Interview

加藤和樹が最凶&最悪の男に! “人間”に巣食う“闇”を暴き出すサスペンス劇『暗くなるまで待って』

加藤和樹が最凶&最悪の男に! “人間”に巣食う“闇”を暴き出すサスペンス劇『暗くなるまで待って』

1966年にフレデリック・ノットが書き下ろし、同年ブロードウェイで初演、1967年にはオードリー・ヘプバーンを主演に迎え映画化され、どちらも大ヒットを記録したサスペンス劇の傑作が、2019年1月25日(金)より、サンシャイン劇場にて11年ぶりに甦る(兵庫・愛知・福岡公演あり)。
ロンドンのアパートの一室に夫のサムが持ち帰ったいわくつきの人形を巡って、明るく気丈な盲目の若妻のスージーが、怪しげな訪問者たち(残忍で凶悪なロート、冷静なマイク、その相棒のクローカー)に立ち向かう、スリリングで緊迫感のあるミステリー作品。
その舞台で、絶対“悪”であるロートを演じる加藤和樹にインタビュー。今作のこと、ほとんど初めて演じる悪役のこと、そして役者と並行して行なっている歌手活動のこと、さらには“悪”とは何か?といったディープな内容までを掘り下げる。ファンならずとも必見のインタビュー。

取材・文 / 竹下力 撮影 / 増田慶


今作はお芝居だけで見せる難しさがある

加藤さんは実際、2007年に上演された、故・青井陽治さん演出、スージー役を彩輝なおさん、ロート役を浦井健治さんが演じたバージョンをご覧になって、ショックを受けたそうですね。

11年前で、今ほど“演劇”を理解していたわけではなかったと思うのですが、集中力を研ぎ澄ました役者が生み出す会話の応酬による緊張感と、暗闇が多い演出にも関わらず、その中でも役者が見せる真摯なお芝居、舞台の醍醐味に触れた思いがして、客席で釘付けになった記憶を鮮明に覚えています。

そこで役者として駆り立てられたものはありましたか。

ロート役の浦井健治さんの、凄まじい狂気を纏った芝居が印象に残っています。さらに、浦井さんはお芝居の天才だと思っていたのに、本当はミュージカルの天才だったという事実にも驚いて(笑)。そのときに、こういう作品に自分もいつか出演したいと強く思ったんです。ただ、その当時は経験も実力もなかった。あれから11年経って経験を積みながら、30歳を超え、このタイミングでロート役をいただけたのは、とても光栄ですね。

そのときの浦井さんは加藤さんに特別な印象を残したんですね。

ええ。僕はまず舞台を観て、1967年の映画版を観たほどのめり込んだのですが、映画のロート役のアラン・アーキンは、それほど狂人ではなく、どちらかというと、冷酷な人というイメージで、ぶっ飛んでいるわけではなかった。当然、映画と舞台の演出の違いによると思いますが、本当に冷たい人間で“心”がないんですよ。浦井さんが演じたロートは、どちらかというとぶっ飛んだ性格で、叫んだり、キレたり、どこかに人間らしい“心”がかすかに見えたので衝撃的だったのですが、どちらも一貫して冷たい人間だと感じました。

お話の視点を少しずらして、いわゆる、限定されたシチュエーションが多い密室劇、会話劇、サスペンス劇ならではの面白さはどこにあると思いますか。

以前、舞台『罠』(09、10、17)というサスペンス劇に出演したのですが、例に挙げていただいた舞台は、シチュエーションが変わらないので、お客様の意識が一点に注がれるのが特徴です。つまり、場面が変わっても、どういうシーンかいっさい説明をせずに、会話だけで見せる必要があります。限られたシチュエーションの中で、役者が動いて喋って、台詞だけで舞台を成立させなければいけませんから、役者の芝居の腕にかかってくる。いくらきらびやかな衣裳を着ても、舞台美術が豪華だろうと、“役者”という存在がこういった舞台には欠かせないことを痛感しました。役者からすれば逃げ場がないけれど、お客様をずっと舞台に集中させてしまう魅惑的な要素が会話劇やサスペンス劇には潜んでいるのが面白さだと思います。

何気ない普通の生活の中で起こる悲劇を巧みに演じる面白さ

今作に関してはいかがでしょう。

凰稀かなめさんが演じるスージーがキーになります。この作品のヒロインであり、お客様が共感するポイントは必ず彼女になりますから。映画版のオードリー・ヘプバーンに負けず劣らず、凰稀かなめさんもお美しいですが、そんな彼女が実は盲目であり、何気ない普通の生活の中で起こる悲劇を巧みに演じます。それこそ演技力も必要ですが、この作品の核は、スージーの女性としての強さ、ハンデがあっても悪党の嘘や知的なトリックを暴きながら、彼らと互角に渡り合っていく火花散る心理戦が魅力になっています。

