黒川文雄のエンタメ異人伝  vol. 22

Interview

『FF』もう一人のキーマン 田中弘道氏(上)ハンダゴテを持った少年が坂口氏と出会うまで

『FF』もう一人のキーマン 田中弘道氏(上)ハンダゴテを持った少年が坂口氏と出会うまで

音楽、映画、ゲームなどを総称するエンタテインメントは、人類の歴史とともに生まれ、時代に愛され、変化と進化を遂げてきました。 そこには、それらを創り、育て、成熟へ導いた情熱に溢れた人々がいます。この偉人であり、異人たちにフォーカスしインタビュー形式で紹介するエンタメ異人伝。

株式会社スクウェアの前身である電友社のアルバイトからキャリアをスタートさせた田中弘道。

田中を電友社に誘ったのは「エンタメ異人伝」の4回目に登場した坂口博信。「ヤツも(大学で)浮いていた」と坂口に言わしめた田中の人生は、この選択により大きく変わった。幼少期に「鉄腕アトム」の世界観に憧れ、未来世界の壁掛けテレビを作る人になりたいと思った少年は、コンピューターの新しい可能性に惹かれゲームクリエイティブの世界に、その人生を賭した。

一見すると大柄で威圧感を感じる風貌は、話始めるとその印象は大きく変わる。良くも悪くも電気マニアの素朴さは隠せない。その温かみと真摯な物腰は業界内外からも多くの支持者がいる。

スクウェア、合併後のスクウェア・エニックスでのソフトプロデュースを知り尽くした田中弘道が何を感じ、何を想い、それぞれの作品に向かい合い、人生を生きてきたのか、今回の「エンタメ異人伝」は、田中弘道を形成するもの、彼を動かすモチベーションに迫るものである。

インタビュー取材・文 / 黒川文雄


初めて職務経歴書を書きました

坂口(博信)さんのお話の中で田中さんの話題がずいぶん出たこともありまして(注1)、前々からお話をうかがってみたいと思っていたんです。

田中 一応ね、これ持ってきたんですよ。ガンホーに入社するときに森下(ガンホー社長の森下一喜氏)に出したものなんですけど。

注1:エンタメ異人伝vol.4坂口博信氏の回において、坂口氏と田中氏との出会いや共にスクウェアに入った経緯などが坂口氏の視点で語られている。

職務経歴書じゃないですか! これをお出しになったんですか?

田中 初めての転職だったので、自分の記憶をまとめる意味でも一応書いてみようかなあと思って(笑)。

田中さんぐらいになると普通は出さないでしょう。いや、ありがとうございます。それでは順を追ってお聞きしていきたいと思います。まず、ご出身はどちらになりますか?

田中 千葉県の市川市です。すぐに引っ越してしまいまして。幼稚園時代は三鷹にいました。

七五三のとき

引っ越されたのは、お父様のお仕事の関係ですか?

田中 たまたま公団住宅が当たったからのようです。東京の三鷹市の公団住宅に当たって引っ越したんです。それが幼稚園のときです。

当時のことは覚えておられますか。

田中 そのときに通っていた幼稚園というのが音楽教育に力を入れていて、オルガンとかピアノとかを弾かされた覚えはありますね。

その幼稚園は音楽が必修みたいな感じだったんですか。

田中 そうですね。家にもその頃に買ったオルガンがありましたけど、音楽の才能はなかったです(笑)

そういう幼稚園に通っておられたということは、お父様やお母様は音楽をやらせたいと思っておられたのでしょうか。

田中 一番近いところにあったのが、ちょっと特殊な音楽幼稚園だったっていうだけじゃないですかね。

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