Weekly モバイルエンタメステーション  vol. 20

Column

スピッツから米津玄師へ。平成の30年を振り返り、次の時代を占う3枚

スピッツから米津玄師へ。平成の30年を振り返り、次の時代を占う3枚

新年を迎えたが、平成という時代は残り数カ月で終わりを迎える。ちょうど30年で幕を閉じるこの時代を10年ごとに区切り、それぞれの時代に発表されたアルバムを取り上げていく。切り口になるのはバンドというフォーマットだ。最小限の共同制作により音楽が生まれる「場」であるバンド。いわば最小限の「世界」であるこの形態は、リスナーの音楽の聴き方、そして音楽を通じてリスナーが向き合う「世界」が変化していく現在においてはたしてこの先も有効なのか? 3組・3枚のアルバムを通して、この巨大な問いに向き合ってみる。

セレクト・文 / 北出 栞

90年代:スピッツ『ハチミツ』

ポップスとは「翳り」であると見つけたり

スピッツの『ハチミツ』は1995年の作品。95年と言えば、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件といった事件が立て続けに起き、「世紀末(世界の終わり)」の暗い空気感が薄く広く社会を覆っていた時代として記憶されるのが常である。

シングル「ロビンソン」が記録的なヒットを飛ばした中でリリースされたこのアルバムは、スピッツを「国民的」と言えるバンドへと押し上げた一枚だ。当時海外で生活していた筆者は、一時帰国した父親が購入してきたのだろうCDを、カーステレオでよく聴いていた。サイケデリックな「あじさい通り」がやたらと記憶に残っているのは、遠く離れた日本の空気感がそこに封じ込められていると直感したからだろうか。

しかしこの曲に限らず、スピッツの音楽にはどこか「翳り」がある。「ロビンソン」にしても〈誰も触われない 二人だけの国〉〈片隅に捨てられて 呼吸をやめない猫も〉などと、どこか閉鎖的だ。私は今作が「実は」暗い作品なのだ、などと言いたいのではない。そうした内容を歌いながらも、メロディはあくまで親しみやすいのが彼らの発明なのだ。〈ルララ 宇宙の風に乗る〉という歌詞に表れているような、掴みどころのない軽やかさ。個人的であることと、寄り添い、外へと開いていく精神性はひとつの音楽の中に同居しうる。そのことを教えてくれたのが、筆者にとってはこの一枚だった。

スピッツ オフィシャルサイト
https://spitz-web.com/


00年代:ASIAN KUNG-FU GENERATION『ソルファ』

立ち戻るべきは音楽的な好奇心

ASIAN KUNG-FU GENERATION(アジカン)の『ソルファ』は2004年の作品。彼らが体現していたのは、こう言ってよければナードライクな、頼りなさそうな外見をしているにもかかわらずギターを持てばヒーローに見える……教室の隅にいるような人間でも、ロックさえあれば世界にも立ち向かえるのだという希望だった。

ウィーザーやナンバーガールといった先行バンドからの影響を色濃く見せていた前作から、彼ら独自の方法論をもって世界と切り結んだのがこの作品。組曲的な「サイレン」、ダンスロックの新たなスタンダード「ループ&ループ」、疾走感あるアンセム「リライト」、王道とも言えるパワーポップ「君の街まで」……多面的な表情を見せた、4枚のシングル曲。それらをバランスよく配置し、夕景から夜、そして朝に変わっていく情景を描いたコンセプチュアルな構成。

フロントマンの後藤正文はその後ヒップホップやアメリカン・ルーツ・ロックに傾倒。自身でレーベルも立ち上げ、ジャーナリズム誌を創刊するなど社会的な活動の比重も大きくなった。今作はいわばその前史に当たり、手持ちの音楽的な好奇心だけで世界と切り結ぼうとした創意工夫が最も見える。今作は2017年に全曲がリアレンジ・リレコーディングされた。彼ら自身にとっても今作は「ゼロ」に立ち戻りたいときに参照すべき、原点的な作品であるのだろう。

ASIAN KUNG-FU GENERATION オフィシャルサイト
http://www.asiankung-fu.com/


10年代:米津玄師『BOOTLEG』

超・個人的な音楽こそが「世界」へと届く

10年代を代表するロックバンド、と言うとそもそもイメージするのが難しい。レジャー化したロックフェスは画一的な「四つ打ち」のダンスロックを量産し、サブスクリプションサービスの登場はフィーチャリングやコライト(共同制作)といった文化のある、トラックメイカー/プロデューサーの存在感を強めた。

そんな中取り上げたいのは、スピッツやアジカンからの直接的な影響を公言するソロミュージシャン・米津玄師である。彼は「ハチ」という名義で動画投稿サイトにオリジナル楽曲を発表する、いわゆる「ボカロP(ボーカロイドを用いて楽曲制作をする人)」として出発した。バンドを上手く組めないコンプレックスもあって、ひとりですべてを手がけるスタイルになったのだという。そこから肉体をもった、他者と交わる表現に開かれていくという過程が彼の歩みにはある。その結実が多数のコラボ曲やタイアップ曲を収録した『BOOTLEG』だ。

しかしその直後に発表の「Lemon」は対照的に、自身の祖父の死という、いわば超・個人的な出来事をきっかけに書かれた。そしてこの曲をもって彼はいよいよ「国民的」な存在になろうとしている……。この迂回には、何か大切な真実が含まれているような気がしてならない。バンドというフォーマットはもはや有効でないのか。「個」と「世界」が音楽を通じて取り結ぶ関係性は、この先どのようなものでありうるのか。(おそらく、次の年号に変わって送り出されるであろう)米津玄師の次なるアルバムは、平成という時代を昇華し、その先へと押し進める作品として受容されるだろう。

米津玄師 オフィシャルサイト
http://reissuerecords.net/

音楽編の次回更新は2月4日(月)予定です。


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