Interview

斎藤工「絵に描いたような王子様役をいただくのは最後かな」

斎藤工「絵に描いたような王子様役をいただくのは最後かな」

俳優として、映画や舞台、テレビドラマで活躍する一方、映画館のない地域や被災地に映画を届けるプロジェクト「cinéma bird(移動映画館)」を発案したり、映画監督として短編映画を撮ったりと、映画を愛する映画人として、幅広い活動を展開する斎藤工さん。
初の少女漫画原作のラブコメかつ“王子様”役としての出演となった、映画『高台家の人々』。さえないOLの木絵に壮大かつロマンチックな妄想をされるエリート青年・光正役にチャレンジした斎藤さんに、話を聞きました。

取材・文 / 鈴木沓子
撮影 / 増永彩子


今回斎藤さんにとって、初めてのストレートな恋愛映画、かつ絵に描いたような王子様役でしたが、演じられた感想を教えてください。

こういう役をいただくのは、最後だなと思いました。こういう役柄をよく演じているイメージがあるようなことも言われますが、実際はほとんどなくて、たいがい殺すか、殺されるか、不貞に走るかっていう役回りが多いんです。ですから、すごく貴重な経験になると思いましたし、チャンスなんじゃないかなと思いました。新しい役柄にチャレンジするのは怖いことでもあるけど、新鮮な気持ちで臨ませていただきました。
それから、少女漫画を実写化するというフォーマットって、ここ数年で増えているので、ひとつの日本映画のジャンルとして確立してきていると思うんです。その仕組みがどうなっているんだろうというところは、外から見ているだけではよくわからない部分があったので、出演者として関われたこと、完成して公開に至るまでパブリシティの打ち方、関わり方も含めて、自分が普段関われないタイプのお仕事なんじゃないかなと思って、この今日の取材も含めて、貴重な経験をさせていただいているという感じがしています。

映画『高台家の人々』 斎藤工インタビュー

映画の中で、心を閉ざした光正が「木絵となら一緒にいられる」と思った理由は、どこにあったと解釈して演じられましたか。

「彼女を逃したら、もう二度と自分の内側に色が宿ることはないんじゃないか」と思わせるラストチャンス感があったと思います。彼はすべてにおいて人生を諦めていて、能面のような顔で生活を送っている中で、唯一彩りを与えてくれたのが木絵さんだった。彼女を失ってしまったら、どういう人生が待っているのかわかっているので、木絵しかいなかったんでしょうね。強みというか弱みの部分で彼女しかいないと思ったのも、何でも持っている彼だけど、一番大事なものを持っていなかったということなんじゃないかと思います。
この映画が面白いのは、前半は光正がイニシアチブをとっているように見えますが、それが、だんだん逆転するところです。

スクリーンからも、撮影現場の雰囲気の良さが伝わってくるようでした。

非常に華やかな方たちが集まっていて、でもみなさん、自分のゾーンというか空間を持っていらっしゃる方だと思いました。僕は雰囲気を見せかけているだけ、実際はすごくふにゃふにゃしているので、「役者はこうでないといけない」とも思いましたし、みなさんの作り出す世界観をまぶしく見ていました。
撮影現場ということでいうと、漫画原作という映画の在り方として、どこを重視するかというポイントがありますが、今回なら妄想シーンです。そこをどう描くかで非常に映画が左右されるので、妄想シーンを中心に制作体制を組んでいて、衣装合わせが5時間かかったりとか。僕ら以上に、制作チームの方が大変ですけど、ここに賭けているんだなというのが見えたので、実写化する意味をどこでどう持つことがすごく大事だということを学ばせていただきました。

©2016 フジテレビジョン 東宝 集英社    ©森本梢子/集英社

©2016 フジテレビジョン 東宝 集英社 ©森本梢子/集英社

映画をご覧になった感想を教えてください。

原作はファンタジーに見えるけど、僕には到底ファンタジーには見えなかった。彼ら(高台家の兄妹)が持つテレパスという能力は単なる十字架というだけではなく、いま僕らが直面している社会問題を投影していると感じましたし、先生はそれを表現されているのかなと思いました。例えば、本音らしきもの。心の声。それは本来とても無責任なものだと思うんです。僕らみたいな仕事をしていると、少なからず辛辣な声が届いてくることってあります。そんな時に、「相手は匿名なので相手にしなければいい」という論理もある。でも棘のある言葉の中にも、真実や核心があって、共感することもあります。とはいえ、人間、知らなくていいことってあると思うんです。僕も他人に対してそうですが、言葉に責任を持たずに乱雑な感想を持ってしまうこともあります。でもそれは、伝える必要のないもの。公人であるということは、それがより届いてしまう、キャッチしてしまう立場にあると思っています。でも、今この時代においては、公人ではなくても、例えば、学校単位、クラス単位の中で、僕らの世代には味わったことのないような苦しさを感じることもあるんじゃないかと思う。利便性の反面、辛辣な“本音らしき声”に囲まれているんじゃないかと思うんです。

