【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 93

Column

松任谷由実さん、「菊池寛賞」受賞おめでとうございます!! 

松任谷由実さん、「菊池寛賞」受賞おめでとうございます!! 

それを伝えるニュースのなかに、「日本人の新たな心象風景を作り上げた」とあったけど、僕がこの原稿を書くならば、「日本人を新たな心象風景へと誘った」と、そう書いたかもしれない。非常に有名な話だが、“ソーダ水の中を貨物船が通る”と書けば、音楽業界の大人に“よく分らない”と否定された時代も経験してきたのが彼女である。でもユーミンは、表現者としての意志を貫いた。彼女の歌が、まさに私達を、新たな心象風景へと誘ってくれたのだ。

そんな彼女のデビューは、あくまで作曲家だった(加橋かつみに提供した「愛は突然に」)。その後、ハイ・ファイ・セットに提供した「卒業写真」の詞を、周囲がとても褒めてくれたこともあり、徐々に作詞する能力を自覚していったという。つまりはこういうことだ。私達はユーミンを、現存する、日本で最も優れた「シンガー・ソング・ライター」として認識しているが、もともと彼女は、ソングをライトしてシングすることを、一手に引き受けるスタイルに拘泥していたわけではなかった。

それが彼女の人生に、どう作用したのかというと、ひとことで言うならば…、「あ、ありがたや〜!!」、だった。ユーミンは様々なアーティストへ楽曲提供しつつ、今日に至ったのだから。

傍らに、彼女の“提供曲リスト”がある(数年前までのものだが)。そこには作詞・作曲のものも、作曲だけのものも、作詞だけのもの(なかには共作詞のもの)も、総数的にはどれかに激しく偏ることなく記載されている。彼女には時折、“職業作家”として多忙になるバイオリズムもあり、それも含め、様々なオーダーに応えた結果が、このリストである。正直、聴いたことない楽曲が予想以上にわんさか有った。それらを聴いて、“こんな名曲が!”、というのも趣向としてはいいんだろうが、今回はやめて、先へ進む。

提供曲からご本人が選曲し、セルフ・カバーしたアルバムがある。『Yuming Compositions : FACES』(2003年)だ。このアルバムから何曲か、楽曲紹介させて欲しい。

小林麻美が歌って大ヒットした「雨音はショパンの調べ」(1984年)の場合、ユーミンの関わり方が興味深い。これはそもそも、ガゼボというイタリアのアーティストの曲を、日本語でカバーしたものであり、ユーミンが担当したのは、日本語詞だ。どう“訳した”かが気になる。

英語の原詞と較べてみると、明らかなアンサー・ソングとなっている。もともと男性目線だったものが、女性目線に変更されているのだ。

そもそもは「I Like Chopin」というタイトルで、ショパンが好きだった元カノを懐かしく思いだし、折あらばよりを戻しても…、みたいな主人公の心情が描かれている。雨はキーワードである。どうもこの天候が邪魔をして、思いを断ち切ることが出来ずにいるようだ。ユーミンの日本語詞は、オリジナルを踏まえつつ、より感性豊かなものになっている。そもそも“雨音はショパンの調べ”というタイトルは、お題こそ原曲から借りつつも、まったくオリジナルな表現である。

主人公の女性も、想いを断ち切ろうとしつつ、しかしどこかで、あの時の恋の情熱が、鎮火しきれず燻っている。雨なら鎮火しそうだが、その逆だ。雨音が、まるでショパンのように“ソラミミ”される。まるで誘惑するように…。思わず主人公は、耳を塞ぐのだ。

ショパンという音楽家のことが直接的に記号として出てくる原曲に較べて、ユーミン版のほうは間接的だ。比喩として、ショパンが登場する。じゃあショパンみたいに聞える雨ってどんな雨なんだ? 日本語は雨を示す語彙が豊富なので、さらに追求したい人は、ご自身で選定してほしい。

さて次は、「あの頃のまま」(1979年)という歌だ。ブレッド&バターへの提供曲で、彼らの代表曲としても知られている。男以上に男心の核心を知っている、そんなユーミンならではの名曲である。「呉田軽穂」の名で世に送り出したものだが、この名前で書かれたものは、相手に合わせて採寸し、仕立てたお洋服にも似てるかもしれない。それに敢えて、本人が袖を通して歌ったわけだから、『Yuming Compositions : FACES』は画期的だった。ただ、「荒井由実」や「松任谷由実」でも、採寸して仕立てたとおぼしきものは存在する。なので「呉田軽穂」という名前は、なんらかの“政治的理由”から誕生したものだったかもしれない。

「あの頃のまま」は、学生時代の仲間同士の、何年後かの物語だ。「きみ」は普通に就職し、今ではスーツ姿も板についている。いっぽうの「ぼく」は、夢を今も追いかけ、街を彷徨い、“あの頃のまま”なのだ。そんな二人が再会する。それ以外、特別なことが起こるわけじゃない。ユーミンがやったことは、再会させて、互いの人生を、再び近くに並べてみることだった。二人は馴染みの店で、あの頃に流行っていた、サイモン&ガーファンクルを久しぶりに聴く。何気ないけど凄いなぁと思うのは、この長たらしいアーティスト名が、見事、メロディに乗っていることである。このアーティストであることは重要だ。70年前後に、集中的に聴かれたからこそ、二人が懐かしむ時代が浮かびあがる。ビートルズとかレッド・ツェッペリンだと、幅広い時代に聴かれてるのでダメなのだ。

「きみ」と「ぼく」の、どちらが人生の勝利者であるとか、そんなまどろっこしいことには一切ふれてない。結論はない。ただ、幸せの形は人それぞれだと言っている。そして、[人は 自分を生きていくのだから]、とも…。一切ベタつかない、キリリと香る整髪料のような後味を残す、歌詞のこの一行が本当にイイ。泣ける。

この『Yuming Compositions : FACES』には、作詞家の松本隆、編曲家の松任谷正隆とゴールデン・トリオを組み、ユーミン自身は「呉田軽穂」で作曲家として参加した、松田聖子の珠玉の名作も含まれている。「瞳はダイアモンド」だ。聖子ちゃんはかつて、このコラムでも暫く特集した。僕はこのセルフ・カバーのなかで、一番いいなと思ったのが「瞳はダイアモンド」だった。

松田聖子の歌は“楽器的”な良さというか、さほど感情移入しないことで聴き手の思いを掘り起こすところがあったが、ユーミンの歌は、歌詞の一言一言を慈しみながら歌っている風情だ。このあたり、「瞳はダイアモンド」は自分が書いた詞ではない、というのもあるかもしれない。それゆえボーカリストとして、歌詞を解釈する楽しみを、謳歌したのかもしれないのだ。同じ“ダイアモンド”でも、松田聖子とユーミンのセルフ・カバーでは、カットのデザインが違って聞える。どちらかというとユーミンの歌は、“エメラルドカット”の趣である。

さて、ここのところユーミンを取り上げさせて頂いてきたが、残念ながら(80年代を中心としたコラムという性格上)今回が最後である。そして次回からは、80年代といえば、あの二人は外せないでしょ、という、あのデュオに登場してもらうことにする。お楽しみに!

文 / 小貫信昭
写真提供 / EMI Records

UNIVERSAL MUSIC STORE
https://www.universal-music.co.jp/matsutoya-yumi/products/toct-25401/

オフィシャルサイトhttps://yuming.co.jp


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