横川良明の演劇コラム「本日は休演日」  vol. 10

Column

舞台『いまを生きる』で出会った、宮近海斗、永田崇人という若き俳優の輝き

舞台『いまを生きる』で出会った、宮近海斗、永田崇人という若き俳優の輝き
今月の1本 舞台『いまを生きる』

ライター・横川良明がふれた作品の中から、心に残った1本をチョイス。独断と偏見に基づき、作品の魅力を解説するこのコーナー。今月は、舞台『いまを生きる』をピックアップ。感動の涙と共に出会ったふたりの若き俳優の輝きについて語り尽くします。

文 / 横川良明

今なお語り継がれる名作映画が、舞台となって甦る

1989年にロビン・ウィリアムズ主演で公開。第62回アカデミー賞で脚本賞を受賞した名作アメリカ映画『いまを生きる』。型破りな教師と名門校に通う生徒たちの交流を描いた感動作の舞台版が、この秋ついに日本初演を果たした。

舞台はアメリカ・バーモント州にある全寮制の男子高校ウェルトン・アカデミー。伝統、名誉、規律、美徳を教育理念に掲げる名門校に、ジョン・キーティング(佐藤隆太)という一人の英語教師が赴任してくるところから物語は始まる。彼の授業は何とも風変わりだった。杓子定規な教科書を生徒たちに破り捨てさせ、自分の感性で詩を楽しむ方法を教えた。歩き方ひとつで、順応性の危うさと、思うままに生きることの大切さを説いた。

アイビーリーグに合格するには、キーティング先生の授業はきっと何の役にも立たない。だけど、テストの点数や学歴では証明できない思考力や感受性を先生は教えてくれた。そんな師の言葉に、親や教師からの圧力に耐えることしか知らなかった子どもたちは、のびのびとした笑顔を取り戻していく。

登場する6人の生徒はそれぞれ少年期ならではの無邪気さや繊細さを瑞々しい演技で表していたが、中でも大きな可能性を感じさせてくれた俳優たちがいた。それが、物語の核を担うニール・ペリー役の宮近海斗と、トッド・アンダーソン役の永田崇人だ。今回は、ニールとトッドについて、そしてふたりを演じた若き俳優について、じっくりと書いてみたい。

悲劇さえも明るく照らした宮近海斗の向日性

宮近海斗は、ジャニーズJr.内の7人組男性アイドルグループ・Travis Japanに所属する21歳。俳優としても着々とキャリアを積み上げ、今年に入ってからは『特捜9』(テレビ朝日系)に鑑識員・佐久間朗役で出演。舞台では、昨年12月にノゾエ征爾が演出を務めるオールナイトニッポン50周年記念舞台「太陽のかわりに音楽を。」に出演している。

宮近が演じたニールは、成績優秀で社交的。人前に出ることが苦手なトッドを「死せる詩人の会」に誘うときも決して無理強いはせず、書記係に任命するなど、人の気持ちを汲み取れる優しさと、ニールをはみ出し者にせずにすむ方法を考えられる聡明さを持ち合わせている。自分の殻に閉じこもり気味だったトッドが他者に心を開けるようになったのは、キーティング先生の影響はもちろんだが、ニールの存在が大きかっただろう。ニールの明るさが、トッドの救いだった。

父のペリー氏(冨家規政)がニールの将来に夢を見たのも無理はない。それだけ優秀なニールにはいろんな可能性があった。素晴らしい未来が待っていた。

だが、ニールに輝かしい未来が訪れることはなかった。キーティングと出会い、生きる喜びを知ったニールは、俳優の道を志すように。決められた道を進んじゃない。初めて自分のやりたいことを見つけたニールの表情は、とてもイキイキとしていた。楽しそうだった。

その顔があまりにも爛々としていて。だからこそ、その後の悲劇が一層重く心にのしかかった。息子が演劇の道に進むことを反対した父は、無理矢理実家に引き戻し、ウェルトンを退学させようとする。奪われた自由。踏み潰された夢。そのショックは、ニールを最悪の決断に追い込んだ。

もうニールの倍以上も生きてしまった僕から見れば、あまりに早計だった。もっと他にいくらでも逃げ道はあっただろうと声をかけたくなった。だけど、あのときのニールにとっては、視界が真っ暗になるほどの絶望だったのだ。もしそれがキーティング先生と出会う前なら、こんなことにはならなかったはずだ。でも、彼は知ってしまった、夢と自由がどれだけ人生に活力を与えるのかを。だからこそ、それを取り上げられてしまうことは、死も同然だった。

ニールがもっと勝手な男の子だったら、結末は違ったのかもしれない。でも、親に逆らうには、彼はあまりに優しすぎて、そして聡明すぎた。美徳であった思いやりと聞き分けの良さが、彼を追いつめたのかと思うと、一層やるせない気持ちになる。