映画『高台家の人々』 斎藤工インタビュー

そうした社会的な現象や問題とつながりながらも、映画自体は笑ってほろっとするラブコメに仕上がっていますね。

僕はそこがいいなと思いました。そうした社会の問題を扱いながらも、批評性や強いアンチテーゼとして表現している訳ではなく、考えさせられるけど、後味も含めて、軽やかなエンタテイメントというのはありそうでなかなかありませんから。
僕は今日から大分に移動映画館を持って行く予定なんです。(※自身が発案した映画館のない地域や被災地に映画を届けるプロジェクト「cinéma bird(移動映画館)」の第3弾を、5月14日〜15日、大分県・明尊寺で開催。映画『エール!』や鉄拳の「振り子」の上映のほか、音楽やお笑いライブも行われた)
 今年は九州で地震があって、僕らは一回延期を決めたのですが、風評被害がひどくて、ゴールデンウィークもキャンセルが続いたりと二次被害が甚大という声を現地から聞いていたので……。この作品は公開のタイミングが間に合いませんでしたが、いまあの地域で上映するのにふさわしい映画はこの作品じゃないかと思っています。震災の後って、前回もそうでしたけど、ひとひねり、ふたひねり考えて作っている作品の価値が問われるところがあると思います。そういう意味では、この映画はすごく軽やかな、ポジティヴなエネルギーがあって、すごく強いと思うし、タイミングと時代性が合ったような気がしています。

©2016 フジテレビジョン 東宝 集英社    ©森本梢子/集英社

©2016 フジテレビジョン 東宝 集英社 ©森本梢子/集英社

海外の映画祭でも本編をご覧になったと伺いましたが、現地での反応はいかがでしょうか?

イタリアの映画祭で、一番ウケていたのは、塚地(武雅)さんが出てくるシーン。「待ってましたー!」って空気になるんです。会場の1500人くらいのお客さんが、みんな、こう、前のめりになるシーンは、塚地さんと市村さんが出てくるシーンでした。この2人が映画を引っ張って下さったと実感しました。でも、塚地さんの“原型をとどめていない特殊メイク”はすごくて、ひとつのキャラクターに2時間くらいかかるんです。あそこまで特殊メイクを施されたら、別に塚地さんじゃなくてもいいんじゃないかなっていうくらいです。僕は塚地さんと一緒の撮影現場が多かったのですが、僕よりも早くスタンバっていらっしゃって、毎回メイクがすごいので、塚地さんだと気づかずに深々と挨拶してしまうんです(笑)その時に、塚地さんが、死んだ目をされているんですよ(笑)光正じゃないけど、それこそ彩りとか力を失っていましたね(笑)。……と言っても、海外であんなにウケていたので、結果的に得るものを得ていらっしゃるのですが。あの芸人魂の裏にある“死んだ目”が見ることができたのは貴重な経験でしたね。

最後にいま斎藤さんが、この人の考えが読めたらいいなと思う人はいますか?

今年ゆうばり(ファンタスティック映画祭)でグランプリを取った、映画『孤高の遠吠』の小林勇貴監督ですかね。富士市かな、実際のいわゆるヤンキーを撮った映画で、役者がひとりもでてこないすさまじい作品。演劇経験がない、実在の方たちと実際の場所で撮影しているので、つくりがうまい下手じゃなくて、「ああすごい作品がでてきたな」という感覚がありました。これまでの中村雄太郎監督とか小路紘史監督とかすごい監督もいて、企画にも関わっていますけど、日本のカルチャーの内側から映画を切り取る、ボクシングのリングの中から撮るという映画監督が現れて、すごいなって思いました。グランプリの受賞金を何に使うのかを聞かれて、「すぐに次回作を撮らないといけない、いま自分の周りの人間がやる気になっているから」というのを聞いて、「そういう感覚で映画が作られるって、すごく健康的だし、いいな」と思いました。すごく興味深いです。映画でも、ただ単に単車を乗り回しているシーンにクラシック音楽を掛けたり、最後に福山(雅治)さんに似せて歌っている『HELLO』が流れるのですが、ここにも深い意味があるんじゃないかと思わせるし、「ここでこれを持ってくるこの人はまぎれもない天才じゃないか」と思わせるものがありました。個人的にも応援したい。やっぱり映画にはテレビではないことをやってほしいと思います。

