Interview

原田知世 デビュー35周年を経て放つ新作を語る。「演じるように歌いたい」境地とは?

原田知世 デビュー35周年を経て放つ新作を語る。「演じるように歌いたい」境地とは?

2017年のデビュー35周年を経て、原田知世が4年半ぶりのオリジナル・アルバム『L’Heure Bleue (ルール・ブルー)』をリリースする。2018年は、NHK連続テレビ小説『半分、青い。』への出演が話題を呼び、女優としてもますます活躍する彼女だが、1982年のデビュー当時からコンスタントにアルバムを発表し、女優のみならず音楽ファンにも愛される存在に。ニューアルバム『L’Heure Bleue』は、2007年からの音楽パートナーである伊藤ゴローをプロデュース/作曲/アレンジに迎え、作家陣に堀込高樹(KIRINJI)、土岐麻子、高橋久美子(ex. チャットモンチー)、 辻村豪文(キセル)ら多彩なアーティストが参加。美しく切ない短編映画を思わせる世界観からは彼女の新たな音楽への姿勢とパッションを明確に伝えている。

取材・文 / 佐野郷子 撮影 / 板橋淳一

35周年アニバーサリーを終えて、肩の力が抜けて楽になったんです。

昨年のデビュー35周年は、歌手としてのキャリアを代表するナンバーをセルフ・リメイクした『音楽と私』、『私の音楽2007 – 2016』をリリース、35周年アニバーサリー・ツアーも開催されました。ご自身で振り返るといかがでしたか?

原田 去年は初めてセルフ・リメイク・アルバムをリリースして、これまで応援してくださった皆さんに全力で恩返しをする1年になりました。アニバーサリー・ツアーの最終日(Bunkamuraオーチャードホール)は、ちょうど私の50歳のお誕生日だったのですが、ライブを終えたら、不思議なことに肩の力がすっと抜けてすごく楽になったんですね。そこで一度リセットできた気がします。

35周年ということで、ご自身で思っていた以上に気が張っていらした?

原田 そうですね。気持ちがすごく変わりました。35周年で一区切りついたという感じで、これから先はもっと気持ちをゆったりと、楽しみながら、自由に生きていきたいという心持ちになりましたね。

ご自身の代表曲をあらためてカヴァーして気がつかれたことはありましたか?

原田 セルフ・カヴァーでずっと歌っていなかった過去の曲も自分なりに昇華して、歌えることができたのは大きかったと思います。アルバムもコンサートも、「時をかける少女」も含めて、皆さんに喜んでいただけることを最優先して選曲しました。

その前にはカヴァー・アルバム『恋愛小説』(2015年)、『恋愛小説2〜若葉のころ』(2016年)もリリースされていますが、そこで発見されたことはありますか?

原田 女優のお仕事、映像のお仕事は、基本的に作品と一期一会なんですよね。でも、歌は何度でも出会うことができる。セルフ・カヴァーでいちばん実感したのは同じ曲でも違うアプローチができるし、時間をかけて歌を育てていくことができるということでした。他のアーティストの方の曲をカヴァーする時はお手本がまずあるので、自分では歌わないタイプの曲や歌い方を学ぶことができました。この3年は私自身、歌うことを楽しめた日々だったと思います。

時を経ても、十代の頃の曲を歌うことができるのは原田さんの個性に寄るところも大きいのでは?

原田 私も20代、30代の頃は、十代の時の曲をどう歌っていいか分からなくなったことがあったんですが、ここまで来ると、不思議と大丈夫なんですよね(笑)。長く続けていると、自分でも予想がつかなかった面白いことが起きるんです。

一瞬一瞬を大事に歩んでいきたいという思いから見つけた言葉“ルール・ブルー”

新作『L’Heure Bleue』は、今年、原田さんが出演されたNHK連続テレビ小説『半分、青い。』を連想してしまったのですが?

