瀬尾まいこの「傑作はまだ」  vol. 2

Story

瀬尾まいこ『傑作はまだ』…飲み会が始まって十分も経たないうちに、長所は見た目だけの空っぽの女だということがわかった。

瀬尾まいこ『傑作はまだ』…飲み会が始まって十分も経たないうちに、長所は見た目だけの空っぽの女だということがわかった。

引きこもりの小説家・加賀野<かがの>の元へ、生まれて以来一度も会ったことのなかった息子・智<とも>が突然訪ねてきた。

息子のことは何も知らない。血がつながっている、ただそれだけの関係。ただそれだけのことがこんなにも俺の心をかき乱す。

『僕らのごはんは明日で待ってる』など切なくてやさしい物語を送り出してきた作家・瀬尾まいこが、不器用な親子の姿を描くハートフルストーリー。

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瀬尾まいこ『傑作はまだ』新連載スタート!! 小説家・加賀野の元へ、生まれて以来一度も会ったことのない息子が訪ねてきた

瀬尾まいこ『傑作はまだ』新連載スタート!! 小説家・加賀野の元へ、生まれて以来一度も会ったことのない息子が訪ねてきた

2018.12.02

第2回

第一章

 けれども、飲み会が始まって十分も経たないうちに、長所は見た目だけの空っぽの女だということがわかった。高く耳障りな声は、テレビやはやりものの話しかしない。自分のことをかわいいとわかっていてみんなに向ける視線に次第に嫌気がさし、まとまりのない彼女の会話にいらだちもしてきた。今二十一歳で、短大を出て不動産会社で働いていると話していたが、こんなばかな社会人がいるんだとぞっとした。

 まるで好きなタイプではなかったし、興味もなかった。だけど、酔っぱらっているせいか、笑顔だけはかわいい、そう思った。

 そして、その夜、酔った勢いで関係を持ってしまった。美月が「小説書いてる人の部屋って、見てみたい」と言いながら俺のアパートに来て、もう少しだけ飲もうとなって、そのままなんとなく。目が覚めると、二人とも「ああ、しまったな」という感じで言葉少なに身なりを整え、美月は「会社あるし、じゃあ」とそそくさと出て行った。

 それまで俺は好きでもない相手とセックスをしたことなどなかったし、恋人も大学一年生の時以来いない。酔っていたとはいえ、一度会っただけの見た目だけの女とこういうことになるなんてと、しばらくは後悔したが、一ヶ月も後にはその夜のことも永原美月のことも忘れていた。

 ところが、三ヶ月ほどしたころだろうか。美月に、「妊娠した」と聞かされた。

 俺の家までやってきた美月は、けろりとした顔で、「とりあえず、私は産むわ」と告げた。

 純粋でまじめだった俺は、妊娠させてしまったことにおびえ、自分に子どもができるということに頭が混乱した。

 結婚しなきゃいけない。まったく好きでもない女と。人生終わったも同然だと絶望的な気持ちになったが、美月は、俺が言葉を発する前に、
「私も同じこと考えてるよ」
 と言った。

 それから、何度か二人で話す機会を持った。美月は産みたいという意志が変わらないことと、俺の子だという事実はまぎれもないことを訴え、俺も自分の子どもが生まれるということは納得できた。ただ、話せば話すほど、俺たちが合わないのは明確だった。直感で動くおおざっぱな美月と慎重な俺とは、考え方も将来の展望もまるでちがった。そして、共にいる時間が重なるごとに、お互いに相手を疎ましく思う気持ちも増える一方だった。子どもは美月が産んで育て、俺は養育費を送る。それが俺たちの最終結論だった。

 二人で下した決断だ。それなのに、俺は周りからひどい男のように言われた。もともと友達は少なかったが、曽村にも非難され、どことなく居心地が悪くなった俺は、住んでいたアパートを引き払って、隣の市へと引っ越した。

