【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 99

Column

CHAGE&ASKAにとって、“よい経験”となった『黄昏の騎士』

CHAGE&ASKAにとって、“よい経験”となった『黄昏の騎士』

さて今回は、彼らの3枚目のアルバム『黄昏の騎士』(1982年)である。『熱風』までが持ち前の熱唱スタイルを軸にしたものならば、よりマイルドな聴き心地になったのが本作だろう。

Wikipediaを覗くと、[ドン・キホーテの生き様をテーマに、「ひたむきな愛の尊さ」をメッセージにしたコンセプト・アルバム]とある。ただ、そこまでのトータル性は感じない。むしろそれは、この作品集を引っ提げて行われた「’82春の陣 時代ヲ越エテ<ドン・キホーテ>ハ走ル」(2月〜3月)というツアーの、舞台演出にこそ色濃かったのではなかろうか。

ただ、松井五郎作詞、CHAGE作曲によるタイトル・ソングに関しては、まさにその世界観と言える(歌詞のなかにドン・キホーテという固有名詞も出てくる)。ちなみに、この歌のドン・キホーテは何に立ち向かっていくのかというと、歌を聴く限り、“真実の愛が失われつつある世の中に対して”かもしれない。

タイトル・ソングとともに重要なのは、先行シングルだ。いまもCHAGE&ASKAのファンには人気が高い、包み込む優しさに満ちた「男と女」である。さきほどマイルドという言葉を使ったが、それはシングル・リリースにも当てはまる。ノリのいいシャッフル・ビートの「放浪人(TABIBITO)」に続いたのが、このバラードだったのだ。

それにしても『黄昏の騎士』は、凄いジャケットだ。飛翔をイメージさせるアイコン的なイラストこそ『風舞』『熱風』に続き採用されているが、今回は高層ビルのてっぺんに掲げられている。そのビルにはCHAGE&ASUKA(当時はこの表記)のネオンも輝く。日本はこの数年後にバブル経済真っ盛りとなるが、そんな世の中を予感している……、という受け取り方も出来なくはない。いずれにしても、“ここで変えよう”という意志が、ハッキリ伝わってくる。

最初にアナログ盤として出た際にラストを飾っていたのが「愛すべきばかちんたちへ」だった。肩肘張らない曲調の、CHAGEとASKAの初共作作品だ。少年時代の思い出を綴ったもので、歌詞には[忘れかけた なにかを]とある。デビュー以来、全力疾走してきた彼らが、もちろん引き続き、新しいドアをノックするものの、ここではいったん、来た道を振り返ってみたかのような心情が描かれる。

本人達は、なにを想っていたのだろう。ここからは、本アルバムに関して、のちに二人が回想している記事からの引用だ。切り取った言葉だけ読むと、ネガな印象を持つかもしれないが、ちゃんとフォローするのでご安心を(引用元は『月刊カドカワ』92年6月号)。

前作の『熱風』がチャートの1位にもなっていたし、セールス的にも好調だったせいで、考えなくていいことにまでいろいろ考えをめぐらせちゃった。(CHAGE)

どこまでやればポップで、どこまでやっちゃうと滑稽かという境界線が分らなくなってた気はする。(ASKA)

まずCHAGEの発言だが、「考えなくてもいいこと」という言葉からは、リアルな心情が伝わる。頂上を目指して登っている時は、目標かハッキリするぶん楽だが、頂上に達したからといって、天空へと続くエレベーターが用意されるわけではない。いったん降りて、他の山を目指すのか、はたまた尾根伝いに動くのか…。そんな風に、普段なら「考えなくてもいいこと」を考えてしまうのだろう。

でも、多くの人々の胸に響くもの(=ポップ)を成し得たなら、次に考えることは何かといえば、普通なら、“より多くへ”、だろう。またはその逆の考えとして、だからこそ次は、周囲を気にせず、やりたいことをやる、というのもアリだったかもしれない。このあたり、非常に難しい。まだこの時期は、周囲のスタッフが彼らをプロデュースしていた側面も強かったので、尚更である。

さきほど、ドン・キホーテが闘ったのは“真実の愛が失われつつある世の中に対して”と書いた。それこそが、“より多くへ”響かせる足がかりだったのかもしれない。しかし、分母を大きくすると、漠然としてしまう危険も大きくなる。それこそが、この時点での彼らの、悩みどころだったのだろう。

次はASKAの発言である。“どこまでやればポップで、どこまでやっちゃうと滑稽か”というのは、彼らに関わらず、ポップ・ミュージックを目指す者なら誰でもぶち当たる命題である。ASKAは“滑稽”という表現を使っているが、これは即ち、“自分らしさ”からの距離感のことだ。それをどこまで容認するか、である。

ASKAが書いた「琥珀色の情景」という作品が収録されている。歌詞に[ゆり椅子にひとり]という表現が出てくる。“ゆり椅子”とは“ロッキングチェア”のことだ。この当時、実生活において、彼は部屋にこんな椅子を置き、それに揺られ、物思い耽ったりということが実際にあったのだろうか? いやいやこれは、単なる歌詞のなかだけの空想か? “自分らしさ”からの距離感とは、詞のディテイルにも影を落とす。

詞はCHAGEと松井五郎が共作し、CHAGEが作曲した「月が海にとける夜」でいうなら、[ぼくは淋しがりやなのかもしれない]という表現だ。松井との共作ではあるが、こうしたパーソナリティに関わる表現というのも、“自分らしさ”からの距離感という命題の対象となる。これを歌うことは、自分にウソをつくことではないのか、俺はマジで“淋しがりや”か、みたいなことだ。

もちろん歌詞だけでなく、コードの展開なども、“らしさ”から離れていく勇気というのが必要だった時期かもしれない。その意味で、詞をASKAと松井五郎が共作し、ASKAが作曲した「南十字星」などは、新たなポップ観がよく表われている作品として響いている。

松井五郎は詞の「作家」として、日本を代表する存在へなっていく。「作家」なので、どんなテーマも呼び込むことができる。一方、この時点でのCHAGEとASKAは、シンガー・ソング・ライターという名の「私小説作家」の面影を宿していた。『黄昏の騎士』は、そのあたりのことを越えていく意味でも、とてもいい経験になったのではなかろうか。

文 / 小貫信昭

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