黒川文雄のエンタメ異人伝  vol. 22

Interview

『FF』もう一人のキーマン田中弘道氏(下)スクエニ合併から退社。そしてガンホーへ。

『FF』もう一人のキーマン田中弘道氏(下)スクエニ合併から退社。そしてガンホーへ。

スクウェア・エニックスを辞めた理由

スクウェア・エニックスをお辞めになられたのはやっぱり体調が理由ですか。

田中 そうですね、はい。

ずっと調子が悪かったんですか?

田中 先天性の『多発性嚢胞腎』という病気ですが血圧がやや高いぐらいで普段は何の症状もありませんでした。難病指定されていて、ちょうど2011年の震災のときに入院していたのが最初のきっかけです。腎臓への感染症で高熱が出て、最初は風邪かなと思ったんですけど、2週間以上高熱が続くのでどうも違うらしいと。で、大学病院で血液検査したら白血球の値が1万を超えていて、こりゃヤバいということになって緊急入院しました。その時は2か月ほどの入院で治ったんですけどその時の抗生剤の影響で今度は腎臓が傷んでしまって、それがどんどん悪化していったんだと思います。それで、翌年ぐらいから週1回透析をするようになったんです。

それは大変だったでしょう。透析って始めたら止められないですからね。

田中 そのときはまだ週イチだったので、どっちかっていうと楽しそうと思ってやっていました(笑)。でも、そのあとガンホーに入ってすぐ、またもう1回感染症で入院しちゃいまして、そこで完全に週3回の透析になりましたね。その状態では現場にもあんまり入れないんですけど、2、3人のチームで『セブンス・リバース』(注38)を作り始めて。そのマスターが出来上がる直前ぐらいに妹の提供で腎臓移植ができることになったんです。

それで準備を進めていたんですけど、妹の腎臓にも腫瘍があることが分かりまして、「病気腎移植」になるから日本ではできないって言われたんですよ。ところが、愛媛の徳洲会病院に万波(まんなみ)先生という方がおられまして。

注38:崩壊と再生を繰り返す世界を舞台に、さまざまな冒険を繰り広げながら荒廃した村を発展させていく、ガンホーのスマートフォン向けファンタジーRPG。

ええ、有名ですよね、徳洲会。

田中 腎移植に関して天才的なその万波先生が病気腎移植をやってくれるっていうんです。厚労省が認めた、先進医療の臨床試験としてなら受けられるって。千載一遇のチャンスだと思いましたね。幸い妹の腫瘍は良性だったので無事に手術は成功し、今はもう全然透析もしていません。

腎臓移植をやると大丈夫になるんですか。

田中 もう大丈夫です。妹の腎臓が入っているんで、免疫抑制剤だけは一生飲む必要はありますけどね。でね、その病気腎移植が去年の秋にやっと正式に先進医療として認められたんです。最近万波先生のこともNHKのドキュメンタリーで特集されたりしていますね。

田中さんの臨床試験も症例のひとつとして、参考にされたかもしれませんね。

田中 だといいですね。そういういきさつで透析から解放されてからは、まだ4年経っていないです。

プロデューサーとして、若手の育成に入ろうって思ったんです

でも、大学を中退してスクウェアに入られて、ずっとやってこられたわけじゃないですか。そこを辞めるときのお気持ちってどうでしたか?

田中 その前に腎臓で入院していた時期が2カ月以上あったんで、今までどおりに現場でっていうのはもう無理だなと思っていました。もっとも、それは『聖剣2』とか『3』を作り終わったあたり、1995年ぐらいにもう痛感していましたけどね。その頃はほぼ徹夜続きで、夜中に血反吐を吐きながら仕事をしていたんですよ。

会社に泊まるのは当たり前みたいな感じでしたよね。

90年ごろの写真

田中 3カ月ぐらい家に帰っていなくて、眠くなったらビジネスホテルで寝て、また会社に戻ってみたいな状態でしたからね。もうこれ以上この調子では作れないなと思ったんで、次の『ゼノギアス』(注39)から作り方を変えたんです。プロデューサーとして自分が直接手を動かすことをなるべくやめて、若手の育成に入ろうって思ったんです。

逆に、『聖剣3』まではホントに自分がすべて決めないと気がすまない。データ構造の1ビットにいたるまで全部自分で作っていたんです。さっき言いましたナーシャ・ジベリも全部ゲームシステムに関しては僕の仕様どおりにプログラムを書いていました。多分、当時彼は飛空艇の高速スクロールやマップを歩き回るような表示系以外のゲーム部分は何を作っているか把握していなかったと思います。このデータを読んで、この計算を通した後この場所に表示しろっていう仕様書だけ渡していたので。だから、『ファイナルファンタジー』って言われても、それがRPGかどうか分かっていなかったんじゃないですかね。肝心のバトル部分については英語ではもう細かいことまで説明しきれないので、全部日本側のプログラマー達で開発していましたし。

注39:1998年にプレイステーション向けに発売されたロボットもののRPG。SF的な世界観やいくつもの伏線を織り込んだストーリーが話題となった。

ロードランナーで有名なブローダーバンド社訪問のとき。坂口氏と。

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