Interview

番匠谷紗衣 メジャーデビュー作がドラマ「科捜研の女」の主題歌に抜擢された、19歳のシンガーソングライターの描く夢とは?

番匠谷紗衣 メジャーデビュー作がドラマ「科捜研の女」の主題歌に抜擢された、19歳のシンガーソングライターの描く夢とは?

テレビ朝日系ドラマ 木曜ミステリー「科捜研の女」の主題歌に起用されたシングル「ここにある光」でメジャーデビューする番匠谷紗衣(ばんじょうや・さえ)は、現在19歳のシンガーソングライター。14歳で作詞作曲と路上ライブを始めた彼女は、16歳の時に地元の大阪にあるumeda AKASOで初ワンマンライブを開催し、18歳でBIGCATでのワンマンライブをソールドアウトさせ、同年11月に活動の拠点を東京に移した。「上京してからの1年間は挫折の日々だった」という彼女にデビューまでの道のりと大切にしていること、未来に望むものを聞いた。

取材・文 / 永堀アツオ 撮影 / 石ヶ森三英

ドラマの主題歌とメジャーデビューっていうチャンスがいただけたことに、何をしていても、ふとした瞬間に泣けてきたります

メジャーデビューが決まった心境から聞かせてください。

上京して約1年が経つんですけど、東京に出てきてから、自分には何ができるんやろうってことをずっと考えながら過ごしてきて。そういう中で、ドラマの主題歌とメジャーデビューっていうチャンスがいただけたことに、何をしていても、ふとした瞬間に泣けてきたります。

あはははは。泣けてきますか!

ふふふふ。ここまで私のことを応援してくれた人がいたからこそいただけたチャンスだだと思うので、すごく感謝の気持ちでいっぱいです。

ご自身の夢でもありましたか? 番匠谷さんは一時期、マネジメントやレーベルに頼らないインディペンデントな活動をされてきましたよね。

そうですね。私が歌の活動をしてきた中で、メジャーデビューしたいと思ったのは結構、最近なんですよ。応援してくださる方ができてきた中で、自分が一番を目指してないと失礼やなって思った時があって。もっとこの輪を広げていきたいと思って、そのためにもメジャーデビュー絶対にするんやって決めてましたね。

ここから、改めてデビューまでの道のりを振り返りたいなと思うんですが、小さい頃から歌うことは好きでした?

両親の影響で、幼稚園の時は週1くらいでカラオケに行ってたんですよ。常に家でも音楽が流れてたので、歌うことは自然にあって。自分で明確に覚えているのは、小学2年生の時に親戚の結婚式で大塚愛さんの「さくらんぼ」を歌ったことですね。緊張も全くなく、めちゃくちゃ楽しくて。「生きてきてこんなに楽しかったことない!」っていうくらい楽しかったんですよ。当時、まだ小2ですけど(笑)。その時に「歌で生きていくんや!」って思いましたね。

ヴォイトレに通いだしたりしました?

いや、なぜか小3から演技の学校に通ってましたね。それもすごく楽しかったんですけど、発表会ではいつも。みんなが演技をやってる中で一人だけ歌ってて。なんか違うぞってなって。5年生の時に……。

あははは。気づくのに2年かかってる。

ずっと演技してました(笑)。それで、歌を習わせてもらうようになったんですけど、それはすぐにやめてしまって。歌は習うよりも、自分が歌いたい曲を家で一人で歌ってる方が楽しいなと思って。それから中学生になって、路上ライブを始めました。

アコースティックギターを持ったのは?

中2の時やったんですけど、学校にほとんど行ってなくて。家に引きこもって、CDを聴きながら、カバー曲ばかりを歌ってたんですよ。でも、やっぱり、誰かに聞いてもらいたい、人前で歌いたいっていう気持ちが出てきて。道端でアカペラで歌うのはしんどいから(笑)、とりあえずおばあちゃん家にあったアコースティックギターを練習し始めて、ギターを持って道端で歌い始めました。最初は、レディ・ガガさんや阿部真央さん、絢香さん、尾崎豊さん、福原美穂さん、AIさんとか。いろんなカバーをひたすらし続けてましたね。

自分でやるって決めたのに、家で準備して、ギターを背負って、もう行きたくないって泣いて

初めて路上ライブをやったときのことは覚えてますか?