原田 繋がっていると思います。歳を重ねると、年々時間が経つのが早く感じられるようになるといいますが、私自身も時間の流れが以前とは変わってきたなと感じるようになりました。『半分、青い。』で私が演じた和子さんは61歳で亡くなるのですが、20代から演じた役でしたので、そこでハッとしたんです。若い頃は時間が無限にあるような気がしていたけれど、人生には限りがあると。だからこそ一瞬一瞬を大事に歩んでいきたいなと思ったんですね。そういう気持ちを何か表現できないだろうかと思っていたときに、たまたまみつけた言葉が“ブルー・アワー”、フランス語だと“ルール・ブルー”だったんです。

 “日の出前や日の入り後に空がブルーに染まるひととき”という意味だそうですね。

原田 そうです。目をこらさないと見えない瞬間。時の流れは目に見えないけれど、それを感じることができる貴重な時間ともいえますね。

ゴローさんとのお仕事にはいつも新鮮な発見と驚きがあります。

今回も近年の原田さんのアルバムのプロデュースを務めている伊藤ゴローさんとタッグを組んでいますが?

原田 ここ10年ほどはゴローさんにお願いしていますが、お互いに色々変化していて、いつも新鮮なんです。ゴローさんは音楽的にどんどん進化されていて、毎回、自分の歌も編曲やサウンドも発見と驚きがあります。

静謐でいて、内に熱いものを秘めた音づくりが、現在の原田さんの像とも重なるようですね。

原田 そうですね。ここしばらくは生楽器の温かいサウンドがメインだったので、今回はあえて打ち込みをメインにして、少し攻めている部分があってもいいかなと思って制作しました。かといって、これまでのリスナーの方を突き放すような作風ではなくて、ちょうど良いさじ加減になったんじゃないかと思います。

先に完成されたトラックがあって、そこにボーカルを入れていく作り方なんですか?

原田 いえ。最初はなんとなくメロディーが分かる程度のトラックから始まって、歌詞が出来て、歌って、最終的にゴローさんがミックスの時に音を増やしたり、減らしたり……。だから、曲の全貌は歌っている私も最後の最後まで分からないんです。ゴローさんの中にはきっと完成形が見えているんでしょうけど(笑)。

私の声を使った物語の脚本をいただいて、それを演じるように歌いたい。

様々なアーティストの方が作詞を手がけているのも本作の特徴ですね。

原田 “ルール・ブルー”というキーワードをお伝えして、短編映画や短編小説を描くようなイメージで、私の声を使って何か物語を書いてください、という感じで皆さんにお願いしました。私は自分で作詞した曲以外は脚本をいただいて、それを演じるように歌いたいなと。

高橋久美子さん(ex. チャットモンチー)が作詞の「銀河絵日記」がリード・トラックになったのは?

原田 高橋さんの世代が私の年代に歌詞を提供されることは珍しいのではと思いますが、「銀河絵日記」はファンタジックな世界ではありますが、実は大人っぽい歌詞でもあったりして、その絶妙なバランスが素晴らしいと思います。この曲は歌詞を頂いて、そこからゴローさんがメロディーをつくったのですが、言葉を生かすメロディーも素敵で私も感激しました。

宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』をモチーフにしたロマンチックな絵が浮かぶ歌詞ですね。

原田 そうなんです。小さいお子さんにも覚えてもらえて、大人の方の胸に沁みるポップな曲はなかなか出来ないので、これは奇跡のような1曲だと思います。高橋さんにはもう1曲「2月の雲」も書いていただきました。これも素敵な歌詞で、学生時代の甘酸っぱい記憶を描いた内容ですが、むしろ大人が聴いてキューンと響くような歌なんですよね。

土岐麻子さん作詞の「ping-pong」は、ハッピーでポップなテイストがいかにも土岐さんらしい。

原田 これも歌詞が先でした。今までこういうタイプの曲はあまりなかったのですが、楽しんで歌えました。可愛くてハッピーで、幸せそうな女性の顔が浮かんでくるような歌ですよね。ぜひ土岐さんのバージョンも聴いてみたいです。

KIRINJIの堀込高樹さん作詞の「風邪の薬」は、弦が入りドラマチックなアレンジで風邪の時の少し不安な気持ちが表現されていますね。

原田 歌詞の中に「おかあさん」が出てくるのも初めてですし、このメロディーからこんな世界が生まれるとは想像もつかなかったので、すごく新鮮でした。小さい頃の心細い記憶がよみがえり、情景が見えてくる歌詞ですよね。

音楽では実年齢をあまり意識しないでチャレンジしてもいいかなと思います。

歌詞を手がけた方々は原田さんの声と存在感を想定していると思うのですが、原田さんが「演じるように歌う」ことで、世代や時を超えて響いてくる気がしますね。

原田 女優のお仕事と違って、音楽では実年齢をあまり意識しないで、色々な歌にチャレンジしてもいいかなと思っています。私の声の質もあると思いますが、作詞していただいた皆さんが創意を凝らしてくださって嬉しかったです。

