌)、ヴァン・モリソン

Hymns To The Silence / (静寂への賛美歌)、ヴァン・モリソン

自然災害が相次ぐこの国で、哀しみと無力さの淵から立ち上がるには、相応の時間と光が必要だ。
阿蘇の被災から2年。半壊した家を修復し、再生させながら、山口洋が感じた“自然と生きる”ことの意味、音楽の希望。
そのとき、北アイルランドが生んだ至高のミュージシャンが放つ音の粒は、天界からの光を確かに纏っていた。


2年前の熊本地震で被災した、阿蘇山中にある家を自分で修復しながら、この原稿を書いている。2018年。西日本の集中豪雨、北海道胆振東部地震……。自然の力の前では人間はなす術もない。

何にせよ、半壊した家を再び使えるようにするのは平坦な道のりではなかった。傾いた家を水平に戻し、ぐしゃぐしゃになったものを片付け、水を通し、お湯が出るようになり、明かりが灯り、トイレが使えるようになり、料理ができるようになり、土足でなく家を歩けるようになり、ようやく音楽が聴けるようになったとき。いちばん最初に家に聴かせたいと思ったのがこのアルバムだった。

ヴァン・モリソンが1991年に発表した奇蹟のようなアルバム、『Hymns To The Silence』、邦題は“オーディナリー・ライフ”。直訳だけれど、僕ならば“静寂への賛美歌”。

この家は標高800メートルにあって、天が近い。夜になると満天の星が輝き、天の川がきらめく中、無数の虫たちの歌がサラウンドに響き渡る。宇宙の中にたったひとりで佇んでいるようで、こころの中をからっぽにすると、空からのメッセージを勝手に受信するようになる。たぶん、人は本来そんな能力を持っていたのだと思う。謙虚で、敬意を忘れなければ、自然はいろんなことを教えてくれる。無言のうちに。

ヴァンの長いキャリアの中でもこの作品は特別にそんなスピリットに満ちている。どういう形でかは不明だけれど、彼のやり方で「それら」と交信、受信し、作品に昇華させたのだと推測する。「Why Must I Always Explain? / どうして俺はいつも説明しなきゃいけないんだ?(拙訳)」。そのこころは痛いほど理解できる。説明すればするほど、生きることは陳腐にしかならず、世界はコンプライアンスというエクスキューズに溢れていく。

嫉妬のプロフェッショナル、それでも愛することを止められず、通りには精霊が棲み、ラジオで異国のロックンロールを受信し、教会には祈りがあり、松明をかかげて、人生のヴィジョンを胸に、詩歌は木霊のように響き、中空に魂は宿る。総じて静寂への賛美歌。嗚呼。

この作品には迷いを感じない。からっぽの器のようなこころで、メッセージを受信し、あふれたものを表現したのだと思う。ひとつひとつの音の粒には滴がついていて、その隙間からひかりが漏れてくる。永遠の水の流れのような祈りがある。

僕は彼にいつも畏怖の念を感じている。このアルバムのエンジニア、ミック・グロソップにアルバムを2枚ミックスしてもらった縁でヴァンを「紹介するよ」と云われたが、断った。彼とは会わない方がいい。たぶん、それは間違っていない。マリア・マッキーも同じこと云ってたな。笑。

彼は僕にとって、あの世界と現世を繋ぐ音楽を奏でる人。実際、アイルランドで彼のライヴを見たのだけれど、空気という実体のないものを、握り、凍らせ、動かし、僕に投げつけた。おおよそ、人間の行為とは思えないものだった。そして、たぶん性格は悪い。そうでなければ、彼は自分のスピリットを守ることができないんだと思う。きっと日本にはやってこないし。でも、それでいい。

素晴らしい音楽を遺してくれているのだから。

ミックは僕にこう教えてくれた。彼にとって、音楽は奇蹟そのものなのだと。だから、それが起こせない日はスタジオには現れない。そして、ひとたび現れたなら、何のリハーサルもなく突然歌い始める。メンバーは何も知らされていない。

