佐藤剛の「会った、聴いた、読んだ」  vol. 66

Column

最果タヒさんの詩集「夏の深呼吸」と、リトグリのアナログ盤「夏になって歌え」

最果タヒさんの詩集「夏の深呼吸」と、リトグリのアナログ盤「夏になって歌え」

最果タヒさんの詩集『天国と、とてつもない暇』を手にとった瞬間から、とても良さそうだという感触が身体を通じて伝わってきた。
一気に読んでしまうのがもったいない気がして、2日か3日にひとつの詩というペースで、彼女の日本語を味わいながら、新たな表現をゆっくり味わうことにした。

今日までの数日間で、冒頭の「斜面の詩」、序盤の「冬の濃霧」、中盤の「旬の桃」、それと最後の「夏の深呼吸」の4篇を読んだ。
いや、まだ4篇しか読んでいないというべきか。

どれも言葉が生きていると感じたのだが、同時に作品を味わっている自分が、今まさに生きていて呼吸をしているということを、あらためて自覚させられた。
それにしても、「夏の深呼吸」のラストは圧巻だった。

はやく、恋がしたかった。愛を知りたかった。
夢を見たかった。約束をしてみたい。
ぼくをちぎって、誰かに捧げる。
そうしてこの世界と一緒に、散る散る散る。
夏は、深呼吸。
ぼくの深呼吸。

1年以上の時間をかけて制作していた Little Glee Monster の「夏になって歌え」が、いよいよ11月14日にリリースされることが決まった。
これもまたぼくにとっては「夏に」「呼吸する」歌であり、作詞は最果タヒさんである。

昨年の2月、リトグリの武道館公演が終わってまもなく、世界に目を向けたプロジェクトの必要性についてじっくり話す機会を、プロデューサーのYさんに設けていただいた。
そのなかで、シングルCDのリリースとは別に純粋な作品づくりにチャレンジしてもいいのではないか、ということを話し合った。

それがリトグリにとって初となるアナログ・レコードに結びつくことになったわけだが、発端はこんな会話から始まっていた。

「リトグリにはまだ、これというヒット曲がない・・・」
「にもかかわらず、充実した内容で武道館公演を成功させた・・・」
「初期の作品はリトグリが成長するにつれて、歌詞から伝わってくる印象が変化してきた・・・」
「歌そのものが成長しているということは、きわめて稀な出来事ではないか・・・」
「しかし代表曲といえる曲は、まだない・・・」
「それに近いものは出来ているが・・・」
「まわりが驚くような曲には出会えていない・・・」
「10年に一度のアーティストなのだから、急ぐことも焦ることもないが・・・」
「彼女たちの心のうちにある思いや風景を描ければ、自ずと代表曲は生まれる・・・」
「問題は歌詞、ですか」
「確かに、歌詞ですね」

ふたりでそんな会話を進めているうちに、ぼくの頭の片隅に最果タヒさんのことが浮かんできた。
そして次第に存在感が大きくなってきたので、ぼくはYさんに詩集や小説、映画についての説明をして、ぜひ詩集を手にとってみてくださいと頼んだ。

その数日後、すぐにいくつか本を購入して読んだというYさんから連絡が入り、開口一番、「最果タヒさんの言葉のかけらが胸に突き刺さって、ほんとうに感情が揺さぶれました」と、興奮気味の声で言われたのがうれしかった。
そこからはまだ依頼してない段階なのに、ふたりとも「凄いものができそうな感じがする」という気持ちになっていった。

もしも最果タヒさんに了解を得ることができたならば、作曲は水野良樹さんに頼みたいということでも、ふたりの意見は完全に一致した。
それからまもなく、初夏を思わせるような日に、歌詞がさりげなく出来上がってきた。

打ち合わせもなしに届いた歌詞を一読して安堵し、期待以上の「凄いもの」ができたという高揚感のなかで、ぼくは不思議な既視感を覚えていた。
個人的に思っていた言葉やイメージしていた風景が、どういうわけか歌詞のなかに投影されているように感じられたのだ。

2年前の夏に行ったサンフランシスコでのライブで、リトグリが地元のメディアからインタビューを受けている時に、ぼくはすぐ目の前に浮かぶアルカトラズ島を見ていた。
かつては囚人たちを収容する要塞のような島だったという過去の歴史や、映画『アルカトラズからの脱出』に思いをはせながら、島の上空を流れゆく雲がさまざまに形を変えていくのをしばらく眺め続けた。

そのときの気持ちが2番の歌詞と重なって、胸が詰まりそうになってしまった。

生きてゆくため汚れた君を、
抱きしめるように歌があるから
私は息を吸う。
いくらでも、明日が来る気がした。
そのときだけ、地平線に永遠が見えるの。
夏になって歌え。
史上最高気温、この今を灼き尽くして、喉の奥。
水蒸気が作る美しいもの、
愛も過去もすべては余談なの。

それから1ヶ月後、水野良樹さんの曲がついたことによって「夏になって歌え」は、リトグリにとってマスターピースとなり得る作品になった。
自分がこれまでに関わってきた作品の中でも、ベストテン入りするクォリティだと確信できた。

ところが水野良樹さんが歌ったデモテープが届いて、Yさんとともに小躍りするような気持ちで感激してから、実際に音源が完成するまでには、そこからさらに1年という時間を必要としたのだ。
それはデモテープを聴いた段階でリトグリのメンバーが、「まだ私たちが歌える歌ではない」ので自分たちが成長するまで待ってほしいと、Yさんに申し入れてきたからだった。

そこで彼女たちの気持ちを尊重して待つことにしたところ、今年の春になって「歌いたい」との意思表示があったという。
与えられた作品をただ歌うのではなく、ほんとうに自分たちの作品にするために必要な時間を求めたというところに、リトグリというアーティストが持っている意志やスピリッツが感じられる。
こういうところに、発売日はおろかどのようにして発表するかも決めず、とにかく作品ありきで始まったプロジェクトの良さが出たと思った。

そして秋のツアーで歌い始めたところ、SNSでたくさんの反応が寄せられているが、ライブ会場ではとても好評のようでホッとしている。
ここからはこの歌を聴いた人たちがどう受けとめて、リトグリとともに歌をどのように育ててくれるのか、ファンの人たちの熱い思いに期待していきたい。

近い将来、最果タヒ=水野良樹=Little Glee Monster の「夏になって歌え」が、日本のスタンダード・ソングになる日は来るだろうか?
願わくばいつかサンフランシスコの街にも、リトグリの歌声が響いてほしいのだが…。

最果タヒ オフィシャルサイト
http://tahi.jp/

Little Glee Monster オフィシャルサイト
http://www.littlegleemonster.com/

著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートをてがける。
「マイ・ラスト・ソング」では構成と演出を担当。
2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長。
著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」~天才たちはいかにして出会ったのか』(文藝春秋)、『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)

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