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映画『海よりもまだ深く』ムービーレビュー

映画『海よりもまだ深く』ムービーレビュー

昭和の良さが滲み出る是枝ワールド。
“あなたが産まれたのは平成ですか、それとも昭和ですか?”

是枝裕和監督の最新作で、第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門にも出品された『海よりもまだ深く』が2016年5月21日(土)より全国で公開となる。掲載中の是枝裕和監督インタビュー時にお聞きした作品制作のポイントを交えつつ、『海よりもまだ深く』の魅力をご紹介します。

『海よりもまだ深く』は、どこにでもあるような、ちょっと寂れた団地を舞台に、一度文学賞を受賞しただけで、いまはすっかり落ちぶれてしまった作家・良多(『歩いても 歩いても』の主人公も良多でした)と、その団地に一人で住まう老いた母親の淑子、別れた元妻・響子と11歳の息子・真悟という、夢見た未来とは違ういまを、別れ別れに暮らす “元家族” の物語です。

良多は作家としてはまったく仕事がなく、食いつなぐための探偵稼業を、興信所には取材活動の一環と嘯き、裏で依頼者や対象者から不正に小金をせしめるような“小さな男”で、大きな阿部寛さんが演じる対比にキャスティングの妙があります。家族との想い出深い団地の一室で慎ましくひとり暮らしつつ、「この子は大器晩成」と息子を気遣う、良多の優しい母親・淑子は樹木希林さんが演じられており、気遣いがあって、優しいけど、毒も吐くという樹木さんにぴったりの役柄という感じがします。

ダメ亭主を見限って離婚し、ひとりで息子を育てている元妻・響子から、月に一度の約束の日に、息子の真悟を預かって、良多は父親としての休日を過ごします。響子が団地のおばあちゃんのところに迎えにきたところで、接近してきた台風のために、この “元家族” が再び集まり、一夜限りの家族として過ごす夜がやってきます。

阿部さん演じる良多は、どんな男性にとっても、誰もが感じている「こんなはずじゃなかった」という思いに、多少なりとも共感出来る部分があり、そこがむしろ身につまされる部分でもあります。

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「別れの予感」から生まれた“昭和歌謡シリーズ”第2弾?

本作のタイトルである「海よりもまだ深く」とは、台湾出身の歌手、テレサ・テンが1987年に歌ってヒットした『別れの予感』の歌詞の中に出てくる一節から取られています。テレサ・テンは1970年代より台湾やシンガポール、タイ、マレーシアなどで人気を獲得した「アジアの歌姫」。同じ頃、日本でもデビューしますが、国外退去処分などがあって、1984年に「つぐない」で再デビューし、日本でも人気を不動のものとします。

「別れの予感」は、テレサの代表曲とされる「つぐない」「愛人」「時の流れに身をまかせ」には及ばなかったものの、これらの作品を手がけた、作詞の荒木とよひさ、作曲の三木たかしの名コンビによる隠れた名曲です。「海よりも まだ深く」、あなたをこれ以上愛することはできない、というフレーズで、愛しても愛し尽くせない痛いほどの愛を表現したドラマティックな楽曲で、いまでも多くの人の胸に刻まれています。

本作は「別れの予感」が描いたドラマティックな世界に比べると、なんの変哲もない、普通の人々を描いていて、この曲がテーマとなっていることに違和感を感じますが、是枝監督が本作を通じて描こうとした、市井の人々が感じている “みんながなりたい大人になれるわけじゃない” ということを、そうした人々が歌謡曲に求めた非日常への想いに重ねて、「海よりも まだ深く」というフレーズが出てくることで、普通の人々の持つ思いが、より深く観るものに迫ってくるようです。

「別れの予感」のように昭和歌謡がテーマになっている是枝作品には「歩いても 歩いても」(2008年)があります。こちらは1969年に大ヒットした、いしだあゆみの名曲「ブルーライト・ヨコハマ」(作詞:橋本淳、作曲:筒美京平)のサビ部分の歌詞でした。是枝監督は本作での制作に関して「他の作品と関連付けをしているわけではないのですが、(本作については)“歌謡曲?〜” というルールだけを決めていただけで、そういう意味では作り方は『歩いても 歩いても』を踏襲していると言えます」と語っています。

是枝監督は「(ストーリーをつくる上で)全然関係ないところからはじまっていて、最初に探偵が出てくるというのがありました。そこからどうテレサ・テンに辿り着こうかということがあって、『別れの予感』の中のあの歌詞が、あの台風の夜の、あの瞬間にたどり着いているのです」としています。この2作だけを取り上げて、昭和歌謡シリーズとできるわけもありませんが、少なくとも、この2作ははじめに楽曲があって描かれているという点では、昭和歌謡シリーズと言ってしまいたいようにも感じます。

