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校條拳太朗や輝山 立、竹中凌平らが、クリスマスを取り戻す!? 2.5次元ダンスライブ「ツキウタ。」ステージ第7幕 開幕!!

校條拳太朗や輝山 立、竹中凌平らが、クリスマスを取り戻す!? 2.5次元ダンスライブ「ツキウタ。」ステージ第7幕 開幕!!

12月5日(水)より、2.5次元ダンスライブ「ツキウタ。」ステージ第7幕『CYBER-DIVE-CONNECTION』が、ヒューリックホール東京にて上演中だ。
2.5次元ダンスライブ「ツキウタ。」ステージシリーズは通称「ツキステ。」と呼ばれ、10月に上演された第6幕から2ヵ月足らずで早くも第7幕目となる。1年の各月をイメージしたキャラクターが、それぞれの月に見合った楽曲を歌い、芝居をする舞台で、今作はクリスマスをめぐる大事件が巻き起こる。そんな舞台のゲネプロが行われた。

取材・文・撮影 / 竹下力

クリスマスは、誰かにとって一番大切な日

12月25日の朝は、いったい何時に起きれば正解なのだろう? そんな質問に答えてくれる人はどこにもいなさそうだ。神様だって答えてくれないかもしれない。いや、かえって教えて欲しくない。だって、目を覚ませば、必ず、恋人は隣りで寝息を立てているはずだし、子供たちの枕元には大事なプレゼントがあるはずだから。

それでも、ちょっとやきもきしてしまう。もし、プレゼントがなかったら、突然恋人がいなくなっていたら、どうしようなんて。けれど、そんなことはないはず。クリスマスは特別な日なのだ。誰もが途方もない夢を見て、誰もがハッピーになれる。だから、やきもきする必要なんてないのだ。恋人は隣りでスヤスヤ眠っているし、プレゼントはちゃんと枕元にある。

幼い私は、24日になるとドキドキしていた。本当にサンタさんなんているのだろうか? でも、父親と母親が揃って地元のおもちゃ屋さんに行くのを見かけたし、夜中に父親がこっそり枕元にプレゼントを置いていくだろうと知っていた。というのも、学校でいたずら好きの友達にこっそり教えてもらったから。「父親がサンタなんだぜ」って。

でも、クリスマスはそんな詮索もナンセンスで、ただただ楽しい一日になる。親の愛情を、恋人の愛情を、あるいは名もしれない誰かの愛情を、思いっきり受けられる大切な日。誰かにとって一番大切な日、そんな日が奪われようとしている──そんなときにどうするのか? それが今作のテーマだ。

本作もそうだけれど、「ツキステ。」は、まさに擬人化の極致といっていいだろう。そもそも「ツキウタ。」とは、1月から12月までの各月をイメージしたキャラクターが形成され、それぞれの月に合わせた楽曲と物語で紡ぐシリーズCDが原作。ここでもう、各月の擬人化が始まっていて、人間の持つ想像力のたくましさが表現されているように思う。

「この世界からクリスマスがなくなってしまう」

関東出身の6人組ユニットSix Gravity(通称:グラビ)、リーダーの睦月 始(校條拳太朗)、卯月 新(竹中凌平)、師走 駆(輝山 立)、弥生 春(松田 岳)、皐月 葵(上仁 樹)、如月 恋(横尾瑠尉)と、同じく関西出身の6人組のProcellarum(通称:プロセラ)の、リーダー霜月 隼(TAKA)、葉月 陽(鷲尾修斗)、水無月 涙(佐藤友咲)、文月 海(土井一海)、長月 夜(秋葉友佑)、神無月 郁(三山凌輝)は、仲が良くてライバルでもあり、ツキノ芸能プロダクション所属のアイドルグループだ。彼らは東京都内にある寮で共同生活を送りながら、勉強や仕事に日々精を出している。というのが前段なのだけれど、とにかく彼らには人智を超えたアクシデントがよく起こる。彼らは“人間の世界”にいるのだが、「ツキステ。」にはいろいろな摩訶不思議な世界が同時に、あくまで差別なく並列に存在しているからだろう。

