【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 100

Column

CHAGE&ASKA だらだらアンコールはやらないライブの確立と『熱い想い』

CHAGE&ASKA だらだらアンコールはやらないライブの確立と『熱い想い』

あのアーティスト、あんなことやったみたいよ? じゃあ、ウチもやる? 正直言って、これではダメなのである。こんなこと面白そうだけど、ムリかも…。でもとりあえず、やってみる? こっちのほうが、新たな道へと繋がる可能性が高い。思えばCHAGE&ASKAの歴史というのは、“ムリかも…”への果敢な挑戦の連続だった。

彼らは1982年の5月に、『熱い想い』という新作をリリースしている。これは映画『真紅な動輪』のサウンドトラック盤として制作されたものだった(銀幕を背に、映画のスチールのスライドを重ねたジャケが凝っている)。映画自体は、日本では姿を見ることがなくなったSLを、中国の広大な大地へ渡り、追い求めたドキュメンタリーである。

よく、アーティストが、映画の主題歌を担当する、というニュースは聞く。その場合、映画そのものを意識する度合いは、まちまちである。台本を読み込んで作るヒトもいれば、“これなら合いそうだ”と、手持ちの曲を提出するヒトもいる。しかし彼らにとって、『熱い想い』というのは、本格的なサウンドトラックへの取り組みだった。その典型が、「THEME FOR “PACINA” (Instrumental)」と「THEME FOR “BUJUN” (Instrumental)」である。前者がASKAの作曲で、後者はCHAGEの作曲だ。

あまりこういう記事もないだろうから、このふたつをじっくり聴いてみることにしたい。ちなみに“PACINA”と“BUJUN”は、どちらも映画に登場する、その存在が幻とも言われた貴重なSLのことであり、その佇まい、大地を走り駈ける姿からインスパイアされ、彼らは曲を作ったと思われる。

まずはASKAの作品から。アレンジは、当時のサポート・バンド、火魔神のキーボード、平野孝幸だ。汽笛から始まり雰囲気を盛り上げる。ASKAが描きたかったのは、SLの鋼鉄の勇姿そのものより、もし汽車が心を持ち、車庫で休んだり、再び動き出したりという、そんな姿を擬人化出来たなら、ということだったのではなかろうか。もちろんインストなので、平野の音楽性も大きな力となっているのだろうが。注目すべきは、途中、ASKAも親しんだであろう、映画音楽の巨匠、フランシス・レイの影響が感じさせる点である。彼は映画『ある愛の詩』などに感激した世代であって、あの映画の音楽は、フランシス・レイだった。

続くCHAGEの “BUJUN”だが、こちらはアレンジャーとして、当時の火魔神のベーシスト、後藤真和が担当している。ASKAの曲とは、アプローチが違う。フュージョン・ミュージック的な作風であり、音は西海岸風の乾いたものだ。リズム・アレンジにも重きが置かれ、♪トゥトトゥ〜ンという、シンセ・ドラムの音が、とってもとっても80年代っぽい聴き心地でもある。ただ、CHAGEが思い浮かべたメロディ・ライン自体は、どこかオリエンタルであり、哀愁がある。ASKAとの違いでいえば、こちらはSLの擬人化というより、SLが軽快に大地を駈けていく、まさにその姿に重きを置いている。蒸気がシリンダーを、シリンダーがピストン、そして動輪へという、このあたりのシステムは万全、抜かりなし…。まさに疾走感が届いてくる。

もちろん『熱い想い』は、全編インストってわけではない。収録されたオリジナル曲のなかで、当時、とても話題となったのは、さきほどの“PACINA”を最愛の女性に例えて歌った「熱い想い」だった(作詞は松井五郎とASKA 曲はASKA)。『10年の複雑 PRIDE(上)』(角川文庫)によると、あまりにもこの歌の“最愛の女性”への想いが切々としたものだったので、「ASKAさん、結婚するんですか!?」というファンからの問い合わせが、事務所やレコード会社に殺到したとか…。

このアルバムのあと、彼らは7月から12月まで「御意見無用’82」のツア−に出る。この年の2月から3月にかけての「’82春の陣 時代ヲ越エテ<ドン・キホーテ>ハ走ル」は、MCに至るまで微細に構築されたもので、それはそれで試みとして評価されたものの、アーティストとファンがエネルギーを交歓する、ライブ本来の喜びとはやや違ったものだった。

その反省もあり…、とはいえ、ただ単に、それを解消し、元に戻すだけなら進化は望めない。前回のツアーの、“事前に構築する部分”は残しつつ、しかも彼ら本来のライブの熱狂が巻き起こるようなもの……、それが今回、試みられたのだ。

上手い具合に、というか、『熱い想い』で映画のプロジェクトに関われたのが大きかった。関連のスタッフとも交流が生まれ、また、CHAGE&ASKA自身も、映像作品への興味が増していた。その時、生まれたアイデアが、ライブのオープニングとエンディングに、ショート・ムービーを制作し、上映する案だ。実際に、どんな映像だったかに関しては、コマ割りまで詳細に『10年の複雑 PRIDE(上)』(角川文庫)のなかに書かれている。オープニングは11分間の作品で、二人がコンサートに臨むまでのことが、それぞれの立場で描かれている。二人の役割は、CHAGEが長屋に住んでる下町坊やで、ASKAが豪邸に住む貴公子…。ハッキリと(いや、ハッキリし過ぎているぞ!)、正反対のキャラづけがされていた。

そしてライブが終了したあと、エンディングには6分のショート・ムービーが。こちらはライブ終了後の彼らをドキュメンタリー・タッチで追い、廊下を去って行く姿を最後に、そこに映画さながらのエンドロールが流れる趣向だった。ライブに映像を用いることは、別に珍しいことではなかった。しかし、ここまで本格的にコンセプトとして貫いたのは、CHAGE&ASKAが初めてだった。様々に存在する、彼らの“初めて物語”のひとつが、つまりこの、オープニングとエンディングのショート・ムービーだったのである。

「朝までやるぞぉ〜〜〜」。昔のコンサートで(もしかして今も?)、よく聞かれた台詞である。しかしアーティストがそう叫んでも、予めそのように準備されたオールナイト・ライブでない限り、朝までなんて、やらないのである。また、そもそもアンコールというものも、予め用意されていて、しかも、意外にアンコールのほうが充実してたじゃなぁ〜い、なんていうのは、詭弁である。本編で全身全霊を出し尽くし、ハイ、終わり。本来、ライブというのはそういうものだ……と、当時の彼らが考えたのか不明だが、この「御意見無用’82」というツアーが、その後の彼らにもたらしたものは非常に大きかった。事前に構築する喜びと、やってみないと分らない、ライブならではの喜びが、いいバランスで成立する場所を、彼らは見つけたのである。

文 / 小貫信昭

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