Interview

どこまでもストイックに。役者・松田凌が少年社中『トゥーランドット~廃墟に眠る少年の夢~』で追い求める“ひとしずく”の極致

どこまでもストイックに。役者・松田凌が少年社中『トゥーランドット~廃墟に眠る少年の夢~』で追い求める“ひとしずく”の極致

演劇好きの叔母の影響で、小さい頃からいろんな舞台を見てきた。そして、高校2年生、下北沢 ザ・スズナリで観た1本の芝居が、彼を演劇の世界へと導いた。演劇が、彼の世界を変えた。
21歳で初舞台。以来、いくつもの舞台を踏み、今なお演劇に情熱を燃やし続けている松田凌が久しぶりに原点に戻る。それが、この少年社中第36回公演『トゥーランドット~廃墟に眠る少年の夢~』だ。少年社中を率いるのは、毛利亘宏。松田の初舞台にして初主演作であるミュージカル『薄桜鬼』で脚本・演出を務めた、言わば、役者・松田凌にとっての“生みの親”と言うべき恩師と、久しぶりに四つに組む。 しかも、本作の主題は「演劇で世界は変わる。世界を変える」。松田は、行きすぎた管理社会に演劇の力で革命を起こそうとする反逆者・カラフを演じる。演劇を愛し、演劇に愛された一人の役者が、今、これ以上ない相手と、これ以上ないテーマへと挑もうとしている。

取材・文 / 横川良明 撮影 / 岩田えり


変革をもたらそうとするカラフの気持ちには重なるところがある

この『トゥーランドット~廃墟に眠る少年の夢~』の舞台は、誰もが同じ服、同じ思考を持ち、同じ行動をする遠い未来です。こうしたディストピア的世界観に対する松田さんの印象からお話を進めさせていただければ。

今の現代社会もすでに十人十色というより、みんなが同じ行動をとるというか、協調性がすべてという世界になりつつあると思うんですね。それは善し悪しがあると思うんですけど、僕はどちらかと言うと、そういう世界に対して窮屈に感じるというか、本能として疑問が出ちゃうタイプ。だから、その中で変革をもたらそうとするカラフの気持ちには重なるところがありますね。

どこか反逆魂みたいなものが松田さんの中にもある、と?

天邪鬼なのかな(笑)。ただ反発したいというわけではなく、自分の意志をしっかり持って表現がしたいというか、自分に嘘をついてまで周りの空気に浸透したいとは思わないんですね。それで異質と言われるなら構わない。それよりも嘘なく立っていることを大事にしたくて。

体制に逆らうというより、自分の気持ちに逆らうのが嫌?

どちらもあります。実際に今回みたいな世界に自分が身を置いたら、その体制は崩したいと思うでしょうし。人生80年と考えたとして、自分の生きている世界をつまらないと思いながら、でもそこに甘んじてずっと生きていくのは、やっぱりもったいないですからね。

今回は反逆者という役どころですが、ここ最近はわりと“受け”の芝居を求められる役どころが多かった気がするんですね。そう考えると、久しぶりに“攻める”松田さんを見られるというか、どこか今より若い頃の松田さんを彷彿とさせる役になるのかな、という印象を受けました。

今回、毛利さんと久々にご一緒させていただけるということで、自分にとってもある種、“原点回帰”というか、そこからまた新しい扉を開いていくのかなという気持ちがあります。おっしゃっていただいたように、経験を重ねるごとに求められる役も変わってきて。今も青二才という意味ではそんなに変わらないんですけど(笑)、少なくとも今よりは若輩者だった自分が演じさせていただいたような役に、今このタイミングでまた任されたということにワクワクしています。

毛利さんは少年社中ではよく当て書きすると聞きますが、このカラフもやはり松田さんをイメージしてなんでしょうか?

どうなんでしょうね。そこはまだ聞いていません。でもこの役が当て書きだとしたら嬉しいな。と言うのも、僕自身が演劇が好きで、東京まで出てきて、お芝居をきっかけに誰かの人生を変えたいという想いを秘めながら、ずっとこのお仕事をやってきた人間なので。そのソウルを毛利さんが感じ取って、この役を書いてくださるなら、こんなに嬉しいことはないというか。だって、これをやっちゃったらこれ以上はないよ、っていうテーマじゃないですか。演劇で世界を変えたいなんて、なかなか言えない。でもそんなビッグマウスを掲げてやるわけですから、ちょっと身の引き締まる想いですね。

作品のイントロダクションを読んだときに、松田さんにぴったりというか、カラフを演じている松田さんが見えた気がして。でもきっと幕が上がったら、そんなイメージを更新するカラフを見せてくれると信じています。

ありがとうございます。きっと毛利さんが一番そう感じてくださっていると思うんですね。この役は、どういう松田凌を見せてくれるんだ、という毛利さんからの挑戦状。だから、何かしらの答えを僕からも提示したいと思っています。

お芝居以外の世界にもふれてみたいと思えるようになってきた

男性は人生経験がお顔ににじみ出ると思っていて。これは単なる印象なのですが、松田さんはこの1~2年でお顔がぐっと凜々しくなられた気がします。

確かにここ1~2年、人としても今まで経験してこなかったことをたくさん経験してきて。その結果として、今すごく精神状態がいいんですよ。すごく余裕を持って空気を見ることができているというか。自分が今どういう状況で、どういう役や作品を抱えて、どういうふうに毎日を過ごしていけばいいのか、ということが空気として見えるようになった気がするんですね。

それはなぜなんでしょう?

