Interview

「フジファブリックの音楽を聴くためだけの90分でもいい」。原作ファンでもある橋本 愛が映画『ここは退屈迎えに来て』への思いを語る

「フジファブリックの音楽を聴くためだけの90分でもいい」。原作ファンでもある橋本 愛が映画『ここは退屈迎えに来て』への思いを語る

山内マリコの処女小説を原作にした映画『ここは退屈迎えに来て』は、高校時代にみんなの憧れだった「椎名くん」を中心にした人間関係と10年後の現在までを描いた青春群像劇。椎名くんと東京に憧れた「私」を演じた橋本 愛は、原作が発売された2012年に自分で買って読んでいたという。当時の彼女は16歳で、バトミントン部のかすみ役を演じた映画『桐島、部活やめるってよ』が公開された年だった。ともにクラスの中心人物を軸にした青春群像劇であるが、似ている部分はあるのだろうか? 「好きな小説の映画化に関わるのは初めて」だという彼女に、原作への思いを語ってもらった。

取材・文 / 永堀アツオ 撮影 / 荻原大志

実はサプライズ演出だった、フジファブリックの「茜色の夕日」。

原作を読んでいたんですよね?

はい。お仕事をいただく前に原作を読んでいたのは初めてでした。発売当時だったので、おそらく16歳くらいの頃にお風呂で読んでました(笑)。だから、最初にこのお話をいただいた時は、好きな小説の映画化に自分が関われるのが嬉しくて。廣木監督の現場にも興味があったこともあり、とても嬉しかったです。

いま、22歳だから、6年前ですよね。

だから、内容はほぼほぼ忘れちゃってたんですけど(笑)、また読み返したときにすごく思い出して。懐かしいな〜と思いましたし、好きな原作の映画化に関われるっていう感動が嬉しかったので、もうちょっと本をいっぱい読んで、映画化が来た時の喜びを体験したいと思いました。

決まってから読むのとでは感覚が違うかもしれないですよね。

そうなんですよ。現場中もずっと、いち読者の感覚が半分くらいあって。作家さんには常に1番の敬意を持ってやっているんですけど、今回は好きな小説だからこそ、その思いにより強度がありましたね。

青春真っ只中で読んだ時と、今回では感じ方は違いましたか?

もっと客観的に見れるし、今は小説の構成に驚いたりするようになりました(笑)。あの時は、それぞれの章が単独で見えていたけど、いまの方が、全体がつながる瞬間の感動を強く感じます。あとは、やっぱり、“私”は東京に憧れて行きたかった人ですけど、私は全く真逆で、行きたくなかったけど連れてこられた感じだから(笑)。もともと、地元が好きでしたし。途中、そこまで愛情がなくなった時もあったけど、今はもう、それをまた超えて、熊本ってすごくいいところだなって思ってて。物事をどんどん客観的に見れるようになってきているし、土地の良さもフラットに発見できるようになってる。この本も、山内さんが心のうちに抱えていたものを吐露したんだなっていう、山内さんの存在自体を尊いなと感じたりします。

原作で読んでいた舞台に実際に立ったり、目の前にその風景があるというのはどういう気持ちでした?

最初に小説を読んだ時、門脇 麦ちゃんが演じた“あたし”が、夜明けというか、早朝の誰もいない道で「誰か! 誰でもいいんだけど」って叫んだら、ロシア人がくるっていう情景が一番心に残っていて。小説を読んで受け取ったその情景と映画が本当に同じだったんですよね。あの空気の匂いというか。撮影は5〜6月だったんですけど、それでも真冬のようなキンとした冷たさ、シンとした澄んだ空気の匂いが印象的でいいなと思いましたね。

フジファブリックの「茜色の夕日」を歌い出す流れもグッときました。これは原作にはない、映画オリジナルの演出ですが。

実はあれ、サプライズだったんです。脚本にも書いてなかった。クランクインの直前に監督から歌詞を渡されて。「これ、どうなるんですか?」って聞いたら、「お楽しみに」っていう感じだったので。どう繋がるんだろうなと思ってたけど、やっぱりよかったですね。

劇伴は全編、フジファブリックが担当してます。

本当に素晴らしかったです。特に主題歌『Water Lily Flower』で、物語の最後に底上げされて。フジファリックさんの解釈が豊かだから、悲しいとか、切ないとかだけじゃない、ある意味、肯定されるような感じも含まれていて。この音楽を聴くためだけの90分でもいいなって思うくらい(笑)、よかったです。私はもともと、フジファブリックさんが4人の頃から本当に好きで、『茜色の夕日』も、“私”と同じ高校生の頃にすごく好きで聞いてた曲なので、ご縁が重なって、より大事な映画にしたいなって思った理由の1つでもありますね。音楽、素晴らしかったですし、最高でした。

最初に読んだ時、“私”よりも“あたし”に共感してた?

