Interview

ズーカラデル にわかに注目度が高まる札幌発の3人組は、その状況のなかで何を感じ、その意識をどう音楽化したのか?

ズーカラデル にわかに注目度が高まる札幌発の3人組は、その状況のなかで何を感じ、その意識をどう音楽化したのか?

ちょっと不思議な名前を持つこのバンドは、北海道・札幌在住の3人組で、昨年リリースした自主制作盤『リブ・フォーエバー』が話題を呼び、今年のRISING SUN ROCK FESTIVALやSPITZが主催するイベント“新木場サンセット”への出演を果たすなど、にわかに注目度が高まっている。そんななか届けられた新作ミニアルバム『夢が醒めたら』は、つい口ずさみたくなるようなメロディと、冗談とも本気ともつかない語り口で繊細な気持ちのあやを描き出した歌詞が印象的な仕上がりだ。
ここでは、バンドの中心、吉田崇展に、前作リリースから今回の新作完成までの流れを振り返ってもらうとともに、このバンドが表現しようとしている音楽の世界についてじっくり語ってもらった。

取材・文 / 兼田達矢 撮影 / 鈴木圭

3人でやると大局的に楽曲を見て、強いところをバンと押し出して、それ以外のところは削って、「はい、出来上がり」という感じ

昨年秋まで「吉田崇展とズーカラデル」と名乗っていたバンド名を「ズーカラデル」としたのはどういう気持ちの流れだったんですか。

前作の『リブ・フォーエバー』ができたタイミングで変えたんですが、手応えのあるCDができたなというのがひとつ。それから、それまでも3ピースで活動していたんですけど、元々「吉田崇展とズーカラデル」というバンド名にしたのはどんどんメンバーを増やして10人くらいのグループにしたいと思ってたからなんです。でも、一緒にやりたいなと思うメンバーが全然みつからないし、「結局3人で形になったね」というような感覚もあったので、それで「ズーカラデル」にしました。

動画サイトを検索すると、吉田さんがひとりでやってる動画も見つけられますが、ということは吉田さんひとりで音楽を作ることもできるんだろうに、それでも人が集まって音楽を作る形を志向したのはどうしてですか。

音楽をやりたいなと思ったタイミングで同時にバンドをやりたいなと思って、だからズーカラデル以前にもいくつかバンドを組んでやってたんですけど、その都度うまくいかなかったりして、動画サイトに上がっている映像はそういう時期に「時間があるからやってみた」というようなもので、基本的にはずっとバンドをやりたいと思ってきました。

人が集まって何かを作る場合に、ひとりでやると感じないで済むような面倒や予想できないトラブルに捕らわれることも少なくないと思います。それなのに、吉田さんはひとりでやることも経験しながら、それでもバンドで音楽を作ることに向かおうとする自分の気持ちをどんなふうに感じていますか。

それはあまり掘り下げて考えたことはなかったですが、やっぱり聴くのもバンドの音楽が…。もちろん、ひとりでやってるミュージシャンのなかにもすごく素敵で、多大な影響を受けた人はいるんですけど、それでも何人か人が集まってものを作って、それをバンと出してるものは強いなと感じていて、そこに対する憧れが強かったので、ずっと一貫してバンドをやりたいねというところでやってきた感じがしています。

そういう気持ちでいるなかで、去年『リブ・フォーエバー』を作り上げたときに、ひとりで作るものではない、バンドが作った作品としての手応えを感じたということですね。

そうですね。今のところは僕が作っていった楽曲を3人で演奏するという形をとってるんですけど、僕がひとりでやると“そっちには行かないな”という方向に、今の3人でやると行くんです。もっと具体的に言うと、ひとりで宅録スタイルでやってると、どんどん小難しい方向に音を重ねていったりするんですが、3人でやるともっと大局的に楽曲を見て、強いところをバンと押し出して、それ以外のところは削って、「はい、出来上がり」という感じで、しかもそれがちゃんと説得力のあるところに落とし込める体制になっているように思うんです。だから、ひとりでやるよりもはるかに抜けが良くなっている気がしています。

(新作は)『リブ・フォーエバー』に張り合うようなものにしようと気持ちはあったかもしれないなとは思います

今回のアルバムの楽曲で、ひとりで作ったものが3人で料理することによって化けたというか広がった感じがした例を紹介してみてください。

まず、前作から今作までの間にベーシストが変わっていて、今作の1曲目の「ダンサーインザルーム」は前のベーシストで一度レコーディングしたんですけど、今の3人で詰めてやり直してみると、曲がめちゃくちゃドライブするようになったと感じていて、そこであらためてこのバンドがいい状態になったなと感じたんです。それから、最後に入っている「フライングマン」という曲は、3人のセッションで広げていった曲です。この曲は僕ひとりでやってたら絶対こういうふうにはならなかったと思うし、歌詞もそういう外部からの刺激を受けたからこそ書けた気がしていて、僕自身すごく気に入っています。

ベースの話が出たので聞くんですが、このアルバムを聴いて最初に感じることのひとつはギター・ソロを弾かないんだなということで、ベースがいろんな曲でソロを弾いたりして活躍しているので余計ギター・ソロがないことが印象に残るということでもあるような気がします。そこには、何か意図ははたらいているんですか。

単純にベースの彼がかっこいいベース・ソロを弾くから、というのはあるんですけど、アレンジをするにあたってライブで演奏してて曲がバンと勢いがつくところで音数が少なくなっちゃうようなアレンジが僕は好きではないので、高い音域でピロピロ弾くようなギター・ソロは曲の構造上入れづらいなと思ってこうなったという感じです。

ということは、音源作りのためのアレンジではなくて、ライブを前提にしたアレンジなんですね。

確かに、そうですね。基本的には「音源は音源で考えましょう」というスタイルでやっているバンドではあるんですけど…。「ギター・ソロを入れたくないんだよねえ」というのは、僕のわがままが通ったということなのかな(笑)。ギターが目立つ音楽もすごく好きなんですけど、今回はそうならなかったという感じですね。

今回の新作の制作はどういうふうに進んでいったんですか。

さっき話した「ダンサーインザルーム」、それに「漂流劇団」と「ビューティ」は前のベーシストのときに一度録音していて、特に「漂流劇団」と「ビューティ」はライブでもよくやってるのにお客さんは帰ってその曲を聴くことができないという状況だったから、これは絶対入れたいなと思ってたんですけど…。ただ、“こういうアルバムにしたいな”とか“こういうアルバムになるだろうな”というイメージは、実際に曲を詰めてアレンジして並べてみるまでまったく見えていなかったと思います。『リブ・フォーエバー』が、それまでの自分たちの規模では考えられないくらいたくさんの人に聴いてもらえて、例えば「アニー」という曲がその状況を引っ張ってくれているという感じがあったんで、それに張り合うようなものにしようと気持ちはあったかもしれないなとは思いますが。

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