ひとつは、今までずっとお芝居に特化して日々を送ってきたんですけど、もうちょっと違う世界も見ていいんだ、と思えるようになったことがあるのかもしれません。もちろんお芝居という一本杉に愛情を注ぐことは今後も絶対に忘れたくないこと。ただ、それとは別にもっと違う何か芽を生やすこともしていきたいな、と。

違う芽?

二足三足の草鞋を履きたいですっていうことではなくて。垣根にこだわらず、興味のあるものにもっと目を凝らしていこうって。そしたら、僕の知らなかった世界がどんどん見えてきて、そうやって世界を広げていくうちに自分の小ささにも気づくことができた。要は、今まで以上にちゃんと自分と向き合えるようになったんだと思います。

それまではどこかお芝居というものに縛られてきた?

そういうところはありましたね。芝居さえちゃんとやっていれば自分の価値は見出される。だから、他のものはおざなりになったとしても、芝居だけはちゃんとやろうって。でも実はそうじゃなかった。お芝居に情熱と愛を注いだ上で、いち人間としてやるべきことややりたいことも忘れちゃいけないなと思って。ずっとそういうものは捨ててここまでやってきたんですけど、これからも僕が役者として続けていく限り、ちゃんとそういうお芝居以外のいろんなものも背負ってやっていかないと厳しいのかもしれない、ということがわかりはじめてきたんです。

そう思ってみると、ご自身の表現に何か返ってきているものがあるという手応えは感じますか?

感じますね。私生活が整ってくると、インプットからアウトプットの整理がすごくつきやすくなった感じがするんです。前はもっといろんなものを抱えた状態で、それをそのまま稽古で出していた気がして。それはそれで良い面もあったんですけど、今はもっと台本から台詞を読み取って、自分なりに意図を読解し、それを噛み砕いた上で稽古場で出すという作業がずっとスムーズになりました。スポーツ選手でもあると思うんですね。試合前にすごくいい状態で臨めるなっていう感覚が。あれにすごく近いのかもしれない。この作品を経て、またひと皮剥けられるかなという予感が、今自分の中にあります。

表現することの苛酷さを今まで以上に感じている

それこそ毛利さんの演出を受けるのは、16年の少年社中×東映 舞台プロジェクトの『パラノイア★サーカス』以来ですが、当時の自分の状態って覚えていますか?

やっぱり甘えていましたね。『パラノイア★サーカス』ではコバヤシ少年という役を演じたんですけど、あのときは「危うさ」の中に自分がいて。多くの方は、そんな「危うさ」の中にいる松田凌がいいと言ってくださった。もちろんそこは自分でも自己評価しているし、なくしたくないし、なくならないところかもしれないけれど、今はもう少し洗練されたかたちでありたいと思っているんです。

やはり今の自分が昔の自分を見たら荒削りには見えますよね。

あのときの自分はやっぱりまだ浮き足立っていたというか。それは調子に乗っていたとか鼻が伸びていたという意味ではなくて、“俺にはきっと何かができる”と信じ込んでいた部分があった。もちろん一生懸命やっていたし、仕事に対して怠惰になってはいないけど、きっともっと深められる部分はあったんじゃないかなって。

今は“俺にはきっと何かができる”と信じる部分はない?

もちろんあります。自分を信じてはいるんですけど、表現って本当に難しくて、はたして本当に自分がイメージしている通りに周りに見えているかどうかって、ものすごく疑心暗鬼になるわけじゃないですか。その苛酷さをあの頃以上に感じられるようになった、という感じです。

もともとストイックな人だと思っていましたが、何だかどんどん自己評価が厳しくなってますね。

本当ですね(笑)。はじめの言葉に戻っちゃいますが、何気に自分が自分を一番窮屈にさせているのかもしれません(笑)。

でも、そうやってどれだけ追求しても決して満足できない。完璧なものがないのが演劇の面白さなのかもしれません。

昔はきっと自分が持てる量をもっと大きく広げられると思っていたんです。でも今は量は変わらなくても、その濃度を高めていくだけで、全然深みは変えられるんじゃないかと思っていて。

どういうことでしょう?

成河さんとか高橋洋さんとか素敵な演劇人と出会って、自分の未熟さについて自分自身に突きつめた時期があって。今も正直答えは出ていないんですけど、彼らと僕の違いのひとつが“濃縮する”力の差なんじゃないかと思ったんです。

濃縮。

自分の力を最大限に高めて、それを自分の中で究極まで圧縮させた末に“ひとしずく”の何かが精錬される。その力がまだ僕には全然足りていない。だから今は大きく広げるんじゃなくて、もっともっと濃度を高めていくことを目指したいです。

この『トゥーランドット~廃墟に眠る少年の夢~』でも、そんな“ひとしずく”が出せたら、と。

出したいですね。

1 2 >