そうでしたね。だから、“あたし”がやりたいって思ってました(笑)。小説では、“私”は第1章ですけど、この映画のいわゆる中心になるときに悩みました。映画『桐島、部活やめるってよ』で、かすみ役を演じた時に感じた悩みと似てるんですよね。それも、懐かしいなと思ったけど、小説に一番信じられるものがあったから、なんとかなるだろう、やっちゃえ〜っていう感じでした。

(笑)。かすみは、スクールカーストのトップグループにいながらも、映画好きだから、映画研究会にも理解があるように見えてました。本作の“私”は一度、東京に出てから地元に戻ってきていて、“椎名くん”のことを少し気にしていて。

全部がちょっとしたことなんですよね。“あたし”は(高校時代に付き合っていた)椎名くんに固執してるじゃないですか。(椎名くんの妹の)朝子ちゃんは東京にすごく強い気持ちを抱いてる。“私”は何に対しても、エネルギーの大きさがどれくらいなのか、表面的に見えにくかったので、どうしようかなと思って。私自身は、東京に腰をおろしていても、今だに居場所がないって思うし、どの世界を探しても、きっと、ここだって、腰を下ろせる場所ってないだろうなって思ってるんですけど、“私”は飄々としてるし、ちゃんと地元に帰って、ライターの仕事をしてる。ちゃんとしてる人なので、どこでも生きていけるなとは思ってましたね。

楽しみにしていたという廣木監督からの演出は?

ほぼなかったです。ただ、初日の最初だけ、「“私”っていう人は、迎えに来てっていう人じゃないから」って言われて。待つというよりは能動的に動いて行く人だからって言われたことで、全てが整ったという感じでした。それ以外は本当に何も言われなくて。私、廣木監督の映画を見ていて、特に女優さんがすごく輝いてる姿を見てきたから、私も魔法をかけられちゃうかもって思ってたんですけど(笑)、何もなくて。肩すかしみたいな感じも少しありました。

いや、後半の車の中での横顔のカットは輝いてましたよ。

すごく長いな〜と思ってましたけどね(笑)。ただ、何も言われないからといって、大丈夫かな? 見捨てられてるのかな? って不安になるわけでもなく、または、何も問題ないから言われないんだっていう自信を持つわけでもなく。その中間のわからないっていう距離感をお互いに共有してた感じがすごく心地よかったので、終わった後は、あ、楽しかったって感じました。

お互いに何を考えているのかを感じ合うのが重要だったのかな?

無言のコミュニケーションはあったかもしれないですね。柳 ゆり菜ちゃんとか、渡辺大知くんには、「今、どんな気持ちで言ったの?」とか、演出らしい演出を横でされてて。「いいな〜。言われてみたいな〜」って思いながらも(笑)、役者さんが自分の思ってることを言った時に、「それもいいけど、こうしよう」ではなくて、「ふ〜ん」と言って帰って行くんですね。役者を試してるのかなんなのか。答えを聞くのもつまらないなと思い、今回は、面白い人だな〜というところで終わらせておこうって思って。

別の作品で一緒になったときは違う対応かもしれない。

そうですね。次はちょっと変えていきたいですね。

完成した作品を見て、ほかの登場人物たちのシーンはどう感じました?

ファミレスでガールズトークをする二人がすごく面白かったです。特に、岸井ゆきのさんの、女性同士の友情だけじゃない……なんなんですかね、あれ。視野の狭い見方をすれば、同性愛にも見えるかもしれないですけど、友情や恋愛には収まらない豊かさのようなものを感じて。あの、二人のファミレスのシーンは、いい意味でゾッとします。

ちょっと混ざってみたいなっていう感覚はあった?

いや、二人はそっとしておきたい(笑)。斜め後ろくらいの席から見てたいです。

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