そんなニールの躍動と虚無を、宮近海斗はまっすぐに表現した。目鼻立ちのはっきりとした顔立ちは強い意志を感じさせ、芝居にも余計な計算や衒いがない。だから、すっと心に届く。自然と周囲が寄ってくるニールの向日性を、自分の学年にもこんな子が一人はいたな、と思わせてくれる等身大のリアリティで体現した。

特に印象的だったのが、トッドのもとに両親から誕生日プレゼントが届いたシーン。中身は、イエール大学のマグカップ。それは、去年の誕生日とまったく同じものだった。1年前に何を贈ったかさえ記憶していないぐらい両親は自分に関心がないのだ。そうトッドは嘆く。そこからのニールの思いやりのこもったジョークが素晴らしかった。きっと多くの人が、ニールのような友達がいれば、と淡く夢見たことだろう。実年齢は21歳の宮近だが、大人びた中にちゃんとあどけなさもあって、それがニールの少年性とマッチしていた。

このシーンがとても良いだけに、その後の父との対立、そして銃を構え引き金を引くまでのくだりは、思わず目を背けたくなった。それでも、この作品を思い出すときに浮かぶニールは、不思議と溌剌としていて明るい。トッドに、役者がやりたいと打ち明けたあのときの嬉しそうな顔だ。それはひとえに宮近海斗がニールを悲劇の少年ではなく、みんなを明るく照らす太陽の少年として演じてくれたからだと思う。宮近のニールなくして、本作は成立しなかった。

独特の声と佇まいで表現した永田崇人の背日性

そして、そんなニールの明るさに導かれ、暗がりから一歩踏み出したのがトッドだった。トッドを演じた永田崇人は、福岡県出身の25歳。代表作は、ハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」シリーズの孤爪研磨 役。内向的な研磨のキャラクターを、原作ファンのイメージ通りに再現し、支持を得た。

永田の強みは、その特徴的な声だと思う。ちょっと高めで、やや幼い。甘えん坊の猫のような声だ。だから一度聴いたら忘れられない。顔が見えないような遠くの席からでも、ああこの声は永田崇人だと一発で聞き分けられる、独特の声をしている。

その声が、トッドの背日性にぴたりとハマっていた。吃音という設定も自然にこなし、おどおどとしたトッドの性格がより明確に。キャラクター的に前に出てくるわけではなく、むしろ6人でいるときは台詞も少ないので、ともすると埋もれがちになる役どころだ。けれど、たとえ喋っていないときも何となく目がトッドにいってしまう。それはきっと、立ち姿から椅子の座り方まで、台詞のないところまできちんと永田がトッドとして呼吸をしていたからで、そのさり気ない存在の立たせ方に、つい唸り声をあげてしまった。

まともに人と接することのできなかったトッドが少しずつ心を解放できるようになるその感情のグラデーションも、ニールの死を知ってからの悲痛な慟哭も、ノーラン校長(大和田伸也)に脅され、キーティング先生を追放するためのサインをしてしまうまでの葛藤も、ぐっと観客を引き寄せるような演技で見せきった。

そして何と言っても最大の名場面は、クライマックス。教室を去ろうとするキーティング先生に、本当の想いを伝えようと机の上に立ち上がるシーンだ。2階席からでも十分にわかるほどに身体を震わせながら、トッドが机の上に立つ。その胸の震えが観る者にも伝わり、さざ波となって会場を揺らす。そして、あの独特の声で張り上げる「おおキャプテン! 我がキャプテン!」。その精一杯の叫びに、思わず顔を手で覆い、こぼれるむせび泣きを必死で押し殺した。

自分の意志で人生を切り開くこと。ニールの教えは、ある面から見れば確かに悲劇の要因になったかもしれない。無駄な抵抗はせず、流されるままに生きた方がよっぽど賢明だという考えは一理あるのかもしれない。それでも、あの瞬間、その小さな身体から大きな勇気を振り絞り、机の上に立ったトッドを見て、決して僕たちは自らの意志を手放してはならないと再確認した。人生を力強く生きていくために必要な勇気をもらった。

向日性のニールと、背日性のトッド。この見事な対照を絶妙なバランスで表現した宮近海斗と永田崇人は、これからどんな俳優人生を歩んでいくのだろうか。またひとつ楽しみが増えた気分だ。優れた戯曲や演出を噛みしめる楽しさももちろんありつつ、こうした若き俳優の可能性に出会えることが舞台の面白さなんだ、と。そう想いを新たにする一本だった。

舞台『いまを生きる』

10月5日(金)~24日(水)@新国立劇場 中劇場
脚本:トム・シュルマン
演出/上演台本:上田 一豪
出演:佐藤隆太 宮近海斗(Travis Japan/ジャニーズJr.) 永田崇人 七五三掛龍也(Travis Japan/ジャニーズJr.) 中村海人(Travis Japan/ジャニーズJr.) 浦上晟周 田川隼嗣 冨家規政 羽瀬川なぎ 大和田伸也

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