映画『高台家の人々』 斎藤工インタビュー

間宮さんからの質問の回答

Q.日本映画はこれからどうなっていくべきだと思っていますか?

間宮君世代の役者は自分なりに考え、気づき、動き始めています。実はすごく面白い人たちがいっぱい出てきている。だから、僕らの世代は言うだけじゃなくて、ちゃんとそういう才能をのびのびと表現できるような環境づくりとサポートをしないといけない必要性を強く感じています。
いま世界の映画事情は、中国、マレーシア、インドネシア、タイがけん引していて、日本映画を超えている。先日河瀬直美監督からご紹介いただいて、ジャ・ジャンクー監督夫妻にお会いした時にもそう思いました。例えばアジアが徒党を組んで、いままでにない形で映画を合作するとか、そういう必要性があるんじゃないかと思う。そこまでじゃなくても、例えば、各プロダクションに世界の映画業界がどんな動きになっているのかわかっている人たちがいたら、少し変わってくるのかなと思うことはあります。
僕はよく映画を観に行くので、劇場の在り方の取材も続けています。明日明後日は、大分県のお寺で上映するのですが、お寺が自治体と連動して、ミニシアターのようにロードショー中の映画を上映できるようにできたらいいなと思って、そのシステムを今つくっている最中です。シネコンで上映される映画ばかりになると、全国各地同じ映画のラインアップになってしまう。シネコンだけが映画じゃないと思うし、それで埋もれてしまっている作品がたくさんあるし、海外の映画祭では高く評価されているのに、母国・日本の映画館では上映されないという日本映画もある状態になっているのは残念だなと感じています。

映画『高台家の人々』 斎藤工インタビュー

Q.どんな恋愛をしてますか?

間宮君の半分くらいのレベルの質の恋愛じゃないかと思いますよ。時間も心の余裕もないですね、今は。飲みにも行かないし、デートもしないし。逆に「どうしたらいいですか?」って質問したいくらいです。でも役者はそういう部分は見せなくていいと思うんです。
僕が思うのは、記者さんに取材をして頂いたり、テレビのバラエティ番組にも出してもらっていますが、役者の素の情報っていらないと思っているんです。もっと言うと、名前を名乗る必要性もないと思っています。その必要性は、監督や他の人にはあるのかもしれないけど、役者自身は、そこをメディアに掴ませたらダメだと思っています。間宮くんにもそうであってほしい。でもそこは彼なりの考えはあると思います。

Q.「三枚目役をぜひ」というお願いがありました。

それはぜひ挑戦したいと思っています。役者って、やっぱり一度演じた役を繰り返すよりも、ほかの役をやってみたいと思ってしまうものなんです。

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映画『高台家の人々』

映画『高台家の人々』

森本梢子による漫画原作を、綾瀬はるか&斎藤工の共演で映画化。趣味と特技が妄想という地味で冴えないOL・木絵(綾瀬はるか)の勤める会社に、名家・高台家の長男・高台光正(斎藤工)が転勤してくる。光正には、高台家に代々引き継がれている、人の心を読むテレパシー能力を密かに備え持つエリートサラリーマンだった。そんな光正にとって、奇想天外な楽しい妄想が趣味の木絵と過ごす時間は、光正にとって唯一ほっとできる時間になっていく。順調に関係を続ける木絵と光正だったが、木絵の前に「高台家」の存在が大きく立ちはだかる――。

スタッフ
監督:土方政人
原作:森本梢子
脚本:金子ありさ

キャスト
綾瀬はるか(平野木絵)
斎藤工(高台光正)
水原希子(高台茂子)
間宮祥太朗(高台和正)
大地真央(高台由布子)
市村正規(高台茂正Jr.)

配給
東宝(2016年、116分)

オフィシャルサイトhttp://www.koudaike-movie.jp/