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東出昌大&宮沢氷魚が舞台『豊饒の海』で三島由紀夫の遺志を受け継ぐ

東出昌大&宮沢氷魚が舞台『豊饒の海』で三島由紀夫の遺志を受け継ぐ

11月3日(土・祝)からのプレビュー公演を経て、7日(水)より紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAにて上演中の『豊饒の海』。原作は三島由紀夫の遺作にして最大の問題作『豊饒の海』だ。ひとりの男の輪廻転生、さらには仏教と密教や、日本に根づく伝説・伝承をもとに、三島の西洋観や宗教観、死生観などを描いた壮大な物語となっている。そんな舞台の初日前に、フォトコールおよび公開記者会見が行われた。

取材・文・撮影 / 竹下力

不器用な人間そのものにスポットライトを当てている舞台

1970年11月25日、三島由紀夫は陸上自衛隊の市ヶ谷駐屯地で、1968年10月に結成した“楯の会”の面々とクーデターを決起して挫折し、三島の後を追った森田必勝らの介錯のもと割腹自殺をした。その直前に、まるで“自死”を決意したような遺書として、彼は『豊饒の海』を日本に半ばやけっぱちになって叩きつけるように遺した。ただ、それが彼の“自死”という行為にどれだけ役に立ったのかは、様々なところで論考・評論が出ているし、私よりも詳しい人がたくさんいるので、三島由紀夫に少しでも興味がある方は、そちらを参考にしていただきたい。ただ、彼の生き様を見るにつけ、『豊饒の海』とは、彼の果たされなかった願いや夢の象徴であるような気がする。“生まれ変わって新たな人生を歩みたい。永遠に生き続けたい”という輪廻転生の願望は、自らの西洋観、宗教観、死生観、人生観などすべての彼の哲学と相まって、ライフワークとして『豊饒の海』を完成させた。それによって彼の中で決定的な何かが充足され、彼を人間にとっての命がけにして最後の飛翔へ向かわせたのかもしれない。

そんな三島の絶筆の書の4部作すべてが“初”舞台化されると聞けば、いやがおうにも背筋に緊張が走る。シェイクスピアの作品を10時間も観ることのできた時代とは異なる観劇環境にある現代において、あの壮大な原作をどのような形で上演するのか、きっと、三島ファンならずとも演劇ファンなら期待を寄せているはずだ。今回は、フォトコールの公開だったものの、ひと言では言い尽くせないが、現代への新たな視座が見つかる、平成最後の年だからこその“今・ここ”の舞台になっていると感じさせてくれた。

今回のフォトコールで公開されたシーンは3つだった。まずは、『豊饒の海』第1部の「春の雪」からのシーンだ。「また会うぜ。きっと会う。滝の下で」という華族・松枝侯爵の息子である松枝清顕(東出昌大)の名台詞とともに舞台が始まる。本水を使った仕掛けが、まるで滝が流れているような美しいシーンを作り出し、清顕、そして彼が転生する人物になる右翼的な青年の飯沼 勲(宮沢氷魚)、タイの王女であるジン・ジャン(田中美甫)、清水港で通信員をしている安永 透(上杉柊平)と次々に入れ替わるように回転すれば、これは人の生命を糸車のように紡ぐ物語だと伝わる。

舞台が明転すると、そこは、紅葉の宴が催されている松枝侯爵邸に移り変わる。まず目を引くのが、松井るみの舞台美術だ。三島の愛した“能”を意識したという板張りの素舞台に、わずかながらの小道具が所々にセンス良く配置されている。紅葉や宴に似つかわしい垂れ幕はあるが、仕掛けはほとんどなく、フラットで静謐な趣(禅的と言ってもいいかもしれない)が漂っている。そこに4部にわたって語り部となる青年期の本多繁邦(大鶴佐助)が登場し、清顕と談笑していると、清顕の母(神野三鈴)、清顕と恋仲になる綾倉聡子(初音映莉子)、聡子の大伯母の月修寺門跡(大西多摩恵)が現れる。

彼らが会話をしていると庭園の滝口で黒犬の死骸を発見する。典雅な風景に漂うわずかながらの清顕と聡子の微笑ましい“恋心”、そして眼前に迫る闇のように深い“死”という不吉な影。そして最後に老齢期の本多繁邦(笈田ヨシ)が登場し、いわば過去から彼らを見守っている、あるいは思い出しているように見える。いずれにせよ、どのシーンにも“明と暗”という両義的なテーゼがつねに流れていたように思う。それが絶妙な均衡を保ちつつ観る人の心をワクワクするようにテンションを維持している。人物の動き、美術、所作、およそ演劇に関する余分なところは極力排し、これ以上にないシンプルな舞台を形成する。このシーンは、この舞台を表象するオープニングになっていた。

続いて公開されたシーンは、まさに舞台の真骨頂だろう。過去と現在が同じ空間で、同じ時間に再現され、「春の雪」と第2部の「奔馬」が同時に進行する。まずは波音がする。どうやらそこは海辺の家のようだ。あるいは豪奢な松枝家にとっては別荘かもしれない。そこで、清顕は本多に聡子を密かに連れてきて欲しいと頼んでいる。ここで清顕と聡子は許されぬ恋に身を落としていることが理解できる。

その中で、舞台中央に堂々と歩いていくのが「奔馬」の主人公の飯沼だ。彼は白装束で小刀を持っている。赤いスポットライトが当たり、彼は中央に正座し、上着をはだける。そしてゆっくりと小刀の鞘を抜き、眼前に刃を向け、腹を突き刺して切腹をする。