舞台は“妖精界”のサンタクロース(鬼束道歩)とミニトナカイの中井さん(反橋宗一郎)が話をしているシーンから始まる。ここでもすでに中井さんは人間になっている。彼らの会話から察するに、最近の子供たちはパソコンのクリックひとつでモノが買えるコンピュータの便利さを求めていて、サンタクロースの存在を信じなくなっている、いわばファンタジーの美しい世界を拒否しているように感じると嘆いている……。

つまり、“妖精界”以外にも、最近は“電脳世界”というコンピュータによって作られた世界があるらしい。“電脳世界”は、“妖精界”を敵視し、日ごとに強くなり、ついに“妖精界”に侵食を始める。さらに、とある凶悪なバグ(不具合)が様々な要因で意思を持つようになってしまい、サンタクロースはそのバグに襲われてしまうのだ。そして中井さんは、“人間界”に助けを求めに行く。

同時に“人間界”でも異変が起きていた。クリスマスで賑わう繁華街、グラビとプロセラのメンバーは久々のオフを満喫しようとしていた。そんな矢先、スマホに見知らぬアプリが入っていることにみんなが気づく。アプリ名は“サバクロ”。悪質アプリだと思って消そうとするのだが、消えもしないし、消せもしない。そして、水無月 涙のスマホをいじっていた師走 駆が、とあるきっかけで、アプリのスタートボタンを押してしまう。ここで“電脳世界”の悪の手が忍び寄ってくることが示される。しかし、どうやらまだ“コト”の重要性はわからない。

そして、グラビとプロセラが一堂に会した寮にやってきたのが、中井さんだ。彼が発した、「この世界からクリスマスがなくなってしまう」というSOSに、グラビ、プロセラ、そしてある事件で擬人化してしまった、寮にいる黒うさぎの黒田(鮎川太陽)と犬のコロッケ(松岡拓弥)たちが立ち上がり、“電脳世界”に挑もうとする。そうして彼らは、電脳の女神こと“聖クリス様”の手助けで、武器と衣裳を携え、“電脳世界”のバグに立ち向かう……。

やはり舞台ならではの面白さというべきか、うさぎや犬やトナカイが人間になってしまったり、なんでもありの世界は楽しい。この舞台は「演劇は、あなたの想像していることなら、どんなことでも起きてしまうし、起こしてしまおう」という宣言をしているのだ。

輝山 立は、一心不乱に師走を演じた

「ツキステ。」で注目したいのは、毎幕ごとに当番制があって、主軸となるメンバーが決まっていることだ。今回は、グループ内の年少組で、グラビから師走 駆、如月 恋、プロセラから水無月 涙、神無月 郁が活躍することになっている。特に師走 駆は12月を表しているから、今回の舞台では八面六臂の活躍だった。いや、しなければならなかった。師走を演じる輝山 立からこの舞台を成功させるのは自分だという責任を怖いぐらいに感じた。それぐらい、今作での輝山の演技は鬼気迫るものがあった。物語の語り部になり、アドリブ全開の無茶ぶりにも応え、歌っては踊って、一心不乱に師走を演じた。

それだけではなくて、中井さんの反橋宗一郎が縦横無尽に舞台を駆け巡る。彼を観ているだけで楽しい。もちろん、主軸は当番の4人と、他のメンバーたちなのだけれど、輝山と反橋が物語を爆発的に面白くしている。反橋に関しては役を忘れて楽しんでいるようにさえ見える。それだけでこちらも楽しくなる。やはり役者は楽しく演じていないと、こちらも楽しくならないのだろう。

当然、座長の校條拳太朗を含め、松田 岳、竹中凌平、上仁 樹、TAKA、土井一海、鷲尾修斗、秋葉友佑も、当番たちのサポートに徹しながらも、それぞれのキャラクターをしっかり生きていた。稽古は1ヵ月と聞いた。おそらく相当な研磨を積んだのだろう。舞台が生き物のように脈打っていた。

