LIVE SHUTTLE  vol. 312

Report

宇多田ヒカル あの日のアンコールから8年。今の宇多田ヒカルを魅せたツアーファイナルをレポート。

宇多田ヒカル あの日のアンコールから8年。今の宇多田ヒカルを魅せたツアーファイナルをレポート。

Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018
2018年12月9日 幕張メッセ国際展示場9〜11ホール

11月6日の横浜アリーナ公演からスタートし、6都市12公演を行った全国ツアー『Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018』が、デビューからちょうど20年の記念日である12月9日に幕張メッセ公演でファイナルを迎えた。今回のツアーは、『UTADA UNITED 2006』以来となる12年ぶりの3度目のツアーだが、「人間活動」を理由に音楽活動を一旦休止する直前の2010年12月に横浜アリーナで開催した『WILD LIFE』の2公演以来、宇多田ヒカルは8年ぶりにステージに帰ってきた。

ライブ会場に入ると、場内には観客の話し声だけがざわざわと広がっていた。通常のライブ会場では開場時から開演までの間は何かしらの音楽が流れていることが多いが、ある人は何年かぶりのライブを、ある人は初めて観る彼女のライブを、ずっと待ち望んでいた宇多田ヒカルのライブがもうすぐ始まるんだという高揚する気持ちを抱えながらも、観客たちは音楽が流れていない会場の中でじっと開演のその時を待っていた。開演予定時間を少し過ぎ、オレンジ色のライトが照らすステージにストリングス隊、続いてバンドメンバーが自分のポジションにつくと、少し間を置いて、宇多田ヒカルがステージ下からゆっくりと上昇してステージ中央にその姿を現した。どよめきのような歓声と拍手は、彼女が「あなた」を歌い始めた瞬間に止まり、その圧倒的な存在感を目の当たりにした観客は微動だもせずに彼女の歌に聞き入っていた。2016年に音楽活動を本格的に再開した彼女からは新しいアルバムやシングルが届き、音楽番組などで彼女が歌う姿を何度見ていても、やはり“生の宇多田ヒカル”を目の当たりにすると、一音たりとも聞き逃したくない、一瞬たりとも彼女を見逃したくないたいという思いが溢れてしまうのだろう。ステージ後方のLEDパネルに映し出されたオレンジ色は、まるで朝焼け時に見ることができる柔らかな太陽の光のように見え、背中が大きくあいた黒いロングドレスを着た宇多田ヒカルの凛とした立ち姿をくっきりと浮かび上がらせた。「あなた」の後奏から流れを止めずに続いたのは、アルバム『Fantôme』の1曲目に収録され、このアルバムのメインテーマともいえる「道」だった。亡くなった母への思いを母となった宇多田ヒカルが歌う「あなた」と「道」に感極まった観客もきっと多かったことだろう。

このツアーのどの会場でも彼女が開口一番に言った言葉は、「みんな、待たせてごめん!」。私が観た今回のツアー初日(アリーナ公演)でもそうだったが、幕張メッセでも「おかえり~」「待ってたよ~」の声が客席のあちこちから飛んだ。「今日は最終日だよ!」の声から始まった「traveling」では、歌詞の一部を“みんな盛り上がる時間だ~幕張メッセ~”と歌いかえ、バンドのリズムとストリングスが絶妙に絡み合う「COLORS」では伸びやかな歌声を聞かせた。一呼吸おいたあとのMCでは「こんばんは。今日はいろんなところから来てくれてありがとう」とあらためて挨拶をし、それから“ふぅ~っ”と息を吐き、ひとつひとつの言葉を丁寧に選びながら、「今日はデビュー20周年記念日なんですけど。そんな日をこんなふうに過ごせて、本当は誕生会とか祝ってもらったり、“会の主役”みたいなのは苦手なんだけど……。これは素直に喜んでおきます。ありがとう」と言葉を続けた。観客からの「おめでとう~」の声と鳴り止まない拍手やみんなの温かい思いを受け止め、感極まった彼女は「冒頭から泣かせにこないで。メイクがくずれちゃう」と、目をうるませながら照れくさそうに笑った。繊細でありながら力強い歌声を聞かせた「Prisoner Of Love」。「Can You Keep A Secret?」をサンプリングしてアレンジに取り入れた「Kiss & Cry」では、この曲がCMソングとして流れることを考慮して変えていた“リストカット”というワードをそのまま歌っていた。印象的なドラムロールから始まる「SAKURAドロップス」の後奏では、サンプリングした自分の歌にProphet-6(アナログシンセサイザー)の演奏を乗せていくソロ演奏を披露。リリースからずいぶんと月日が経った曲たちが新しいアレンジをまとい、今を生きている彼女の今の曲として演奏されていく。