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昭和は是枝作品には重要な要素

是枝作品には歌謡曲だけでなく、ノスタルジーだけではない昭和のもっていた良さが作品のそこここに滲み出ているように感じられます。それは『そして父になる』(2013年)に出てきた群馬県前橋の商店街や、『海街diary』(2015年)でも、観光客が集まるような鎌倉でも、四姉妹の住む古びた家など、普通の人々のいる景色として描かれていて、その普遍的な景色が昭和を感じさせます。

実は昭和歌謡は静かなブームの兆しがあります。もっとも昭和歌謡を聞いて人生を送ってきた人がたくさんいるのですから、ブームというわけでもないのですが、新宿にある昭和歌謡のレコードを集めた専門店には、10代の若い子や日本に興味があってやってきた海外の方までもが足繁く通っているそうです。昭和に建てられた古民家などを再生した、いわゆる「古カフェ」が全国的に持て囃されているのも昭和に注目が集まっていることの現れかもしれません。

本作の重要なシチュエーションに作品後半を占めている“台風”がありますが、ここにも昭和が隠れているのかと感じ、「別れの予感」とほぼ同時代に制作された相米慎二監督の『台風クラブ』(1985年)を思い起こさせる、とお聞きしたところ、是枝監督は「台風を描いたのは、普通の人の人生の中でもっとも非日常なのが台風だと思ったからです。相米監督の『台風クラブ』は好きな作品ですが、あれは成瀬巳喜男監督の『稲妻』(1952年)の方なんです」と明かした。

さらに「あの雨上がりの感じ、なにも変わってないんだけど…ということでは、(『稲妻』は)より素晴らしい、と。台風が行って、雨上がりに緑がきれいで。幸せな感じの、そういう映画を撮りたかった」と語っています。たしかに台風一過のなにもかも余計なものが吹き飛ばされた後のあの公園とは相通じるものがありました。

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マイフェイバリット昭和歌謡はジュリー

是枝監督にマイフェバリット昭和歌謡をうかがったところ、しばらく考えこんだ末に「やっぱり沢田研二でしょうか。“壁際に寝返りうって〜”、「勝手にしやがれ」(1977年)ですね。子どもの時に見てカッコいいな、と。その頃のジュリー(沢田研二のニックネーム)とかショーケン(萩原健一)とか、かっこよかったから。子ども心に色っぽいと思ってました」と明かしてくれた。その頃のドラマに影響を受けたのかとおたずねしたところ、「そうですね。『前略おふくろ様』(1975年〜1977年)とか、『傷だらけの天使』(1974年〜1975年)とか。原点ですね」と是枝作品の原点が昭和のドラマにあることも明かしてくれた。

次の昭和歌謡シリーズは「勝手にしやがれ」でしょうか、とお聞きしたところ、是枝監督は「昭和歌謡を題材にするのはもうしばらく撮らないと思います」としていたが、次の是枝作品にもノスタルジーではない、平成のいまに生きている昭和の持つ良さが、作品のそこここに感じられることを期待したいです。

文 / チバヒデトシ

関連記事:母をどう描き、どう演じたか。 『海よりもまだ深く』 樹木希林、是枝裕和監督インタビュー

映画『海よりもまだ深く』

笑ってしまうほどのダメ人生を更新中の中年男、良多(阿部寛)。15年前に文学賞を1度とったきりの自称作家で、今は探偵事務所に勤めているが、周囲にも自分にも「小説のための取材」だと言い訳している。元妻の響子(真木よう子)には愛想を尽かされ、息子・真悟の養育費も満足に払えないくせに、彼女に新恋人ができたことにショックを受けている。そんな良多の頼みの綱は、団地で気楽な独り暮らしを送る母の淑子(樹木希林)だ。ある日、たまたま淑子の家に集まった良多と響子と真悟は、台風のため翌朝まで帰れなくなる。こうして、偶然取り戻した、一夜かぎりの家族の時間が始まるが――。

原案・監督・脚本・編集:是枝裕和 (『そして父になる』『海街diary』)
出演:阿部寛 真木よう子 小林聡美 リリー・フランキー 池松壮亮 吉澤太陽 / 橋爪功 樹木希林

2016年5月21日(土)丸の内ピカデリー、新宿ピカデリー他 全国ロードショー

製作:フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ
配給:ギャガ
オフィシャルサイト:http://gaga.ne.jp/umiyorimo
?2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