個人的に面白かったのは、この舞台で、“電脳世界”のバグが“デウス・エクス・マキナ”という言葉を何回も発することだった。これは“機械仕掛けの神”と訳されるが、演劇の世界でもよく使われる。いわゆる、オチをもたらす存在だ。たとえば、たくさんの登場人物がいて、やりたいようにやっていたら、舞台の進行に収拾がつかなくなってしまう。そうしたときに、とりあえず彼を出して、機械のように無慈悲にどんどん結末をつけさせる。いわゆる“夢落ち”に近いだろうか。物語が無茶苦茶な終わり方をしても、夢から覚めたらおしまい、というわけで、漫画家の手塚治虫はよく言っていたそうだけれど、作家としては一番やってはいけない類のことだと言われている。

ただ、この“電脳世界”のバグから“デウス・エクス・マキナ”を引き出すことで、昨今の、なんでもかんでも神様みたいな存在を出して舞台を成立させようとする傾向に対する、原作・脚本のふじわら(ムービック)のちょっとした演劇批評になっていたような気がする。バグにクリスマスは資本主義の俗物とまで言わせるあたり、俗物になってしまったのは、安易に“デウス・エクス・マキナ”的なオチを使う舞台そのものではないかというちょっとした皮肉を言っているような気がしたのは大げさだろうか。

演出の野元準也は“電脳世界”のバグを、アンサンブルやダンサーで表現することはあるけれど、舞台中央と左右に配置されたスクリーンに、あくまで映像で表現するだけで、舞台演出において、かなり意識的に“デウス・エクス・マキナ”的な方法論に対する批評を展開していたと思う。なぜなら、舞台であれば、バグさえも、工夫次第で人間で表現できそうなのに、あえてデジタルな手法をとり、簡単に映像だけの表現でオチをつける舞台に対するアンチテーゼを、つまりは、あえて高い映像のレベルをぶつけていたからこそ、余計にそんな想いを抱いたのかもしれない。

心をときめかせられる12月を彩る舞台

かもしれない、といったのは、ただ単純に今作は、輝山と反橋たちが中心になったクリスマスのドタバタを、クリスマスのスラップスティックコメディであるマコーレー・カルキンの代表作『ホーム・アローン』(90)のように、笑いあり、涙ありで見せる、あくまでエンターテインメントショーに仕上がっていたからだろうか。演劇人としてのプライドも見せつつも、あくまで客席を楽しませることに徹底していたように感じるし、心をときめかせられる12月を彩る舞台としてふさわしい内容だったのではないだろうか。

そして、テーマ曲であるバキバキのエレクトロニックなナンバー「CYBER-DIVE-CONNECTION」が、サイバーパンクな色合いを出していて、シンプルな舞台装置だったけれど、まさに近未来的な世界観を表現していた。また、演出として、役者が撃つ光線銃に合わせて光る“コネクトバッジ”をすべての観客が持ち、実際にスマホのアプリを使って客席と一体となって舞台を見せる演出は、10年前には考えられないし、カンパニー全体が演劇の歴史に敬意を払いながらも、新しいことに挑戦する姿勢まで垣間見せてくれた。だから7幕まで続くのだろうし、今後も続いていくシリーズになるはずだ。

子供の頃、24日の夜はベッドに入ってもずっと起きて、サンタあるいは父親がやってくるまで待っていようとするのだけれど、不思議と寝てしまって、朝を迎えてしまった。それでも目が覚めれば、しっかりとプレゼントがあったから、それはそれでよかった。父親は何食わぬ顔をしていたけれど。父親の目の下にできた“クマ”が忘れられないのはなぜだろう? きっとサンタクロースはいるものだとずっと信じていた。クリスマスというのは、誰にもでも平等に与えられる奇跡なのだ。信じられないことや起こり得ないことを信じてもいい、唯一の日なのだ。

とてつもなく困難の多い人生において、たった一日でも楽しむことができるのなら、つらいことも乗り越えられる。だからこそ、「ツキステ。」の世界では、“妖精界”も“電脳世界”もあるし、動物も人間にもなる。あるいは逆だってある(5幕のときはそうだった)。どんなにつらいことがあっても、些細なことでいいから、自分だけの楽しみを心にしまって生きていよう。そのためにありとあらゆる方法で観客を楽しませようとする意志を感じる舞台、それが「ツキステ。」だ。

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