【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 102

Column

CHAGE&ASKA 代々木オリンピック・プールを初めてコンサート会場にした日

CHAGE&ASKA 代々木オリンピック・プールを初めてコンサート会場にした日

1983年9月30日。CHAGE&ASKAは国立代々木競技場第一体育館(通称オリンピック・プール)でのコンサ−トを実現する。当時、彼らは武道館も経験していなかったので、それより大きな会場への進出は、いわば“飛び級”な出来事だった。ライブ・レコーディングされ、『1983.9.30 CHAGE&ASUKA LIVE IN YOYOGI STADIUM』としてリリースされ、『Good Times 1983.9.30 -国立代々木競技場LIVE-』として、映像作品にもなっている。なお、“スタジアム”という呼称は一般的に屋根のない野球場などに使われるが、ここでは“競技場”という言葉をそのまま英訳したと思われる。

この年の4月、彼らは「マリオネット」という新曲を出している。キャッチィでメロディアスな曲である。ASKAによる“女はただのマリオネット”という歌詞、この場合の女性の立場の描き方は、今の耳には“古風”な印象でもあるが、それはそれで、当時のソングライティングの記録として興味深い。そして、この歌が終わったあとのことである。二人のMCが始まる。

CHAGE イェーイ! ハイ! え〜、みなさんね、ここは(中略)いつもはね、夏はプールなんです。アリーナのみなさん、そこは全部、プールなんですよっ! ただ板をひいてるだけです。サメが二匹、入っております(会場、爆笑。MCを文字に起こしている俺も改めて爆笑)。で、オリンピック・プール…、東京オリンピックは何年か知ってますか? 昭和サンジュウク年…。

ASKA キュー年ですねー。
CHAGE 昭和サンジュウキュー年生まれの方、ちょっと“わーっ”と(客席に訊ねると、かなりの大歓声が)。はぁ−。
ASKA (CHAGEの声と重なるように)へぇ−。
CHAGE いいですか? あなた方と同じ年なんです、ここ。ね? ジュウクかハタチ、20年近いですね。その…、20年にして初めて…、CHAGE&ASKAが音楽出身で使うことになりました。ありがとうございます! これもひとえにね、去年の大阪城で1万5千人、西ノ丸庭園に集めまして、そして素晴らしいコンサートをしました。お客さんのマナーもすごく良かったんですね。ゴミひとつないコンサートをあそこでやりました。それが認められて…。だってここ…、国立ですよ! 国の許可、ちゃんと取ってきたぞ〜〜っ!!

実は当日、客席にお笑いコンビ「よゐこ」の濱口優もいて、のちにCHAGEのMCをヒントに、テレビ『いきなり!黄金伝説。』の「獲ったどー!!」の名台詞を考えた……というのは真っ赤なウソだが、このCHAGEのMCには、1983年に「代々木のオリンピック・プールでライブをやる」ことの特殊性や先見性が、すべて現われていると言える。なのでここに、ライブ盤から文字に起こし、掲載させて頂いた。

その後、ここはライブ会場として、幾多の名演の舞台となっていった。コンサート会場として“当たり前の場所”になったのだ。そうなると、この日のCHAGEのように、「アリーナのみなさん、そこは全部、プールなんですよっ!」なんてことは、誰も言わなくなった。

MCにもあった通り、彼らは1年前の8月15日に、大阪城西ノ丸庭園に1万5千人を集めて「THE夏祭り’82」を開催し、見事、成功裏に終えている。代々木の観客は1万3千人だったそうなので、動員ということではすでに上回っていた。なので集客に関しては、本人達もスタッフも、自信があっただろう。

国の許可が取れたのは、その実績があったからと、あと、彼らをマネージメントしていたのが、「ヤマハ音楽振興会」だったことも大きかったようだ。そもそもヤマハは、音楽振興を通じ、社会貢献を果たすのが目的の財団だったし、国に対して“通りがよかった”。とはいえ、もしCHAGE&ASKAがコンサートをやって失敗した場合、コンサートへの貸し出しは不可となっていたかもしれない。そう。責任も重大だったのだ。

『1983.9.30 CHAGE&ASUKA LIVE IN YOYOGI STADIUM』を聴くと、当日の観客達の熱狂ぶりが伝わってくる。個人的に白眉と思うのは、ASKAが詞を書き井上大輔が曲を書き、葛城ユキの歌で大ヒットしていた「ボヘミアン」の“セルフ・カバー”だ。さらに正統派ロックンロールでありつつ、二人のシャウトの盤石さもあり、激しくドライブしていく「御意見無用’83」である。よりロック寄りの音楽を好む人達は、チャゲアスは聴かないのかもしれないが、ぜひこれを聴いてみて、度肝を抜かして欲しい出来映えだ。

面白いのはライブ録音の音質で、少し前に取り上げた田園コロシアムのライブ盤は、自分もステージの上に居るかのように歌や楽器の波動が伝わる感覚だった。それに較べて代々木のほうは、ステージではなく客席に居て、会場の広さやステージとの距離も感じつつ、みたいな聴き心地である。

ところでCHAGEのMCだが、さきほどの「国の許可、ちゃんと取ってきたぞ〜〜っ!!」以外にも、もう一か所、こんな言葉がライブ盤に記録されている。

CHAGE ありがとーぅ! 後半、あれだけ手を繋いだり踊りハネたりで、疲れたでしょう? 今度はじっと、たまには目を閉じてもいい。俺たちはここにいる。何処にも行きやしない。じっくりと、じ〜っくりと、この曲を聴いてくれ。

そして歌われたのは「夢を見ましょうか」。つまりこれは、お客さんを煽るのではなく、静かな曲への導入なのだった。そして1万3千人が、歌に聴き入る、そこに生まれた静寂は、それはそれで、アップテンポのロック曲とは逆ベクトルの“盛り上がり”の証しだ。「俺たちはここにいる。何処にも行きやしない」というMCは、広いオリッピック・プールの空間で、静かなバラードを目を閉じて聴いてもらうという、ステージに居る人間にとっては、度胸がいる場面ゆえの心理状態が働いた表現だったかもしれない。

今回の原稿、CHAGEのことを多く書いているが、いったいASKAはどうしていたのかというと、実はコンサートの最後の最後に大勝負を控え、そのことを頭の片隅で考えていたのだ。実は新曲を用意していた。ただの新曲ではない。自分達と観客との間に、新たなコミュニケーションの可能性を探る、そんな機能性を有した新曲であった。そのことは次週に…。

文 / 小貫信昭

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