佐野元春 & THE COYOTE BAND『BLOOD MOON』検証  vol. 1

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佐野元春 & THE COYOTE BAND『BLOOD MOON』検証 vol.1

佐野元春 & THE COYOTE BAND『BLOOD MOON』検証 vol.1

’80年のデビュー以来、日本のロック界に新たな風景を 提示し続けてきた佐野元春。その35周年目に放たれた、 革新と成熟が確固たる世界観を描き出すアルバムの深層に迫る。

文 / 西上典之


前作『ZOOEY』からわずか2年のインターバルでリリースされる『BLOOD MOON』は、佐野元春にとって通算16枚目、自ら設立した Daisy Music からの作品としては4枚目のオリジナル・アルバムとなる。

Daisy Music からの処女作となった2004年のアルバム『THE SUN』はホーボー・キング・バンドとともに制作された。メンバーのプレイアビリティを生かしたセッション・ワークによる完成度の高い演奏が印象に残る作品だが、タイトル・ソングである「太陽」を聴けばわかる通り、2001年の同時多発テロを踏まえて、“ここにいること”への肯定を強く希求するアルバムだったと言っていい。

2007年のアルバム『COYOTE』は現在のコヨーテ・バンドと制作した最初のアルバムであり、音楽的にはシンプルなバンド・サウンドへの回帰が顕著。このアルバムでは前作からのテーマである“生き延びること”をさらに強く意識している。“自分自身でいたいだけ”(「コヨーテ、海へ」)と歌う佐野の意識は、あてどない世界で途方に暮れながらも生き続けることに集約され、表現はシンプルであり直接的だ。

それから6年を経てリリースされたアルバム『ZOOEY』はその続編とも言うべき作品。アーティスト名義を佐野元春&THE COYOTE BANDとし、ギター・オリエンテッドなロック・アルバムになった。タイトルはギリシャ語の“ZOE(ゾーエー)=いのち”が語源。まさに“命”と題されたこの作品で、サバイバルへの意識は一層明らかである。

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Daisy Musicを設立して11年、佐野は一貫して、この困難な時代を生き延びることをテーマにしてきた。そしてその中で、表現は加速度的にシンプルに、明快になった。2本のギターでドライブして行く硬質なロックは、佐野の音楽の新しいスタンダードとなった。そしてそれは、今回の新しいアルバム『BLOOD MOON』にもはっきりと引き継がれている。

“これ以上待っていても無駄だろう”(「境界線」)と佐野が歌う通り、そこにはもはや気長に何かを待っている余裕などない。切迫した危機感の中で、佐野が今、切実に求めているのは、“今ここにいること”を取り敢えず肯定する力であり、生の本質に最短の手順で切りこんで行く直接性である。

明るい未来をもはや自動的に信じることのできない世界にあって、生き延びることが1つの闘争であるのは明らかだ。そのような、万人の万人に対する闘争こそ佐野がこの作品で“野蛮な闇”(「優しい闇」)、“野蛮なこの世界”(「新世界の夜」)と形容するものであり、その猶予のない世界では、あらゆる表現は伝えるべきことの核に直接根ざしている必要があるのは自明である。佐野は間違いなくそれを意識している。

その意味でこの作品は政治的なアルバムだ。だが、政治的であるというのは党派的であるということとは違う。我々が立つこの社会に、全ての人を等しく幸せにするだけの生産力や競争力がもはやない時、自分が幸せになることは誰かがその分不幸せになることと等価であり、我々は互いに互いを隔て合っているのにほかならないからである。

このアルバムで佐野は、そのような社会の成り立ちに怒り、苛立ち、そこにある我々の日常を告発する。政治的であるというのは、そうした社会の不寛容さや非対称性を否応なく露わにして行くということであり、我々を否応なくそれと対峙させるということ。佐野はまた新しい地平へと足を踏み出したのだ。

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→ 続きは vol.2で! 8/16 更新予定


佐野元春 & THE COYOTE BAND
『BLOOD MOON』 Now on Sale


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Track List

01. 境界線
02. 紅い月
03. 本当の彼女
04. バイ・ザ・シー
05. 優しい闇
06. 新世界の夜
07. 私の太陽
08. いつかの君
09. 誰かの神
10. キャビアとキャピタリズム
11. 空港待合室
12. 東京スカイライン

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vol.2