Interview

大江千里 セルフカバーをジャズの新しい試みに昇華した新作の先に、彼は何を見出したのか?

大江千里 セルフカバーをジャズの新しい試みに昇華した新作の先に、彼は何を見出したのか?

大江千里は今回のアルバム『Boys & Girls』を、“禁じ手”と呼ぶ。
シンガー・ソングライタ―として1983年にデビューした大江は、女性のラブソングライター全盛の音楽シーンの中で、男性の新しいラブソングの形を掲げて大きな支持を得た。その後、10年前に活動の拠点をニューヨークに移し、以前から興味のあったジャズとジャズピアニストの道へと進み、ライブとアルバム制作を通してその存在感を高めてきた。
今回のデビュー35周年記念アルバム『Boys & Girls』は、自身の代表曲をジャズピアノでセルフカバーしたインスト作品で、こうしたアプローチはほとんど前例がない。大江はそのことを指して、愛情をこめて“禁じ手”と言ったのだ。
さらに『Boys & Girls』の初回盤には、セルフカバーした曲の歌入りオリジナル音源がDisc 2として付いている。加えて新曲が2曲収められていて、ソングライターとしての充実も伝えてくれる。
真剣に音楽に向き合うアーティスト魂と、特異なキャリアを積んできた大江千里にしか作れないアルバムについて、おおいに語ってもらった。

取材・文 / 平山雄一 撮影 / 鈴木圭

僕は本当の意味で、シンガー・ソングライターである前に、ピアニストであり作曲家だった。

今回、千里さんの原点である母校の関西学院大学を26年ぶりに訪問したそうですが、どんなことを感じましたか?

そうですね、いろんな原点があるけど、やっぱりいちばん自分が青春の時期に悶々として、その中で明るくて胸がキュンとなるようなポップスを作ろうと思った場所、ワクワクしながら全力で作った場所に戻るっていう時間でした。僕は15歳のときにジャズに出会っているから、あの頃の20歳前後ってまだジャズとの距離も近かった場所ですよね。関学の軽音楽部は、ジャズのほうが盛んなクラブだったし。

当時、すでにジャズに出会ってたんですね。

ええ。だから僕はジャズを勉強し始めたけど、その頃ポップアーティストとしてのデビューのチャンスが来て、片手間でジャズはできないっていうのがありいったん脇に置き、全力でシンガー・ソングライターになる方に力を注ぎ始めた。だから今やってることと、あのときにやろうとしてたことは、少し似てるかもしれないです。僕は本当の意味で、シンガー・ソングライターである前に、ピアニストであり作曲家だった。その意味での原点還りって感じですね。

やっぱり関学のキャンパスに行くと、いろんな思い出がフラッシュバックするものなの?

もうね、匂いとか足の裏の感触までがね。時計台の前に行ったりすると、曲がり角にちょっと石ころが埋め込んであって、「ああ、ここ、ここ!」っていう感覚で思い出す。中央芝生にポーンって飛び込むと、その芝生の感触や首の辺りに吹く風の感じとかっていうのを、その場に立つと非常に肉感的に思い出しました。

関学では、何かレクチャーをしたんですか?

1限目と2限目の間に、30分間のチャペルアワーっていうのがあって、そこでゲスト講師として学生たちにいろいろな話をして。自分も学生の頃は単位を取らなきゃいけないから、チャペルアワーに出席してたんで、ドアを開けた途端に変わらない賛美歌の本のページの匂いとニスを何回も塗り込んだ椅子や塗り直した壁があって、「ああー!」って一瞬で当時に返るっていうフラッシュバックがありました。

それはすごいねえ。その中で学生に語りかけた。

ええ。いくつかテーマを決めて話をして、最後に「ワラビーぬぎすてて (Wallabee Shoes)」を演奏して、賛美歌の伴奏もしました。「アメイジンググレイス」をみんなで歌って。

今回の関西学院での経験は、今後に何か影響がありそうですか?

はい。

自分の曲をノスタルジーではなくて、新曲として通じるものにインタプリット(解釈)しよう、翻訳しようっていうこと

今回のアルバム『Boys & Girls』は、かなり大胆な企画だと思った。

やっぱり禁じ手ですよね。僕のポップスの時代の、しかもファンの人気投票が高そうな(笑)曲ばかりを真っ向から選んで、ジャズにアレンジしてっていう。

えっ?! 「禁じ手」って言ったんだよね。「金字塔」の聞き間違えかな?(笑)

「禁じ手」です、「禁じ手」。「それやっちゃう?」っていう感じ(笑)。

ただのカバーじゃないからね。まったく違う音楽になっている。

そうですねえ。自分の曲をノスタルジーではなくて、新曲として通じるものにインタプリット(解釈)しよう、翻訳しようっていうことなので、世界的にもあんまり例がないでしょうね。でも肩に力が入りすぎちゃって、制作過程の前半戦はちょっとトンネルに入っちゃいました。

やっぱり最初はトンネルに入っちゃった?