「今日はコンタクトをしているから、みんなの顔がよく見えるんだ。私、そんなにライブの回数、やってないじゃない? でも、今回ツアーをやってみて、こういう機会って大事だと思った。だってこういうことしないとみんなの顔を見ることができない。みんなの顔を焼き付けて帰ろうと思っているから、みんな顔を見せてね。顔が見えると嬉しい」と、素直な思いをちゃんと言葉にして目の前にいる人(観客)に伝える彼女が、とても愛らしかった。

「ともだち」では「Forevermore」のMVで振り付けを担当した高瀬譜希子が宇多田ヒカルの周囲で鍛え抜かれた身体を使ったコンテンポラリーダンスをし、この曲の詞世界を見事に表現したパフォーマンスを見せた。この曲を歌い終えると、宇多田ヒカルは高瀬譜希子とハグをし、彼女のことを“ともだち”と紹介して、「ツアーに参加してくれてありがとう」と高瀬に感謝の気持ちを伝えると、高瀬は感極まった表情を見せた。宇多田ヒカルと高瀬だけがステージに残って披露した「Too Proud」では、宇多田と高瀬の心の動きまでもが一体化しているかのような錯覚を覚え、宇多田ヒカルが日本語のRAPを聞かせるなど、ライブに新鮮な場面を作っていた。

ライブの中盤。暗転したステージの後方にあるLEDパネルに「宇多田ヒカル×又吉直樹 特別対談」と題されたショートムービーが流れ始める。今年6月に放送された「SONGSスペシャル」(NHK)での対談の続きのようなシチュエーションの中で、2人は今回のツアー「Laughter in the Dark Tour」のテーマである「絶望とユーモア」について語り合うのだが、又吉が真面目に話していると突然、宇多田ヒカルがテーブルに置いてあったドリンクボトルを又吉の頭に勢いよく振り下ろすという衝撃的な展開に。画面の中の又吉だけではなく映像を見ていた観客も、一瞬唖然としてしまうのだが、画面の中の宇多田ヒカルは「こういうことですよね? 笑いって」と平然と又吉に向って言い放ち、その後も又吉は彼女にドリンクボトルで頭を何度も殴られるという展開に。真面目な対談ムービーだと思いきや、これはもしやコントなのか!?と、観客たちからは笑いが起こったのだった。今回のツアータイトルに込めた宇多田の思いを、笑いと共に伝えたこのショートムービーの脚本を担当したのは、又吉直樹。以前、宇多田ヒカルは「人を驚かしたり、笑わせたりするのが好き」と言っていたが、2人にしてやられた!と思うしかない楽しいショートムービーだった。

ショートムービー上映後、衣装替えをした宇多田ヒカルがメインステージから離れたセンターステージに登場。「誓い」「真夏の通り雨」「花束を君に」を伸びやかに歌う彼女が纏った黒に白をポイントカラーにした衣装は、その白い色がまるで彼女のこの数年間の心模様の変化を示しているようにも思えた。センターステージから客席内を歩いてメインステージに戻った宇多田ヒカルは、独り言のような口調で「20周年。うん。すごいね。丸々20年なんだね。すごいことだ。うん。不思議だね、20年って……。節目の年なんだね。うん。ここまでやってこれたことにホッとしちゃダメだけど、すごいなって思って……」と、なんだか自分自身に言い聞かせるみたいに話した。デビューから20年の月日の中には、体調を崩して休んだ時もあった。大切な人の死や別れもあった。ライブができないかもしれないと思った時期もあった。けれど彼女は音楽をやめるという選択をしなかった。そして、8年ぶりにステージに帰ってきた宇多田ヒカルは今回のツアーで、どれだけの人たちが自分のことを待っていてくれたのかを目の当たりにして、20周年の節目に新たな歩みを進めることができたのだと思う。