ちなみに、1967年の映画版の印象はいかがでしたか。

「よく映画にできたな」というのが第一印象でした。まず、1966年のアメリカの舞台版があっての映像化ですから、舞台の面白さを映像にするのは難しいと感じたんです。とはいえ、映像だからこそできる驚きのトリックがあったから、映画もスリルがあったし、トリッキーで楽しめたのですが、先ほども言ったように、役者のパワーが大切になります。だから、改めてオードリー・ヘプバーンはすごいなって(笑)。彼女の役づくりの凄まじさを垣間見たような気がして、本当に盲目の方だと勘違いしてしまうほどの演技に感服しました。まず、視線がブレずに、「本当は目の前が見えているのかな」と観客は思わされるのに、本人は何も見えてないという複雑な目線をつくるんです。僕は、彼女のなんともいえない魅力的な目線に、吸い込まれそうになるぐらい圧倒されましたね。

今作の脚本は、映画版や舞台版、様々な作品を経てブラッシュアップされて完成したと思いますが、お読みなられた印象はいかがでしょうか。

やはり、文字面ではわからないことが多いので、早く立ち稽古に入りたいです(笑)。脚本を読むと、映画版やこれまで上演された舞台版と同じように素晴らしい出来栄えですし、信頼の置ける深作(健太)さんが演出なので、どう料理してくれるのか楽しみです。

ロートは根っからの“悪人”

映画も舞台もそうですが、加藤さんが演じるロートは悪役中の悪役ということで歴史に名を刻むほど有名になっていますね。

今まで悪役を演じたことはあるのですが、ここまで圧倒的な“悪役”を演じるのは初めて。といっても、ただ“悪人”と言ってもいろいろなタイプがいますよね。マイク(高橋光臣)とクローカー(猪塚健太)は、状況に追い込められて、仕方なくその道を選ぶ人です。僕は生まれながらの“悪人”はいないと思っているのですが、彼はどちらかというと根っからの“悪人”なんです。“悪”を為すことが日常生活の一部になってしまって、悪いことさえ悪いと思わない人物ですね。関わったら痛い目を見る種類の人間ですから、友達にはなりたくないな(笑)。

(笑)。どのように役と接していきますか。

そこが一番難しいですね。多くの人がそうであるように、僕もロートのような悪いことをしたことがないし、当然、擬似体験もできないわけですから、どこまで“悪”に染まった役に入り込んでいけるのか。それでも、完璧な“善人”がいないのと同じで、どんな人間にも心に“悪”が巣食っているはずです。なので、自分の心に潜む“悪”をどれだけ引き出せるかが重要だと思っています。今の段階での演技プランですが、考え方や思考回路をすべて真逆に考えていく必要がありますね。そうでもしないと、ロートの核である“悪”というナチュラルなベースに辿り着けないような気がするんです。

その中で、ロートの写し鏡のようなスージーが大切になってくるんですね。

そうです。だけど、最初は騙そうと“優しそうな”彼女に近づいていき、正体を暴かれたときにバトルになるわけですから、ロートには“優しさ”はいらないと思っています。スージーを、ハンティングのように自分の“獲物”として捉えてもいいのではないか。それほど、激しい気持ちで接していく必要があると思います。当然、舞台を離れれば、僕たちは共演者なので、“オン”と“オフ”のスイッチをしっかりしないといけないでしょうね。稽古場を離れても“オン”のままでロートになりきっていると、僕が人間として“悪”に染まってしまいそうなテンションになって、日常生活さえできなくなる恐怖を覚えます。

深作健太の演出はとても繊細

演出の深作健太さんの印象を。

僕は舞台『罠』を含め、何度もご一緒させていただいているのですが、とても優しい方ですね。役者の意見を聞いて寄り添ってくれる、とても温かみがあります。どういうわけか、つねに下から見てくださって、「すみません、すみません」と謝りながらダメ出しをしていらっしゃる(笑)。ただ、どこまでも諦めずに役者についてくださるので心強いですし、譲らないところは譲らない、しっかりした芯のある方だと思います。

深作さんの演出の特徴を分析されるとどうなるでしょうか。

『罠』は、深作さんが初めて舞台の演出をされたときでした。映画監督らしく、ご覧になっている画角を映画のようなコマ割りで何個も切り取っていらっしゃった。『罠』はそういう細かい視点で目を配られたからこそ成立した舞台だったし、とても繊細な演出をされますね。

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