キセルの辻村豪文さんは、「くちなしの丘」(『music & me』)以来になりますが、「わたしの夢」も原田さんの声の佇まいにふさわしい曲ですね。

原田 「くちなしの丘」は大好きな曲で、ライブでもずっと歌ってきましたが、まったく飽きないし、自分にすごくフィットするんですね。辻村さんにはいつかまたお願いしたいと思っていて今回10年越しで実現しました。キセルはキセルの世界観をブレずにずっと保ち続けているとあらためて感じました。

言葉も音数も少ないのに芳醇な音楽になっていますね。

原田 そうなんです。余白がたくさんあるので、私の声でどういう風に色をつけていくかを意識して歌いました。ストレートに歌うと、キセル独特の魅力が損なわれるような気がして、何も持たない人の強さみたいなものをどう表現しようかと私なりに考えましたね。

アルバムは歌詞の世界や原田さんの歌を丹念に汲み取り、いわゆるJ-POPとは違う新しい流れのポップスを提示していますね。

原田 そうかもしれないです。私は声を張って歌い上げるタイプではないので、心地良く響く声を表現するために色んなキーで歌ったり、転調してみたりと、ゴローさんが試行錯誤を重ねながら粘ってくれたおかげです。

音楽は私にとってホッとできるホームみたいな場所なんです。

90年代にトーレ・ヨハンソンのプロデュースでアルバムを制作され、「ロマンス」がヒット、そこでシンガーとしての原田さんのファンになった人も多かったと思いますが?

原田 そういえば、トーレさんとゴローさんの音の作り方はちょっと似ていて、後で編集・ミックスした音がもともとのデモとまったく違うアレンジになっていたり、すごく自由に音をつくられるんですよね。今思えば、それ以降、自分の声を預けて自由に料理していただく気持ちになったように思います。女優としてではなく、私のアルバムを聴いてくださるリスナーの方も「ロマンス」の頃に増えたので、歌い手としてとても嬉しかった記憶があります。

女優として活躍されながら、コンスタントにアルバムを発表されているのも原田さんならではの立ち位置になっていますね。

原田 ここ数年で女優と音楽の両方を無理することなく行き来できるようになりました。たぶん、気持ちに余裕が出てきたんでしょうね。自分で時間をつくろうとしないと、次のお仕事が入ってきますから(笑)。今はゴローさんやスタッフとチームのような関係で音楽と向き合えているのも大きいですね。女優業は毎回現場の人が変わるので、音楽は私にとってホッとできるホームみたいな場所でもあるんです。

そのホームのような場所でこれからも歌い続けていく?

原田 次も良いアルバムをつくりたいと思って、その時々で色んな方の力をいただいて、ここまで来ることができました。今は歌い手として女優さんが色々な役を演じていくように歌っていけたら、もしかしたらそれが私の個性なのかもしれないなと思うようになってきました。35周年を経て、今は登っていた山からまた違う景色が見えたような感覚です。

その他の原田知世の作品はこちらへ

ライブ情報

原田知世Special Concert 2019 “L’Heure Bleue”

2019年1月28日(月)東京・NHKホール

原田知世

1983年、映画『時をかける少女』でスクリーンデビュー。以降、数多くの映画、ドラマで活躍。2018年はNHK連続テレビ小説『半分、青い。』、WOWOW連続ドラマW「不発弾 ~ブラックマネーを操る男~」、映画『あいあい傘』に出演。デビュー当時から歌手としても活動し、「時をかける少女」「天国にいちばん近い島」などのヒットを放つ。1990年以降はプロデュースに鈴木慶一、トーレ・ヨハンソンを迎えてアルバム制作し、新たなリスナーを獲得。近年はプロデューサーに伊藤ゴローを迎え、オリジナルやカヴァーなど充実したソロ・アルバムを発表しているほか、高橋幸宏らと結成したバンドpupaにも在籍。昨年のデビュー35周年では、新録のセルフカバーアルバム『音楽と私』、10年の歩みをコンパイルした『私の音楽2007-2016』をリリース。全国5か所で「原田知世35周年アニバーサリー・ツアー“音楽と私”」を開催した。

オフィシャルサイト
http://haradatomoyo.com/

フォトギャラリー