【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 92

Column

松任谷由実 御利益がありそうな『THE DANCING SUN』のジャケが、迷える僕を守ってくれる

松任谷由実 御利益がありそうな『THE DANCING SUN』のジャケが、迷える僕を守ってくれる

ユーミンのベスト・アルバムは持っていて、次はオリジナル・アルバムも聴いてみようという時、ひとつ考えてしまうのは、曲がダブる、ということだろう。でも、そのお目当てが制作された時期のものだったら、他にもたくさん、自分の感性に合う作品が生まれていても不思議じゃない…。そんな考えが、オリジナル・アルバムを聴く意志を後押しする。さらに、例えば昨今は、今回取り上げる『THE DANCING SUN』(94年)にしても、moraでダウンロードで買うならば、価格は1800円だ。これなら手が伸ばしやすい。

僕は携帯音楽プレイヤーで、『THE DANCING SUN』を聴きつつこの文章を書いている。液晶に表示されるジャケットの、アート・ワークと向き合いつつ…。でもそれが、どこか御利益ありそうなジャケなのだ(この場合の御利益とは、かつて流行った、美輪明宏さんのポートレイトを待ち受け画面にすると素敵なことが起こるよ、的なことである)。これは横尾忠則が担当したものだ。この人について知らない人は、ぜひこの機会に調べて欲しい。

ところで、今回のタイトル、およびジャケットのアートは、ネイティヴ・アメリカンの“サンダンスの儀式”に由来するそうだ。そういえば、前作『U-miz』に「HOZHO GOH」という、ナバホ族に関わる作品もあって、ここらあたりは繋がりも感じる。“サンダンスの儀式”の本質は、自然という大いなる神秘と対話を交わし、地球と共生するところにある。

ふと想い出すのが初期の作品「やさしさに包まれたなら」だ。あの歌の、[目にうつる全てのことはメッセージ]という物事の捉え方は、巡り巡って“サンダンスの儀式”にも通じるのではなかろうか。初期のユーミンの楽曲には、十代の女の子の直感が活きてる気もするが、それが後年は、より論理的な説得力を備え展開されるようになる。でも、辿り着くのは同じ場所、そう、モノゴトの「本質」なのだ。

さて、さっそくダンスは始まっている。オープニングの「Sign of The Time」。これは強力だ。こういう、アルバムのオープニングを担うタイプのものって、ベスト盤には選ばれないことが多い(確か40周年盤にも45周年盤にも含まれていないはず)。カッコいいのが大地を震わすリズム・アレンジで、“♪ドドッ ♪コ ♪ドドッ”と、お腹に響いてくる。まさにプリミティヴなカッコ良さだ。でも、ユーミンがそれをやると、どこかで洗練される。例えばこの作品なら、サウンドはそんな感覚だけど、彼女の歌い方はソフィスティケイトされた都会的な艶っぽさだったりするのだ。

歌詞のテーマとしては、もはや修復不可能な恋の終末を描いてる。主人公達は様々な“サイン”を見落としてきたので、今現在、そんな境遇だ。それはそのまま、当時の世の中とも重なる。80年代末から90年代にかけて、我々は何度も、見落として、または、気づかない振りをして、やがて決定的な災厄に見舞われた。このアルバムが出た翌年、つまり1995年に、阪神淡路大震災とオウム真理教の事件が起こる…、と、まぁこれは、“世は歌に連れ”的に読みとけばの話だが…。

「GET AWAY」というのも、ベストに顔を出さないタイプの作品ではなかろうか。教会のパイプオルガンのようなイントロから始まり、そこにホーンが吹奏楽的に広がって、しかしそこ抜けるとレゲエっぽいハネるリズムに変わり、さらに歩幅が広がりエイトの簡潔なロックンロールへと発展していく。シチュエーションは、冬休み最後の授業。イントロのコンサバな雰囲気は校則に縛られた学園生活で、レゲエからエイトへと解放されていくのは、それらに縛られない冬休みの光景を表わしている、とも言える。

僕がこのアルバムで特に好きなのは「砂の惑星」である。「月の沙漠」にNASAが協力し、宇宙規模のスペクタクルになったような歌だ(もちろん「デューン/砂の惑星」という名作SF映画からのインスパイアもあるのかもしれないが)。でもこれ、すべては主人公の、人を愛する気持ちが生んだ空想なのだった。ユーミンには“母性ソング”と呼べそうな作品がいくつかあるが、この歌はそのカテゴリーで語るなら最強クラスでもある。

“サビ始まり”と捉えていい構成で、そのメロディは中近東風というか、これがいつ聴いても、こちらの心とすっぽり形が合わさるというか、魂の根っこの根っこをぐいと掴まれるみたいな感じになる。でも右チャンネルからはゲームの効果音みたいな“ピュ〜ン”が、ずーっと聞こえてる。これが邪魔なようでクセになる。

もちろんこのアルバムで有名なのは「春よ、来い」と「Hello, my friend」だ。「春よ、来い」に関しては、通常なら一気に解放されるはずのサビが、とても落ち着いたコンサバティヴな雰囲気なのがいい。これ、何気ないけど、歌を創る人にとって難易度が高いことだろう。NHKの朝ドラの歌だったが、老若男女の耳に触れることを前提にしつつ、それでいて確固たるユーミンであるのが凄いところだ。最後のほうの、タメてタメて、“♪はぁ〜るぅ〜よぉ〜”になるところ。こちらもつられて深呼吸して、“ああ、自分は生きているんだな”と思ってしまう。

「Hello, my friend」は、かつて逗子マリーナでコンサートを観て、終盤、あの環境でこの歌を聴いたときの、骨の髄までドンピシャだった感覚が忘れられない。

この歌の有名なエピソードとしては、かつてシングルで出たときにカップリングになった「Good-bye friend」のほうが先に出来ていて、しかしドラマのプロデューサーの希望で改作されたのが「Hello, my friend」だということだ。このあたりの顛末は、松任谷正隆の『僕の音楽キャリア全部話します』(新潮社)に出てくる。

松任谷夫婦が親交あった、アイルトン・セナを追悼したものだそうだが、僕はこの歌の歌詞が、ずっと気になっている。それは[僕が生き急ぐときには][たしなめておくれよ]の部分だ。この“僕”は、セナを追悼する、この歌の主人公のことだろう。そう解釈するのが一般的だろう。でも…。もしこれが、少し遅れて届いてきた、セナ自身のテレパシーだったらどうだろうか。本当のところは分らない。でも時々、僕にはそう聞えてしまう。

文 / 小貫信昭
写真提供 / EMI Records

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オフィシャルサイトhttps://yuming.co.jp


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