その最中、舞台の対角線上に、清顕と聡子が位置し、互いが飯沼の死の場面を通して見つめ合い、少しずつ距離を近づけ、やがて身体を重ねる。彼らはここで逢瀬を重ねていることが示される。その一方、飯沼の切腹を見つけた中年期の本多繁邦(首藤康之)が絶叫する。最後に老齢期の本多が現れ、中年期の本多に「お前は悪くなかった」といったようなことを言う。まるですべてを慈しむように。

ここでの見せ場は、ステージングを担当した小野寺修二の手腕だろう。役者によるダンスのような統制のとれた動きとわずかながらの台詞だけで、“生と死”、おそらく“エロスとタナトス”という三島の持つ思想がグロテスクというよりもさざ波のように静かに儚く表現されていた。

最後に公開されたシーンは、第4部の「天人五衰」と「春の雪」が同時に進行していく。上手に洋式の机がある。そこに老齢となった本多の友人である久松慶子(神野三鈴)と透が話をしている。どうやら、久松は、透に清顕が生前に書いていたという“夢日記”の存在を告げ、転生のこと、転生した人物はみんな20歳で死んでいること、脇腹に3つの黒子があることを告げる。

その中で「春の雪」のシーンも展開される。天井から粉雪が舞っている。その中を清顕が息絶え絶えに歩いている。「春の雪」では誰もが知るシーンかもしれない。聡子は清顕の子を宿し、不幸にも中絶して月修寺に出家する。しかし、彼女に一度だけでも会いたいと、清顕は肺病を患いながら雪道を歩くものの願いは叶わず、若き本多に“夢日記”を託し彼の腕の中で絶命する。

だがこの舞台では、その悲劇性をさらに高めるように、久松は透に過去から受け継いだ“夢日記”を渡し、清顕の生まれ変わりか賭けをする。彼は清顕の生まれ変わりだと信じ服毒自殺をするが、運よく(?)助かったものの失明、車椅子生活を余儀なくされてしまう。そして転生が生み出す不幸の連鎖をみかねた老年の本多が、出家した月修寺門跡(綾倉聡子)と再会、すべてを明らかにしようとするのだが……。このシーンでは、人間に終始つきまとう“死”のトーンを倍音のように高めていくのが印象的で、それが砕け散りラストでは見事なカタルシスをもたらしてくれた。

東出昌大は大きな体躯を使ってやるせない情念を爆発させ、宮沢氷魚は死の覚悟を滲ませた決意のある表情をし、上杉柊平は自己という存在の危うさを狂気的な所作で垣間見せ、大鶴佐助と首藤康之は語り部として十全と機能し、笈田ヨシが過去・現在の時制ですべての世界を統合するような包容力のある演技を見せる。彼らだけでなく、それぞれのキャストが己の役割を、ワークショップから稽古、そしてプレビュー公演を経て理解し、見事に果たしてみせた。

てがみ座の長田育恵の脚本は、4作に流れる“生と死”、“エロスとタナトス”、“夢と現実”などを抽出しながら、時にはぶつけて火花を散らし、時には融合させることで物語に厚みを持たせ、膨大な作品を読み解き、原作の世界観を壊すことなく、丁寧にそれでいて大胆なアレンジの脚本にしていたと思う。それでいてわかりやすく、原作を知らなくても複雑な物語についていける仕掛けをつくっていた。さらに、演出のマックスは、リズミカルなテンポのシーンをつくり、品があり、どこか超然とした雰囲気を舞台に醸し出していた。

彼らカンパニーがこの舞台で浮かびあがらせたのは、三島の50年近く前の作品のテーマが、古びることなく現代にも通用する強度を持っているということだろう。それを感じさせてくれるのは、今作が、9・11、EU離脱(ブレグジット)、シリアの内戦、問題を抱える日本の政治、取材日に行われた米国の中間選挙まで、あらゆる世界にはびこる歴史的な事件や諸問題に四苦八苦しながら、それでもなお生きようとする不器用な人間そのもの、ひょっとしたら三島が描きたかった“人間の魂”にスポットライトを当てているからではないだろうか。

三島は1966年に『憂國』という映画を監督・主演し、そこで自ら割腹自殺を演じてみせた。『豊饒の海』でも切腹のシーンが出てくる。そして、彼はまるでそれらの物語の登場人物のように1970年に“自決”を果たした。当時の人々は、「またか」というため息混じりのどこかけだるくて冷え冷えとした憂いのあるデジャヴ、場合によっては顔をこわばらせるだけのダークなパロディを感じて原作の良さを見過ごしたのかもしれないけれど、現代に甦った舞台『豊饒の海』はそんな憂いや不吉なパロディを吹き飛ばす生命力に溢れる力強さがあることを感じさせてくれた。

ただ人は生き、やがて死ぬ。そんな当たり前のことを、当たり前のことだと受け止めようとする凛とした姿の人間を今作は両手を上げて歓迎してくれる。どんな国の人も、どんな時代の人も、どんなにすれ違った道を歩んでいても、我々はどこかで必ず出会う。そうして世界と繋がっていく。あるいは世界を変えるために生きることができる。そんなポジティブな思索が50年を経た今だからこそ燦然と輝いている気がした。三島はこの作品を書くことで未来への財産を残していたのかもしれないとさえ思う。もちろんそれが答えではない。「また会うぜ。きっと会う」、観客はその言葉の重みを感じ、この舞台が現代に提示した意味を考えながら劇場をあとにすることができるはずだ。

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