そうやって奇蹟は作られる。傷ついた僕の家に奇蹟のスピリットが満ちていく。”静寂への賛美歌” に家が癒されていくようだった。無数の虫たちの歌とともに。

感謝を込めて、今を生きる。


photo by Richard Wade

ヴァン・モリソン / Van Morrison:本名、George Ivan Morrison。1945年、北アイルランドのベルファストの白人労働者階級に生まれる。家は音楽一家で、ブルース、ジャズ、ゴスペル、フォーク、カントリーなど父親のレコードを聴いて育った。15歳で学校を退学、窓拭きの仕事をしながらバンド活動を行う。1963年、ゼムというバンドを結成、地元のクラブでファンを獲得、1964年7月にデビュー。“ブルー・アイド・ソウル”のシンガーとして人気を博す。1966年にはLAでドアーズを前座にライヴを行った(ジム・モリソンはヴァンに多くのことを学んだと言われている)。その後、バンドを脱退、レコード会社移籍後、1968年『アストラル・ウィークス / Astral Weeks』を発表。フォーク、ジャズ、ブルース、クラシックなどを融合させ、“名盤”と高く評価される。続く『ムーンダンス / Moondance』はミリオンセラーに。1974年発表の『ヴィードン・フリース / Veedon Fleece』は妻ジャネットとの離婚後アイルランド西部を旅したあとに生まれた作品で、アイルランド回帰の傑作として名高い。80年代、90年代、00年代といくつもの黄金期を築きながらも名声を嫌い、1993年、ロックの殿堂入りを果たした際も、式典への出席を拒否した。1996年大英帝国勲章OBEを受章。
他のミュージシャンとの親交も厚く、1988年発表の『アイリッシュ・ハートビート / Irish Heartbeat』ではチーフタンズと、1996年発表の『ハウ・ロング・ハズ・ジス・ビーン・ゴーイング・オン / How Long Has This Been Going On 』ではジョージィ・フェイムと共演。2018年4月(日本では5月)、39作目にあたる新作『ユーアー・ドライヴィング・ミー・クレイジー / You’re Driving Me Crazy』では、オルガンの巨匠であり、トランペットの達人としても名高いジョーイ・デフランセスコと初共演を果たした。
「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第24位。
「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト」において第42位。
「Q誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第22位。

『オーディナリー・ライフ / Hymns To The Silence』

ポリドール(廃盤)
半世紀という活動歴を誇りながら「駄作が少ない」ことでも知られるヴァン・モリソンの中でも、特に“傑作”の呼び声が高い90年代の代表的作品。スタジオ録音盤では初のアナログ2枚組、全21曲。ジョージィ・フェイムやチーフタンズも参加している。1991年発表。

『ユーアー・ドライヴィング・ミー・クレイジー / You’re Driving Me Crazy』

ソニー・ミュージック
精力的な活動を続けるヴァンの39作目のスタジオ・アルバム(2018年4月発表)。初共演となるジョーイ・デフランセスコはアメリカ人のジャズ・オルガニスト、トランペッター&ヴォーカリストでグラミー賞のノミネート経験もある才人。ジャズやブルースの名曲に加え、自身の過去の楽曲を新たな解釈で演奏した楽曲を盛り込み、幅広い音楽ファンにアピールする内容に。

著者プロフィール:山口洋(HEATWAVE)

1963年福岡県生まれ。1979年にHEATWAVEを結成。1990年、アルバム『柱』でメジャー・デビュー。1995年発表のアルバム『1995』には阪神・淡路大震災後に作られた「満月の夕」が収録され、多くのミュージシャン、幅広い世代に現在も歌い継がれている。東日本大震災後は、仲井戸“CHABO”麗市、矢井田瞳らと“MY LIFE IS MY MESSAGE”として、福島県相馬市の人たちと希望のヴァイブレーションを起こすイベントを続けている。2018年4月から池畑潤二 (Drums)、細海魚 (Keyboard)と新生HEATWAVEの活動を開始、12月19日大阪を皮切りにいよいよツアーがスタートする。リスナーからのリクエストで構成されるソロ・アコースティック・ツアー“YOUR SONGS 2018”も10月から後半戦に突入。2017年12月22日渋谷duo MUSIC EXCHANGEのライヴを収録した『OFFICIAL BOOTLEG #005 171222』、17歳から現在に至るまでの激レア&貴重音源満載の『山口洋の頭の中のスープ』好評発売中。

オフィシャルサイト

ライブ情報

山口洋 solo tour“YOUR SONGS 2018”
10月1日(月)いわき club SONIC iwaki
10月3日(水)新潟 Live Bar Mush
10月5日(金)仙台 LIVE HOUSE enn 3rd
10月7日(日)弘前 Robbin’s Nest
10月8日(月・祝)奥州市 おうちカフェMIUMIU
11月3日(土・祝)岡山 Blue Blues(ブルーブルース)
11月6日(火)出雲 London Pub LIBERATE
11月8日(木)高松 Music&Live RUFFHOUSE
11月10日(土)高知 シャララ opening act 中塚詩音
ブログのコメント欄にて、リクエスト受付中

HEATWAVE SESSIONS 2018_Ⅱ
9月29日(土)横浜 THUMBS UP
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BIG BEAT CARNIVAL IN 磔磔
10月21日(日)京都 磔磔
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HEATWAVE TOUR 2018 “Heavenly”
12月19日(水)大阪 バナナホール
12月20日(木)福岡 Gate’s7
12月22日(土)東京 duo MUSIC EXCHANGE
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