「途中で長く休みを取っていたなんて思えないほど、前以上に(みんなと)距離が近づいた。支えられてる気がする。待っててくれて、ありがとう。幸せです」と、感謝の言葉をみんなに伝えた。「いってみよ~っ!」の掛け声から始まったのは「Forevermore」。続いて1999年に発表した「First Love」と今年発表した新しいアルバム『初恋』の表題曲「初恋」を立て続けに披露した。あの頃と今を繋げてくれるようなこの2曲には、観客たちも様々な思いを重ね合わせていたことだろう。本編ラストの曲を「気持ちよくなりたいと思って作った歌だから、みんなも楽しんでくださいな!」と紹介して歌ったのは「Play A Love Song」。両手を左右に振り、客席を何度も見回しながら歌っていた宇多田ヒカルの笑顔がキラキラと輝いていた。

スマートフォンのライト機能をステージ側に向けた観客たちのアンコールを求める声が会場内にどんどん広がっていく。ツアー初日の横浜アリーナ公演ではスマホライトを照らすこの光景はなかったが、今回のツアーはスマホでの撮影がOKということもあってか、ツアーが進むにつれて観客たちがアンコールを求める際に自然発生的にスマホライトを照らすようになったらしい。アンコールに応えてツアーTシャツ姿の宇多田ヒカルが再びステージに登場。男と女の心情をそれぞれの視点や立場で描いた「俺の彼女」を物憂げに歌ったあと、20年前の1998年12月9日にリリースしたデビュー曲「Automatic」で一気に観客たちのテンションを上昇させていく。最後に、彼女は今回のツアーに関わってくれたスタッフ、すべての人に感謝の気持ちを伝え、ラストナンバー「Goodbye Happiness」を歌い、ステージを去った。

ファイナル公演を観終えたあと、私は8年前に開催した『WILD LIFE』のアンコールで最後に彼女が「time will tell」を歌ったことを思い出した。8年前のあの時は、もちろん彼女自身もわかっていなかっただろうけれど、誰もが彼女がいつになったら活動を再開してくれるのかもわからず戸惑うしかなかった。でも、あの日、最後に歌った「time will tell」には、“時間がたてばわかる”“だからそんなにあせらなくていい”というフレーズがあって、あの日のアンコールから8年の月日が経って、こうして“今の宇多田ヒカル”にちゃんと繋がったんだなと思ったら、急に胸が熱くなったのだった――。

文 / 松浦靖恵
※写真は埼玉公演より

「Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018」
2018年12月9日 幕張メッセ国際展示場9〜11ホール

セットリスト
1. あなた
2. 道
3. traveling
4. COLORS
5. Prisoner Of Love
6. Kiss & Cry
7. SAKURAドロップス
8. 光
9. ともだち
10. Too Proud
11. 誓い
12. 真夏の通り雨
13. 花束を君に
14. Forevermore
15. First Love
16. 初恋
17. Play A Love Song
EN1. 俺の彼女
EN2. Automatic
EN3. Goodbye Happiness

宇多田ヒカル

1983年1月19日生まれ。
1998年12月9日にリリースされたデビューシングル「Automatic/time will tell」はダブルミリオンセールスを記録、15歳にして一躍トップアーティストの仲間入りを果たす。
そのわずか数か月後にリリースされたファーストアルバム「First Love」はCDセールス日本記録を樹立。いまだその記録は破られていない。
以降、アルバムはすべてチャート1位を獲得。2007年にはシングル「Flavor Of Life」がダウンロード世界記録を樹立。
2010年に「人間活動」を宣言し一時活動休止期間に入ったが、2016年4月に配信シングル「花束を君に」「真夏の通り雨」のリリースによってアーティスト活動を本格始動する。2016年9月に発表した6枚目のオリジナルアルバム「Fantôme」は自身初のオリコン4週連続1位や全米のiTunesで3位にランクイン、CD、デジタルあわせミリオンセールスを達成するなど、国内外から高い評価を受けた。
2017年3月にEPICレコードジャパンにレーベル移籍。デビュー20周年を迎える2018年6月27日(水)に7枚目となるアルバム「初恋」を発売。11月からは約12年ぶりとなるライブツアー「Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018」を開催。2019年1月18日KINGDOM HEARTS Ⅲのテーマソングが収録されたシングル「Face My Fears」も発売予定。

オフィシャルサイト
http://www.utadahikaru.jp

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