【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 94

Column

CHAGE&ASKA いま聴くと、“恋花”が“コイバナ”って意味に聞えなくもない「ひとり咲き」

CHAGE&ASKA いま聴くと、“恋花”が“コイバナ”って意味に聞えなくもない「ひとり咲き」

さて今週から、80年代を席巻したグループといえばこの人達、CHAGE&ASKAの登場である(チャゲ&飛鳥だった時期もあるが、本コラムではこの表記で統一する)。

実は今も、僕はいろいろとご縁がある。機会があればCHAGEに取材して、コンサートがあれば観に行って、終演後は談笑したりもする。機会があればASKAに取材して、来月5日の久しぶりのコンサートには駆けつけるだろうし、おそらく終演後、しばし談笑するのだろう。

グループというコトバを使ったけど、二人は多分に“ユニット”的である。ちなみに“ユニット”とは、合体してトータルなものになる一方で、それぞれ単体でも機能を果たす形態のことだ。“カチッ”。この音がする場合もある。“パカッ”。この音がしたままの場合もある。

ここからは、ヒストリーを書きつつ進めたいが、細かく書くと、膨大になる。高校3年の時、ASKAはずっと続けていた剣道をやめた。歌うこともいいなと思っていたので、当時、福岡で放送されていたラジオ番組「歌え若者」のオーディションを受け、見事に落ちている……、みたいなことを、小まめに拾うと膨大になる。

ただ、やはりこの話がなければ、CHAGE&ASKAも存在していないと断言出来るのが、当時のアマチュアの絶対的な登竜門だったヤマハの「ポプコン」である。ここにエントリーし、本選大会が行われる「つま恋」へ行くため、CHAGEとASKAが“合体”を果たすのが、つまりはCHAGE&ASKAの起源である。

もともとは別々に音楽をやっていた。福岡の高校の3年生の頃でいうと、CHAGEは「ビッケ」、ASKAは「ブランコ」というグループで、それぞれ学園祭を盛り上げていた(ここで話は脱線するが、アマチュア時代のこの名前、繋げて読むと、いま注目されている、才能バリバリのア-ティストの名前に、なんか似てるような、似てないような…。)ちなみにASKAは「ブランコ」での活動を、大学に進学しても続けていた。

話を戻す。彼らの「ポプコン」への挑戦は、福岡大会・九州大会と、紆余曲折ある。当初は別々にレントリーして出場していた。やがて、いっそ二人でデュオで出てみたら、という助言に従ったのが、1978年のこと。「流恋情歌」で目標だった「つま恋」の本選へと進み、入賞を果たす。翌1979年も「ひとり咲き」で入賞し、この年、デビューのチャンスを掴むのだった。

「流恋情歌」のほうも、日の目を見ている(80年にシングル・リリースされた)、あの作品は、まさに“ポプコン=つま恋”仕様だったところもある。曲の作者であるASKAも、もとかくCHAGE&ASKAでつま恋に行く…、その想いから書いた曲だと後述している。

それが何を意味するのかというと、目的がハッキリしていて、音楽性にも影響を及ぼしたということだろう。あの本選大会において名曲と呼ばれるための傾向と対策を、意識してる書いたフシがあった。

ところで本選に進んだこの2年間、彼らは7人組のバンド形態で活動をしている。しかしデビューに際して、大人の事情で二人だけになる。音楽を志す若者達を描く青春ドラマに、よく出てきそうな話だ。それを二人は、実際に体験した。実際の話となると、これはキツい。

ただ、そういう形でデビューすることになったものの、お披露目となる地元でのコンサートを、断固たる態度で「7人で演奏したい」と主張し、実現させているのだ。彼らなりにケジメをつけたのだと思う。偉い。このエピソードは泣ける。

“九州から大型台風上陸”。

メジャー・デビューの際の有名なキャッチコピーである。台風は海水温が高い南海上で発生し、九州で発生するわけじゃない。この表現は気象学上は間違っている。しかし、二人のことを“大型台風”と呼んだ発想は分らないでもない。

CHAGE&ASKAの歌の熱量の大きさを、まさに表わしている。特にデビュー曲の「ひとり咲き」がそうだ。

久しぶりに、じっくり聴いてみた。まず、出だしのところで「あれ?」っと思う。こんなにダウンタウン・ブギウギ・バンドの「知らず知らずのうちに」みたいな雰囲気だったっけ? 久しぶりに聴く曲は、頭のなかの記憶と違っていることもしばしばだ。

“恋花”というコトバが印象的に使われている。非常に巧みな当て字である。恋は、いつ散るとも分らない不確かな感情なのだ。それを今の耳で聴くと、“恋花”というのが所謂“コイバナ”のことに聞えなくもない。もしそうだとしたら、この歌は一途な想いの歌というより、もっとライトなものとして響いたりもする。
 
印象的なのは、歌詞の一人称が“あたい”。二人称が“あんた”であることだ。彼らが登場する2年前、世良公則&ツイストの「あんたのバラード」が大旋風を巻き起こしていた。もっと遡って、西岡恭蔵が72年に発表した「プカプカ」にも“あたい”は出てくる。この人称は、70年代のシンガー・ソング・ライター達が編み出した、当時の感覚でいうところのシャレててカッコいい“共通語”としての人称表現だった。そもそものコトバのルーツとしては、江戸言葉なのだそうだが…。

普段は日陰の存在になりがちな、カップリング曲にもスポットをあてよう。「あとまわし」である。当時、B面に甘んじていたから“あとまわし”なのかというと、まさかそんなことはないだろう。彼氏が歌に、音楽に熱中し過ぎて、自分のことは“あとまわし”だと歌っている抗議の歌なのだ。面白い。

デビューを掴んだ彼ら。これからさらに、音楽に精進する所存だったろう。でも、そんな彼氏を持ってしまったガールフレンドの気持ちはどうだろう…。音楽が一番で、私は“あとまわし”としょげちゃう。ただでさえデビューということで、しっちゃかめっちゃかな状況だったはずなのに、自分達のことを客体化し、別の視座から捉えている(ほんの少しだけ、自虐というパウダーも振りかけつつ)楽曲てあるのが味わい深い。

「ひとり咲き」の編曲を担当しているのは瀬尾一三である。いきなりデビューから、こんな才能あるヒトにやってもらって、二人は幸せだった。彼らのダイナミックな歌唱を、せせこましい感じではなく届けられたのは、広がりのあるアレンジのアイデアがあってこそ、でもあった。

参考文献
『10年の複雑 PRIDE』(CHAGE&ASKAプロジェクト)
別冊カドカワ『CHAGE&ASKA 完全保存版総力特集』

文 / 小貫信昭

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