あの恐怖は忘れられないですね(笑)。ほんまに勇気いるんですよ。自分でやるって決めたのに、家で準備して、ギターを背負って、もう行きたくないって泣いて。1時間くらい渋って(笑)。もう行けへん、いや、行く、みたいなのをずっとやって。やっと外に出て。地元の駅は親戚や友達に迷惑かかるから、一駅だけ電車に乗って、隣の駅で、人が少ないところを探して歌ってました。ここやったら誰も来ーへんやろっていうところで始めました(笑)。

(笑)誰かに聞いてほしいけど、怖さもあったんですね。

人前で歌うのは最初は怖かったですね。でも、週1くらいで続けて。あの経験が自分を作ってくれたって思います。ほんまに些細なことやし、人からしたらめっちゃ小さい出来事やし。誰にも気づかれてないと思うんですけど、自分の中ではどんだけ怖くても、やるっていう勇気を出したのが、自分の中では大きな一歩やったと思うんですよ。その一歩が、私にとっては、人がいてないところでの路上ライブでした。あはははは。

(笑)でも、やらない理由を探さずに実際にアクションを起こしたことはやっぱりすごいことだなって思います。

ほんまにそれがきっかけになって、今に繋がってたりするなって思いますね。

作詞作曲は?

中3の時にライブハウスで初ライブがあったんですけど、その時に初めてオリジナル曲は書きました。

どんな曲でしたか?

友達に向けて書いた曲やったんですけど、友達がめっちゃ悩んでて、ほんまに落ち込んでる時期やったんですよ。でも、聞くだけで、何も言ってあげられへんくて。言ってあげたことや思ってることをうまく伝えられなくて、励ましてあげられなかったんですよ。それがすごい悔しくて。もっと、言ってあげられることあるのにって考えていたら、寝る前にふと、言葉とメロディが浮かんできて、わっと曲がかけたんですよ。それが、「君へ」っていう曲なんですけど。歌の方が、曲にした方が、自分の思ってることを素直にかけるんやっていうのに気づいた瞬間でしたね。

今でも、一人の人に向けて書くことが大事なんやって思いますね

オリジナルの1曲目が、自分の思いではなく、友達に向けてものだったっていうのが、どこか番匠谷さんのアーティスト人生を象徴してるような気もします。

今でも、一人の人に向けて書くことが大事なんやって思いますね。もちろん、自分のことを歌う曲もあるけど、1曲目に書けた曲が自分の原点やなって思います。

リアクションはどうだったんですか? 友達には聞かせた?

恥ずかしくて、今でもその子のために書いたって言えてないんですよ(笑)。でも、気づいてるのかな? お互いに恥ずかしくて言えないんですけど、ある日、夜中に二人でコンビニに行ってた時に「そういえばさ。『君へ』っていう曲、聴いたで。めっちゃ泣いたわ」ってさらっと言われたことがあって。その時の感情が忘れられないんですよね。あ、届いたんやって。めっちゃ嬉しくて。でも、私はそこで、「あ、そうなん。へー」って言いました(笑)。

あははははは。言わないんですね、「あんたのために書いたんやで」とは。

言わないんですよ。私の曲って、絶対に誰かに向けて書いてるんですよ。でも、気づかれた時は「ちゃうし」って言います。あははははは。前に、いつも応援してくれてる人が遠くに行っちゃうから、しばらくライブに来れへんっていう時に書いた曲もあって。その子が、今日で行っちゃうって時に、昨日できましたっていう曲をライブで歌ったんですよ。帰りに、「あれ、めっちゃ感動した」って言われたんですけど、「全然関係ないから。勘違いせんとって」って言っちゃって(笑)。あとから、「あー、素直に言えばよかった……」って思うんですけど、次から歌う時に恥ずかしくなっちゃうので、あんまり言わないようにしてますね。

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