うん。紛れもないそのポップスの原作者自身だから、その時点ですでにベストなものを作ったっていう自負が作者の自分の中にある。だから、いくらジャズピアニストのSenri Oeがアレンジをやるとしても、かつて自分が完成させたもの以上のものはなかなか難しいだろうっていうのがあって。やっぱり原曲には原曲の良さがある。さらに無敵なのは、それを聴いてくれてたファンの数だけ想い出があるっていう。それがすでに曲の財産としてあるわけだから、それをもう一度掘り起こしてジャズにするときに、「チャラチャラ変なことやらないでね」(笑)っていう感じも大江千里的にはあり。

それはファンだけじゃなくて、自分が自分にも言いたいことだろうね。

そうそう、大江千里がSenri Oeに。でもSenri Oeとしては、ジャズでやるからには、ジャズの楽しさや、いろんな楽しいワザを使って聞いたことないような素敵な感じに仕上げたいっていう熱い思いがあって、だから最初はあの手この手でジャズのモーダルなコードをてんこ盛りにしちゃったり(笑)。

変拍子を入れてみたり。

そうそう、変拍子を入れてみたり。ちょっとやりすぎなところがあって、コ・プロデューサーの方に『「YOU」や「格好悪いふられ方」って、イントロが始まった時点で竹を割ったようにキャッチーでキュンとくるリフがあるのに、それをわざわざ変えますか!?  もっとジャズ・ファンもポップス・ファンも明快に楽しめるようなもののほうがいいのでは?』って言われて(苦笑)。「うん、そうか。そう言ってくれる気持ちはわかるけど・・・」って悩みに入って、しばらく休みました。

それが“トンネル”?

そう。で、ある日突然、気持ちが盛り上がってきて、譜面は書かずにピアノにポーンって向かい合って、ヘッドホンしながら弾いたら、ポロポロ面白いアイディアが出てきて、「あ、これ録音しとこう」って。「十人十色」、できた! あ、「YOU」もできたって。それをコ・プロデューサーに送ったら、「見えてきた! この路線だ!」って賛成してくれて。

トンネルを抜けた!

そう! ジャズには即時性があって、レコーディングも「そのときに起こったものが答えだ」っていうやり方なので最終的に変わるんだけども、方向性として非常に面白いアイディアがいくつか出てきて、「この感じだったら楽しく作れるなあ」っていうのがトンネルから抜け出た瞬間でした。でも、それはもうレコーディングの直前、1週間ぐらい前のことだった。

ははは!

でも、それが見えた時点で、続々と残りの曲もできた。「GLORY DAYS」、「帰郷」、「きみと生きたい」、「真冬のランドリエ」、「プールサイド」、「去りゆく青春」、提供曲で「10 years」、「すき」、「太陽がいっぱい」、あと「Bedtime Stories」もアレンジしました。コ・プロデューサーからも「これはもうこのままで十分ジャズになってる。これはいいね」ってOKが出てる曲もその中にいくつかあったんですよ。だけど、何故か僕が最終的に選んだ7曲っていうのは、コンサートでみんなが一緒に歌って盛り上がる曲が多かったような気がしますね(笑)。それは僕がいちばんジャズに遠いところにあるって勝手に思ってたものに、敢えてジャズピアニストとして挑戦したかったのと、客観的に代表曲だって言われるものをキチッと素敵なジャズにしてみたかったっていうのがあって。

自分の都合というかエゴではないところの何かが働いたんだね。

腹を決めたっていうか。「そういう位置づけのものを作るんだ」って腹を決めて、焦点がバッと定まったときに、「格好悪いふられ方」で「TAKE FIVE」(5拍子のジャズのスタンダード曲)のフレーズを入れるアイディアが出てきて、「これはもう恐れずにやろう」と、「わかりやすくやろう」と。

ちゃんとヒントになるフレーズも入ってるし(笑)。

(笑)「これは5拍子なんですよ」っていうのがわかるようになってる。迷って、しばらく落ち込んで、ピアノを弾かない2、3日間があって、フッと自分の中で湧き上がるのを感じてピアノに向かったときに、あの5拍子も出てきた。「ああ、これはシンプルに面白いなあ!」って。

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