佐藤剛の「会った、聴いた、読んだ」  vol. 64

Column

音楽劇の『ア・ラ・カルト』が30週年を迎える高泉淳子によるニュー・アルバムの「黄昏のビギン」が素晴らしい

音楽劇の『ア・ラ・カルト』が30週年を迎える高泉淳子によるニュー・アルバムの「黄昏のビギン」が素晴らしい

役者・劇作家・演出家として幅広く活躍する高泉淳子の代表作、ロングランを続けている『ア・ラ・カルト』が、今年で初演から30年を迎えるという。

クリスマスの夜のフレンチレストランを舞台にして、店のスタッフや訪れた客たちによって繰り広げられるドラマを、音楽劇にした作品が『ア・ラ・カルト』だ。
単品料理を意味するアラカルトにたとえて、生演奏の音楽で綴るショートショートの芝居を、次々に楽しんでいくという趣向である。

1989年12月の初演から2008年の20周年までは「こどもの城 青山円形劇場」で、同じメンバーによるロングラン公演となった。
その後にメンバーが一部変わって2009年の「おしゃべりなレストラン」からは、演劇に限らず多方面から多才なアーティストが参加し、日替わりゲストとして出演してきた。
そして2010年には「ア・ラ・カルト2」として新装開店したのだったが、劇場そのものが2014年度に閉館されることが決まり、円形劇場という特殊な舞台における公演は26年で幕を閉じた。

しかしたくさんの人たちに冬の風物詩とし愛されてきたことから、継続を望む声が多く寄せられたために、その後は期間限定の移動式フレンチレストランという設定で、新しい出会いを求めて様々な場所で上演されるようになっている。

今年は2018年12月14日(金)から26日(水)までが東京・池袋の「東京芸術劇場シアターイースト」、12月28日(金)〜29日(土)が大阪の「近鉄アート館」で開催される。

高泉淳子は早稲田大学で2年生から3年生までの2年間、演劇研究会に所属して演劇の基礎を学び、同級生達の就職活動を尻目に4年生のとき劇団創立を目指して準備をはじめた。
そして卒業後の1983年に劇団「遊◉機械/全自動シアター」を結成し、2002年の劇団解散まで作品の劇作と主役を務めてきた。

それと並行して『ア・ラ・カルト』を起ち上げたところ、芝居と音楽による新しいスタイル作品として話題を集めて、すっかり高泉淳子のライフワークのひとつとなっている。

そんな彼女が最初にシンガーとしてアルバムを発表したのは、1992年の『おいしい時間の作り方』だった。続いて2004年に『After You’ve Gone』を発表したが、いずれも既成の楽曲に日本語詞を乗せて歌うという、独創的なカバー・アルバムである。

そして14年ぶりに制作した新しいアルバム『LE HOT SWING!!』もまた、世界中の音楽のなかから選んだ楽曲が、高泉淳子による日本語詞で歌われている。

高泉淳子は“ちょっと不思議な心を引きつける人物を創る”ことと、“そんな登場人物達が物語る面白い話を書く”ことを目指して、人物を演じつつ戯曲を書いてきた。
その助けとなったのが、実は音楽だったという。

人物を生みだすとき、まず音楽を探す、それをバックに歩いてみたり、喋ってみたり、時には歌ってみたり。登場人物が生まれたら、お話の筋書きを考える。 シーンごとに聞こえてくる音楽を頭に浮かべる。映画音楽のように。そうすると台詞が聞こえてくる……。

だから劇団を起ち上げて35周年を記念として、なんとしてもCDを出したいと思っていたそうだ。
新しいアルバム『LE HOT SWING!!』には、今年30周年を迎える『ア・ラ・カルト』で歌ってきた曲が6曲入っている。

そのことについて自身によるライナーノーツで歌いたくなる理由について、こんなふうに述べていたのが彼女らしくて印象的だった。

なんでカバーにこだわるのってよく聞かれますが、それは第一に音楽ファンだからなんだと思います。「なんていい曲なんだろう」って唸ってしまう曲がたくさんある。インストルメンタルだけど歌詞をつけて歌いたくなる。知らない国の言葉でも歌詞を想像して歌いたくなる。
日本の歌の場合、日常の言葉の音色の変化に魅了されて歌いたくなる。好きな曲を聞いたらでたらめな言葉を乗っけて歌っていた子供の頃からの遊びが、大人になってたらもっと真剣に遊ぶようになってしまった、と言うわけです。

この言葉から思い出したのが、かつて忌野清志郎が語っていたこんな発言だった。

子供の頃に夢中になった気持ちを忘れないことが、僕は一番大事だと思ってますから。
音楽をやりはじめた最初の頃から、ともかく“歌”があればいいじゃないか、という思いは一貫してありましたからね。
どんなにいい曲でもね、やっぱり、“歌”がないと僕はつまらないと思うんですよ。

そう、“歌”がないと、つまらないのだ。
忌野清志郎は自分が子供の頃に夢中になった「上を向いて歩こう」を、ロックのアレンジにしてRCサクセションが歌って演奏することで、当時の若者たちに対して日本にも誇るべきロックンロールがあるということを伝えていった。

高泉淳子が新しいアルバムの中でたった1曲だけ、自分が書いた日本語詞ではなくオリジナルのまま、カバーしていたのが「黄昏のビギン」だった。
「上を向いて歩こう」を作ったコンビ、永六輔と中村八大による作品だ。

これは最近になってからライブ・ステージで歌われているレパートリーで、いつだったか不意に聴かされたことがあって、その時になんとも言えない独特の味わいが感じられた。
だからCDにしてほしいと思っていたのだが、今回ようやく実現したのである。

水原弘が歌ったオリジナルから59年が経った今もなお、大人が歌うスタンダード・ソングとして、次々にカバーされている名曲「黄昏のビギン」に、高泉淳子は誰とも似ていない不思議な生命力を吹き込んでいる。

ふたたび素晴らしい歌を味わえて、感無量のものがあった。

高泉淳子オフィシャルサイト
http://yu-kikai.com/

著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートをてがける。
「マイ・ラスト・ソング」では構成と演出を担当。
2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長。
著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」~天才たちはいかにして出会ったのか』(文藝春秋)、『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)

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