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鬼まんまを食べるシーンまで忠実に実写化。『火花』ドラマレビュー

鬼まんまを食べるシーンまで忠実に実写化。『火花』ドラマレビュー

『火花』が映し出す だれもが通り過ぎた永遠のような一瞬

累計250万部を超えた大ベストセラー「火花」。その実写化プロジェクトとなれば、地上波のドラマでも、映画化でも、すぐに企画・製作され、それなりのヒットが約束されたであろう。しかし、今回の製作陣は『火花』を全10話の連続ドラマに仕立て、Netflixで全世界に一斉配信という方法を選んだ。

そもそも「火花」の原作は156ページほどの中編小説。登場人物たちが語る「お笑い論」や何気ない生活ぶりが独特の文体で紡がれた“純文学”だけに、全10話というボリュームで実写化するというのはかなり難しい作業だ。しかし、今作では新たなエピソードやキャラクターを加えるのではなく、原作の「行間」をたっぷりと膨らませる方向で世界観を構築している。

この英断によって生み出されたのは、原作に忠実なセリフや物語展開。熱海の会場で徳永と神谷が出会う場面から、それぞれの道を模索していくまで、各エピソードが丹念に描かれる。「太鼓の太鼓のお兄さん」と歌い歩くシーンも、「鬼まんま」を食べるシーンも、あの衝撃的なラストも、これ以上ないほどに「実写化」されているのだ。

徳永と神谷だけでなく、それぞれの相方や、彼らを支える女性たち、それに喫茶店「武蔵野」のマスターから、マネージャーに至るまで実力派のキャストを配し、その人間味までもが掘り下げられている。

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そして、全10話、530分という枠は、映像の中にリアルな「時間」を漂わせる。徳永が、何かを考えながら夜の街を歩く。神谷との酒を交わしながらの漫才論。真樹が作った鍋を囲む……そのすべてをじっくりと描くことで、観ている側にもかつての自分の姿を見ているかのような、様々な想いが巡ってくるのだ。懐かしさと恥ずかしさに浸れる。

廣木隆一監督、そして白石和彌、沖田修一、久万真路、毛利安考監督は、それぞれの個性を生かしながら、その時間を慈しむように丁寧に人物を描写していく。

そしてこの作品のもうひとつの主役は「街」そのものだ。吉祥寺のハモニカ横町。井の頭公園。高円寺の商店街。高田馬場の町並み。渋谷の劇場。すべてが実際の場所でロケーション撮影されており、その臨場感と生々しさは何者にも代え難い。これは簡単なことのように思えて、様々な制約が多い地上波ドラマやTV局が製作に関わっている映画では実現できないことで、Netflix配信作ならではの醍醐味といっていいだろう。

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作品のテンションが最も高くなる漫才シーンも素晴らしい。「スパークス」も「あほんだら」も、それぞれの相方に現役のお笑い芸人を起用することにより漫才のクオリティそのものが高い。さらに各監督が「漫才という舞台芸をどうやって映像に定着させるか」を競うかのように映像テクニック駆使しており、実に迫力のある映像に仕上がっている。

特に、クライマックスで展開されるスパークスの漫才は、笑い泣き、泣き笑うこと確実な、壮絶なシーンとなっている。

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このドラマは「火花」という類稀な原作を、映像配信という新しいメディアで成立させた野心作でありながら、誰もが心に残る普遍性も獲得している。全10話、一気に観る事で、その世界観に浸れることは確実である。

『火花』

売れない芸人コンビ「スパークス」のボケ担当の徳永は、熱海の花火大会で先輩芸人である神谷と電撃的に出会い、「弟子にして下さい」と申し出た。「いいよ」と答えた神谷だが、その条件は「俺の伝記を書く」ことだった。それ以降、ふたりは頻繁に会い、語り、飲み歩きながら、さまざまな人間たちと触れ合い、お笑いについての考えを巡らせる。挫折と葛藤の日々を繰り返しながら、徳永は少しずつだが売れていき、その一方で、神谷は自堕落な生活に埋没していく…。

Netflixにて、6月3日(金)より全10話一斉配信中

出演:林遣都 波岡一喜 門脇麦 / 好井まさお(井下好井) 村田秀亮(とろサーモン) 菜葉菜 山本彩(NMB48/AKB48) 染谷将太 田口トモロヲ 小林薫

総監督:廣木隆一
監督:廣木隆一 白石和彌 沖田修一 久万真路 毛利安孝
脚本統括:加藤正人
脚本:加藤正人、高橋美幸、加藤結子
脚本協力:板尾創路
音楽:上野耕路 石塚徹
主題歌:OKAMOTO’S「BROTHER」
原作:又吉直樹「火花」(文芸春秋刊)

オフィシャルサイト http://www.hibana-netflix.jp/
©2016YDクリエイション

原作本

『火花』

お笑い芸人である又吉直樹の小説デビュー作。自らの芸人としての体験をベースに、笑いの神髄と人間とは根源を真摯な文体で描ききった“純文学”。第153回芥川龍之介賞など、数々の賞を受賞、250万部を超える大ベストセラーとなった国民的作品。