【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 103

Column

CHAGE&ASKA ASKAが初めてピアノで作った曲、「声を聞かせて」

CHAGE&ASKA ASKAが初めてピアノで作った曲、「声を聞かせて」

1983年9月30日。CHAGE&ASKAは音楽アーティストとして初めて、代々木のオリンピック・プールでのライブを成功させた。ただ、この偉大なる“チャゲアス初めて物語”を、その後も二人が自慢げに語り続けていたかというと、そうではない。『月刊カドカワ』92年6月号での発言を引用する。

ASKA “人と違うこと”が命題だったから。人がやってないことや場所っていうのが、大きな比重を占めていた。今から考えると全く馬鹿馬鹿しくて、何の意味もないことなのに。
CHAGE   俺たちもスタッフも若かったから。
ASKA    そういう点で認められたいなんて、若いよね。

当時の自分達のことを、自嘲的と思えるくらいに語っている。当時の音楽シーンの風潮、というのも大きく作用した。ASKAの発言のなかの「今から考えると全く馬鹿馬鹿しくて」というのは、まさにそのあたりを指している。〇〇〇はあそこ借りてやったようだよ? よーし、じゃあ俺たちは、ここで初めてやってみせるぜぃ、みたいなことに、(主に各事務所のスタッフが)燃えてた時代だったのだ。

この日の代々木の模様は、CD2枚組の『LIVE IN YOYOGI STADIUM』、さらには『CHAGE and ASKA LIVE DVD BOX 1』のなかの1枚、「Good Times -1983.9.30国立代々木競技場LIVE-」に記録されている。ただDVDのほうは、困ったことに、妙に凝った作りなのである。ライブ当日の代々木のドキメンタリー映像などは貴重なのだけど、二人が水泳やボクシング、ジョギングなどに精を出し、当日に備えて、体力作りに励む姿なども出てくる。

そういう体(てい)の演技などだけど、こういうことを本人達のアイデアでやったかどうか、ちょっと不明だ。ただ、見どころもある。ボクシング・シーンのASKAである。器用に上体をスウェーする仕草など、なんとも堂に入っていて、彼がアスリートなミュージシャンであることの証明にもなっている。音楽と直接関係なくて恐縮だが、なんか改めて見て、やけにキマってるなと思ってしまった。

DVDには9曲の演奏が収録され、さらにPV仕様のもの(ニュース映像に曲が重なるものと、撮影されたドラマ仕立てのもの)が2曲入っている。「21世紀」はCDのライブ盤には収録されていないのにDVDには収録されている。彼らの姿はもちろん若い。登場した時の衣装は、白を基調とした、その後の二人からすれば“ハレの日のステージ衣装然”という感じであり、興味深い。ここでは興味深い、とだけ書いておく。

代々木に関する記事など調べると、この日のハイライトは、ラストに収められた「声を聞かせて」だとされている。実はこの曲、新曲をやろう、ということだけは決まっていたが、肝心の楽曲が完成せず、リハーサルでもこの部分だけが空白だったという、難産のすえ生まれたものだった。さらに時間は経過して、なんと本番の4日前、やっとASKAの中に、アイデアが浮かんだのである。
 
それは作曲家としてのASKAにとって、エポックメイキングな出来事でもあった。その日、彼の家に、かねてから注文していたピアノが届く。さっそく鍵盤を叩き始めた彼は、2小節分のメロディを紡ぎ出す。この時、曲にブレイクを挟んで、観客から“声を聞かせて”もらうという構成を思いつく。

当時のCHAGE&ASKAのライブといえば、お客さんの熱狂が凄くて、静かな曲に於いても、お客さんの歓声というのは、蓋をされず、絶えず会場に渦巻いていた。ASKAはその状況のなかで、何も音楽の表現というのは、アーティストからの一方的なものじゃなくても成立するのではないかと考える。このあたりが彼の柔軟なところで、その発想が「声を聞かせて」を生んだのだ。

しかしこれは賭けだ。“声を聞かせくれない”かもしれないではないか。曲にブレイクを挟んで、そこだけシーンとしてしまったら、前代未聞の“事故”ともなる。さて結果はどうなった?

注目したいのは、アーティストと観客との、自然な“共作”となったかどうかだ。例えば歌う前に、「えー、みなさん。僕らが“声を聞かぁせてぇ〜”と歌いますので、そしたらワーでもキャーでもいいんで、声を聞かせて頂けないでしょうか?」と、頼んでから歌ったのだとしたら予定調和である。つまらない。残された音源や映像を観る限り、事前のMCで、そういう頼み事はしていないようだ。残された映像を見てみよう。

二人はスタンドからマイクを抜いて、それぞれ手に持っている。そしてASKAが、[♪負けるのがいやで]と、語るように歌い始める。最初のほうは、自伝的な歌詞ともいえる。[♪すてきな夜にも 終わりがある]のところは、ライブのラストにぴったりである。そしてそして、いよいよ問題の場面へ。

[♪ねえ ねえ 声を聞かせて]

それまで会場を見渡すように歌っていた二人。ここで一気に想いを乗せて、誠心誠意、心の底から歌いかける。ASKAはマイクを、客席へと向ける。歓声が届く。そして再び、ブレイクの箇所へ。さっきより、大きな歓声が。

ライブの4日前に完成した歌である。もちろん1万3千人の観客は、ここで初めて聴く。おそらく、最初の[♪ねえ ねえ 声を聞かせて]の時は、それはまだ、あくまで“歌詞”だったのだろう。もちろん多くの人達が歓声をあげたが、ブレイクが繰り返されると、それが“歌詞”というより、二人の“願い”そのものであることが、広い会場へ浸透したのだ。

最後の最後のは凄い歓声を受け止めるために、ひときわ長いブレイクであった。実はこの曲には、途中、ワゥウォウウォウと、二人がシャウトし、彼らが“声を聞かせる”部分も用意されていて、まさに声と声が交歓を果たし、最後の最後、代々木のライブは文字通りの大団円を迎えるのだった。

ASKAがギターではなく、ピアノで作った最初の曲が、今回メインに書かせて頂いた「声を聞かせて」だ。ただこの場合、ピアノを使ってメロディをスケッチした、という言い方が正しい。ピアノで作った初のシングル曲が「MOON LIGHT BLUES」で、この曲にはジャズなどのスタンダード曲の要素も垣間見られた。さらにこの時期、CHAGE&ASKAはレコーディングにコンピューターの打ち込みも導入し始め、それに伴い、CHAGEの音楽性も変化していく。そのあたりは次回に。

文 / 小貫信昭

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