 養育費と言われても相場がわからず、母親一人で育てていくのはたいへんなことだと言う美月の主張どおり、毎月十万円を欠かさず振り込んだ。そして、振り込んだ二、三日後に、「十万円受け取りました」とだけ書かれたメモと、子どもの写真が送られてきた。

 

 

「ってことで、決まりだな。おっさん、よろしくね。まあ、食事や洗濯は勝手にするし、ただ寝る場所貸してくれりゃいいんだから、そんな気にしないで」

 ぼんやり思いを巡らせている間に、青年は大福を食べ終えたようで、台所へ皿を運びながらそう言った。

「決まりだなって、勝手に進められても困る」

「困るって何が? 特におっさんには迷惑かからないと思うんだけど」

「迷惑どうこうではなくて……」

「ねえ、おっさん。ほったらかしにしてた実の息子が住む場所を貸してって言ってるんだよ。それを追い払おうっていうの? あまりに残酷じゃない? 俺、かわいそうすぎるんじゃないかな」

 青年が言うのに、「君、どれだけ勝手で要領がいいんだ」とつぶやきそうになって俺は言葉を飲み込んだ。

 テンポのいい軽口に流してしまっていたが、目の前に現れた青年は、まぎれもなく俺の子どもなのだ。一度の関係でできてしまっただけだと言い訳し、関わろうとしてこなかった我が子だ。彼の愛想や要領のよさ。それに嫌悪感を覚えそうになっていた。でも、どうだろう。きっと、そうでなければ生きていけない環境だったのではないだろうか。母親一人に育てられ、実の父親には会うことすらない。大人に愛想よくふるまい、要領よく立ち回らないといけないような暮らしぶりだったのではないだろうか――。

 どこからか聞こえるモノローグに目を閉じうなずきかけた俺に、
「おっさん、違うから。俺の愛想と要領のよさは生まれ持った性格。おふくろもバリバリ働いているし、おっさんが送ってくれた養育費でわりといい暮らししてたよ」
 と、青年が笑った。

「ああ……。って、おい、君。勝手に俺の考えを言葉にしないでくれ」

 あまりにもぴたりとしていて、自分の心の声だと勘違いしそうになっていたつぶやきは、彼が発したものだった。

「おっさんの考えてることって、七割がたそんなもんだろう? ま、使えそうな部屋、探してくるね。おっさんは大福でも食べてて」

 青年はそう言い残すと、ダイニングから出て行った。

つづく
タイトル画像・デザイン / 山家由希

次回更新は、12月9日(日)予定です。

瀬尾まいこ(せお・まいこ)

1974(昭和49)年、大阪府生れ。大谷女子大学国文科卒。2001(平成13)年、「卵の緒」で坊っちゃん文学賞大賞を受賞し、翌年単行本『卵の緒』で作家デビュー。2005年『幸福な食卓』で吉川英治文学新人賞を、2008年『戸村飯店 青春100連発』で坪田譲治文学賞を受賞する。他の作品に『図書館の神様』『優しい音楽』『温室デイズ』『僕の明日を照らして』『おしまいのデート』『僕らのごはんは明日で待ってる』『あと少し、もう少し』『春、戻る』『そして、バトンは渡された』など多数。

書籍情報

『そして、バトンは渡された』

瀬尾まいこ(著)
文春e-Books

たくさんの〈親〉たちにリレーされて育った優子。数奇な運命をたどったけど全然不幸じゃなかった少女の物語。
私には父親が三人、母親が二人いる。家族の形態は、十七年間で七回も変わった。これだけ状況が変化していれば、しんどい思いをしたこともある。新しい父親や母親に緊張したり、その家のルールに順応するのに混乱したり、せっかくなじんだ人と別れるのに切なくなったり。(本文より)
幼くして実の母親を亡くし、様々な事情で血の繋がらない〈親〉たちの間をリレーされ、四回も苗字が変わった優子だが、決して不幸だったわけではない! 〈親〉たちの愛を一身にうけて、〈親〉たちのことも愛して、いま十七歳の優子は幸せなのだ。身近な人が愛おしくなる、著者会心の感動作!

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